第38話 洗礼の告白
「先生、私、洗礼を受けたいです」
私の言葉に榊原牧師はもちろん、夕香さんも二宮さんも目を見開いて固まっていた。
一瞬空気が止まったように感じたあと、その沈黙を破ったのは二宮さんだった。
「え……? 高辻さん、洗礼まだでしたっけ?」
え? と思い二宮さんを見ると、二宮さんは信じられないと言う感じで呟いた。
「てっきりもう洗礼受けて教会員だと思ってましたけど、……そうか、教会に来はじめてまだ一年たってなかったですよね。去年のクリスマスからだっておっしゃってたし」
「はい。実はまだ洗礼受けてなくて……」
「もう掃除当番も、沙弥香さんの結婚式も普通に手伝われてたからてっきり……」
そのまま二宮さんは黙ってしまった。
あれ、なにか不味いこと言ったかなと不安になっていると、榊原牧師がちょっと動揺したような口調で言った。
「高辻さん、本当に洗礼を受けられますか?」
ちょっと予想していた反応と違う3人の様子に戸惑いながらも、はっきりと答える。
「はい。私はこの1年、この教会で神さまとイエス様の愛と恵みを知りました。……友達の件で既に守られていたことも実感できましたし、これからもそれが続くんだと確信できています。……あと、行友教会も私は大好きなので、これからもっとお力になりたいんです」
そこまで一気に言って、ちょっと不安になりながら言葉を続けた。
「あの、……私はまだその資格はないでしょうか?」
すると3人は一気に否定した。
「そんなわけないです!」
「ただちょっと驚いちゃって」
そして牧師はようやく笑顔を見せた。
「高辻さん。僕もちょっと高辻さんから洗礼を受けたいと言われるとは思ってなくて驚きましたけど、……でもすごく嬉しいです。神さまに繋がってくださる方が一人でも増えるのは、我々にとってはこの上ない喜びなので」
夕香さんも授乳を終えた祈ちゃんにゲップをさせながら、嬉しそうに言った。
「実は先生と『いつか高辻さんが洗礼を受けてくれたらいいね』って話してたんです。それがこんなに早く実現するなんて、本当に嬉しいです」
そして無事ゲップが出た祈ちゃんに「嬉しいね、祈」と話しかけていた。
とりあえず受け入れてもらえたみたいでほっとする。
でも牧師はすぐにすっと落ち着いた表情になった。
「高辻さん。洗礼を受けたいと告白してくださったこと、本当にありがとうございます。ただクリスチャンになるとそれなりの義務が生じます。そこを説明させてください」
「……はい、何でしょう」
「クリスチャンの三大義務は、献金、奉仕、そして布教です。献金はお分かりですよね。月定献金の義務が発生します。もちろん額は任意ですが」
「はい。分かってます」
「あとは奉仕。教会は皆さんの奉仕、いわゆるボランティアで成り立っています。そこにできる範囲で関わっていただくこと。そして布教」
布教、と言う言葉にちょっと気が引き締まった。
彩希の誘いが頭をよぎったから。
でもそこまで言って、牧師は表情を緩ませた。
「でも奉仕と布教はもう既に高辻さんは十分にされていますから、そこは問題ないですね」
「え? そうですか?」
奉仕は何となく分かるけど、布教って何かしただろうか?
すると夕香さんが笑いながら言った。
「インスタ運営してくださってるじゃないですか。あと私にブログ発信の提案もしてくださったし。多くの人の目に触れる機会を作ってくださったこと、あれも立派な布教活動ですよ」
抱き上げている祈ちゃんの背中をポンポン叩いてあやしながら、夕香さんは続ける。
「この間、ブログのフォロワーがまた一気に増えたんですよ。きっかけは先生が祈をお風呂に入れて、うっかり顔に水をかけちゃって大泣きされたことを書いたら、フォロワーが150人になったんです」
それは私も確認していた。
SNSって何がきっかけで広まるか本当に分からない。
「ブログを見てくださってる方のほとんどが子育て中のママさんが多いみたいで、お風呂の時も便利グッズの紹介とかお風呂にいれるコツとかコメントいろいろいただいたんですけど、この間嬉しいコメントがあって……。祈と同じ月齢の子を育ててる方らしいんですけど、『子育てブログとして楽しんでたけど、最近は牧師の仕事やキリスト教に興味を持った』って言ってくださって」
思わず目を見開いてる私に、夕香さんは続ける。
「だからもう、高辻さんは十分キリスト教を届ける活動はされてます。本当に、正式な教会員になってくださるなんて……嬉しいです」
夕香さんの言葉は最後、涙声になっていた。
そんなに喜んでもらえるんだ……。
二宮さんも笑顔全開で言った。
「高辻さん。改めてようこそ行友教会へ。私も本当に嬉しいです。前にマナの恵みについてお話ししましたけど、教会にとっても高辻さんは神さまから与えられた恵みだと思ってます」
「……そんな」
そこまで言ってくれるなんて。
ヤバイ、泣きそうだ。
でも牧師は落ち着いていた。
「高辻さん。洗礼は今すぐ受けると言うわけにはいかなくて、これから手続きと準備が必要になります」
「手続きと準備ですか?」
牧師はうなずく。
「はい、まずは教会の役員会で、教会員として迎え入れるかの承認を受ける必要があります。まあこれは慣例なのでほぼ問題ないです。ただ重要なのは洗礼までの準備です」
思わず背筋をただす。
何をするんだろう。
「洗礼を受ける前に5回勉強会を持ちたいと思います。クリスチャンになるとは、罪と赦し、三位一体とは、イエス様を救い主と信じる誓いとは、などそういうことを深めて考えていきます」
「はい。お願いします」
私が即答したので、牧師もやや面食らったようだった。
「高辻さんの決意はかなり固いようですね」
すると二宮さんが言った。
「今から準備をするなら、クリスマス礼拝の時に洗礼式が行えるんじゃないですか? ちょうど教会に通い始めて一年後のクリスマスに洗礼って、神さまのお導きのように感じます」
夕香さんもうなずいた。
「洗礼式って久しぶりですね。それもクリスマスに行えるなら、最高のタイミングだと思います」
それを聞いて榊原牧師は私の方を改めて見た。
「高辻さん、いつ洗礼を受けるかは高辻さんの意思が全てです。正直クリスマスに洗礼式をするなら準備をかなり詰めて行う必要があります。何ならイースターまで延ばしても構わないと思いますが……」
「クリスマスに受けたいです」
行友教会に招かれたのは、クリスマスだった。
その一年後のクリスマスに洗礼を受けられるなら、こんなに嬉しいことはない。
私がはっきり答えたので、榊原牧師もうなずいた。
「分かりました。ではそれに向けて準備の計画を立てましょう」




