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第37話 願いと恐れの境界線

 カルトの三大特徴は、「断言」「脅し」「お布施の強要」だと、はっきりと言い切る榊原牧師。


 言っている内容は分かる。


 でもひとつ疑問が湧いたので質問することにした。


「あの、ひとつ聞きたいんですが」


「はい、何でしょう?」


「去年祖父が亡くなった時にお寺から法事の金額を提示されたそうなんですが、それはどうなんですか?」


 すると牧師は軽く笑った。


「高辻さんの質問はいつも鋭いですね。確かに仏教でもお気持ち文化が実質相場制になってることはあります。あれはあくまで金額の目安を提示と言う形を取っていて、法律上は強制できないんです。問題は『払わないと不幸になるぞ』と恐怖や義務感で縛るところです」


 少し考えてから牧師は続けた。


「日本人にとって分かりやすい例があります。高辻さんは神社に参拝に行かれたことがありますか?」


「え?」


 キリスト教の牧師の口から「神社に参拝」という言葉が出て戸惑う。


 夕香さんも二宮さんも不思議そうな顔をした。


 この場で言うのもちょっと抵抗はあるけど、でも嘘を言うわけにもいかない。


 私は正直に答えた。


「はい。毎年友達と初詣に行くのが恒例になっていますし、一度だけ関西にある、縁結びにご利益があると言われてる神社にお参りに行ったことがあります」


 言ってしまったあとで不味かっただろうかと心配していると、榊原牧師は少し微笑んだ。


「正直に言ってくださってありがとうございます。だったら分かりやすいと思います。まず神社に納める賽銭の額を神社が決めますか?」


 そのまっすぐな問いで、私の中でカチッと何かがはまった気がした。


「いえ。お賽銭の額は自分で決めます。お守りも買いましたけど、あくまで自分で選んで買いました」


 榊原牧師はうなずく。


「そうですよね。あくまで自主性が全てです。それと神社に参拝するときは願い事をしたと思いますが、その願いは必ず叶うと信じ込みましたか?」


「いえ。叶ったらいいなとは思いましたけど、叶わない可能性もあると思ってました」


「あともうひとつ」


 牧師は少し声のトーンを落とす。


「毎年初詣が恒例とのことですが、仮にその初詣をやめてしまったら、神社の神が罰を下すと思いますか?」


「……ないと思います」


 答えながら頭の中が整理されていく。


 日本人が当たり前のように神社に向き合ってた形が、信仰のあるべき姿ということなんだ。


「僕は牧師なので主なる神さまとイエス様の存在は絶対であると言うのが前提なんですが、他の宗教も同じように尊重されるべきだと思っています。これは牧師の間でも意見は分かれますけど、日本には昔から神道があったのは事実です。そして仏教も。人が幸せになるために寄り添うのが宗教です。

でもカルトは違う。安直な幸せを断言し、従わなければ不幸になると脅し、金銭的な負担を強要する。明らかな違いがありますよね」


「はい」


 隣で聞いていた二宮さんも口を開く。


「私もたくさんの生徒と親御さんを見てきましたけど、危ない宗教に染まっている方もいました。特に『教えに従わなければ子供が不幸になる』と信じ込んでいて。ああなると、なかなかこちらの話も聞いてくれなくて」


 牧師はうなずく。


「幸せは神のおかげ。不幸はこちらに落ち度があるから。その教えをうまく使い分けて人を囲い込み洗脳するんです。マインドコントロールですね」


「……」


 牧師の言葉を聞いてさらに怖くなった。


 去年のクリスマスの時、私は落ち込んで不幸だと思っていたけど、自分が弱ってる自覚はなかったかもしれない。


 もし教会に通っていなければ、彩希の誘いを断れただろうか。


 直人との別れと言う傷も掘り起こされて、私は追い詰められていたかもしれない。


 でも今はそれらをこうやって客観視できているのは、教会でたくさんの恵みを受けたからだ。


「……私は教会に通って神さまの言葉を聞いていたおかげで、既に守られていたんですね……」


 思わず呟く。



 そのとき、ふえっと小さな泣き声が聞こえた。


 祈ちゃんが目を覚ましたらしい。


「あ、そろそろミルクの時間かも」


 そう言って夕香さんは立ち上がる。


「よかったらお二人とも一緒にお昼ご飯食べていかれません? 礼拝後、茶話会がないときはうちでは宅配ピザを取ってるんです。トモくん……先生が、礼拝を終えたご褒美に食べたいんですって」


 そう言って、夕香さんはテーブルの上に宅配ピザのメニュー表を並べ、祈ちゃんが寝ているベビーベッドの方へ行った。


 榊原牧師もうなずいてる。


 二宮さんはそれを見て嬉しそうな声を上げた。


「いいんですか? 嬉しいです。ピザって一人暮らしだとなかなか食べる機会がないんで。高辻さんはどうされます?」


「私もご一緒したいです。お代金は払うんで」


 すると牧師は「いえいえ」と手を振った。


「ご馳走しますよ。是非一緒に食べましょう」


 私たちがピザのメニューを選んでいるとき、夕香さんはリビングのソファに座り頭からケープを被って授乳し始めた。


 ケープ越しだけど、祈ちゃんが力強く吸い付いてるのが分かる。


 そう言えばそろそろ生後1ヶ月だけど、2週間前に見たときよりかなり大きくなってるような……。


 そう思って聞いてみると、授乳しながら夕香さんは笑って答えた。


「この子、産まれたときは3.6キロあったんですけど、1ヶ月で1キロ増えたんです」


「1キロ!?」


 1ヶ月で体重が3割も増えたってこと?


 赤ちゃんの成長スピードってすごいな……。


 二宮さんも驚いている。


 ピザ屋さんに注文を終えた牧師も会話に加わってきた。


「一昨日生後1ヶ月検診を受けたんですけど、健康そのものって言われて。このまま順調にいけば来年のイースターに小児洗礼を考えてます」


「小児洗礼ってなんですか?」


「親が子供に授ける洗礼ですね。この子がイエス様に繋がり神さまに愛されますようにと言う祈りの意味が込められてます」


「……その洗礼を受けると、祈ちゃんは教会員になるんですか?」


 すると牧師は首を振った。


「いえ、小児洗礼はあくまで親の意思です。正式なクリスチャンになるためには、本人の意思のもと信仰告白を行う必要があります。そうすれば大人の洗礼と同じ意味を持ちます」


 洗礼……。


 この時、私の中で決意が固まった。


 私はこれからも神さま、イエス様に繋がり、そして守ってくれたこの教会を守っていきたい。


 すっと息を吸ったあと、私は榊原牧師に伝えた。




「先生、私、洗礼を受けたいです」


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