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第35話 救いの押し売り

「今度、セミナーがあるの。一緒に行かない?」


 彩希は今までと変わらない笑顔を向けてくる。


 でも私は頭がついていかなかった。


「……セミナー?」


 私が聞くと彩希はうなずいて、手持ちのバッグからあるチラシを取り出した。


 そこには「天観心教のつどい」と書かれていた。


「……」


 それを見て思わず息を飲む。


 私が固まっているのを見て、彩希は慌てて説明した。


「あ、名前はちょっと堅苦しいけど、そんなに構えなくていいよ。仏教をベースにした教えだから怪しくないし。日頃の小さなことや生かされてることに目を向けて、日々感謝していこうって考えなの。感謝するってすごいんだよ。新しい視点を持つことで私もすごく生きやすくなったし、そしてそれに気づかない怖さも知ることができたし」


「……怖さ?」


 彩希は目をキラキラさせて話を続けた。


「治療がうまく行かなくて藁にもすがる思いでこの天観心教の教えを実行したときに、抗がん剤の効果が出始めたの。お医者さんも驚くくらい。教えのなかにもあるんだよ。感謝の心を持てない人は救われないって」


「……」


「だから是非、茉那にも救いを感じてほしいの。毎週日曜日セミナーがあるんだけど、次は天観心教の教祖先生が直々にお話しされるの。これは貴重だから是非……」


「行かない」


 彩希の言葉を遮るように私は言った。


「私は日曜日はキリスト教会に通ってるの。だから行かない」


 彩希は一瞬面食らったようだけど、すぐに「ああ」と軽くため息をついた。


「キリスト教ってあれでしょう? 2000年前に生まれたイエス・キリストの教えが元なんだよね。先生が言ってたけど」


「……そうだけど」


「正直さ、そんな古い話、現代に通用するの? 今とは時代と文化も違うし人は進化してるんだよ。現代人には現代人にふさわしい教えがあると思うんだよね」


「……」


「正直、私もこの話は茉那だからしてるんだよ。彼氏との別れだってちゃんと向き合った? 逃げてるだけなんじゃない? キリスト教はそこから何か教えをくれたの? ……ああ、そうか。気にしなくていいよ」


 そこまで一気にしゃべって彩希は少し声を落とした。


「キリスト教会に通ってるからって引け目感じなくていいよ。天観心教はどんな人でも受け入れてくれるから。正直キリスト教じゃ得られないものが得られると思……」


「黙って」


 私の言葉に彩希は一瞬怯む。


 私もここまで低い声を出したことはないかもしれない。


 そして彩希の顔を真正面から見る。


「今日の用事はそれ? じゃあ私は帰るわ」


 立ち上がろうとした私を彩希が必死に止めた。


「待って、茉那。私は茉那のためを思って話してるんだよ。この教えは絶対茉那のためになるから」


「……彩希に何が分かるの?」


 自分の頭のなかがどんどん冷えていくのが分かる。


 ひどく心は冷静だけど、この感情が何か分かる。


 怒りだ。


「私は自分に何が必要か、自分で決める。他人にあれこれ言われたくない」


 そうして立ち上がり、伝票を力づくで握った。


 言葉もなく固まってる彩希を一瞥する。




「さよなら。彩希」




─────────────────────



 さっさと会計をして、私は店を出た。


 後ろを振り返る気もしないので、彩希が今どんな表情をしてるのか分からない。


 知りたくもなかった。


 駅に向かって歩きながら、込み上げてくる感情をなんとかこらえる。


 思わず肩に巻いてるストールをぎゅっと握った


 このストールは二宮さんのパッチワークだ。


 今日は暖かいので薄手のニットの上にこれを羽織るだけで出てきた。


 足を止め、そのストールをじっと見つめる。



 私が初めて茶話会に参加した時、彩希の癌のことを打ち明けたら教会の人たちは心をひとつにして祈ってくれた。


 会ったこともない彩希のために。


 あのときは泣きそうになるほど嬉しかった。


 ……なのに。


 ストールを握りしめたまま、私はまた歩き出した。


 教会の人たちの祈りの気持ちまで踏みにじられた気がして、ストールを握る手がぶるぶると震えた。




 その後も彩希からのLINEや電話はひっきりなしだった。


 鬱陶しいのでミュートにした。


 今は相手にする気にはなれなかった。



 家に帰りついたときはもう夜だった。


 この時期は本当に日が落ちるのが早い。


 ご飯を食べお風呂も済ませたけど、今までにないほど感じるモヤモヤは消えなかった。


 ダメだ、全然心が落ち着かない。


 そう思っていると、LINEの通知音が鳴った。


 見てみると送ってきたのは大学メンバーの一人、美月みづきだった。


 美月は比較的住んでるところが近いので、たまに連絡を取ってご飯に行ったりしていた。


「通話していい?」とあったので、OKスタンプを送るとすぐに美月から電話がかかってきた。


 電話で美月は開口一番


「茉那、彩希と喧嘩した?」


と聞いてきた。


「喧嘩というか……、私が一方的に怒ったと言うか。なんで美月が知ってるの?」


「彩希から連絡が来たのよ。茉那を怒らせた、どうしようって動揺してた」


「そっか」


 私が淡々と答えてるので、美月は何か察したようだった。


「茉那、もしかして彩希からセミナー勧誘受けた?」


「え?」


 美月は少しため息をついて言った。


「私も先週誘われたんだよ。私の場合は『日曜も仕事だから』で逃げたけど、それでもしつこかった。多分他の二人にも同じことしてると思う」


「……」


 そうか、私だけにあの話をしてるわけなかった。


「他の子から話は聞いてないけど、多分ガチギレしたのは茉那が初めてだったんだと思う。言いすぎたって反省してたから」


 何かあったの?と聞かれたので「ちょっと触れてほしくないこと言われた」と答えたら、美月はそれ以上深追いはしなかった。


「彩希に対してどうするかは茉那が決めたらいいと思うよ。私は正直しばらく距離は置く。ちょっと顔つき変わってたし」


「そうだね。私も……今はちょっと無理だわ」


 じゃあまたご飯行こうね、と言って美月の電話は切れた。


 ハンガーにかけてある二宮さんのストールを見つめる。


 他の子たちは美月みたいに断ったんだろうか。


 仕事と言う理由を持ってる美月にもしつこかったと言ってたから、付き合った子もいるかもしれない。


 それをわざわざ確認するのもどうかと思い、さらにモヤモヤが増した。


 なんだか眠れない夜になりそうだった。

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