第33話 祈という名の子
夕香さんの出産の報告を見てから、次の日曜が来るのが待ち遠しくてたまらなかった。
中矢さんによると普通分娩だと数日で退院することが多いけど、帝王切開だと入院が長引くことがあるらしい。
牧師の妻ブログも牧師からの出産報告が上がって以来更新されていなかった。
夕香さん、大変だったのかな……と気になってるのもある。
教会に着いて座るところを探すと、二宮さんの隣が空いていたのでそこに腰を下ろした。
私に気づいた二宮さんが笑顔で「おはようございます」と挨拶してくれたあと、少し声を落として「……見ました?」と聞いてきた。
「見ました」と私もうなずく。
「かわいかった」と感想を共有して盛り上がりたかったけど、礼拝前の静かな時間なのでそれは自重した。
やっぱりというか、夕香さんの姿は教会にはなかった。
まだ退院できてないのかな……。
榊原牧師はいつもと変わらない様子で静かに礼拝の始まりを待っている。
とりあえず私も礼拝に集中することにした。
礼拝後、司会者による報告のあと、榊原牧師が静かに言った。
「一部の方はご存じだと思いますが、先週水曜日に妻が男の子を出産しました。妻はまだ入院していますが母子ともに元気です。……本当に神さまのみ恵みに感謝しております」
牧師の言葉は最後すこし鼻声になっていた。
その報告に、まだ知らなかったらしい人たちも喜びの声をあげ、拍手が起きた。
「よかったわねえ」
「この教会で赤ちゃんなんて久しぶりだわ」
「早く会いたいわね」
みんな口々に祝福の言葉をのべた。
すると小堀さんが立ち上がって、ひときわ大きな声をあげた。
「皆さん、お祈りしましょう。榊原牧師夫妻のもとに産まれた幼子に神さまの愛が降り注ぐことを願って」
その言葉で賑やかな場は一気に静まり返り、皆さんは手を組み頭を垂れた。
「主なる神さま。
榊原牧師夫妻に、新しい家族が与えられましたことを感謝いたします。
どうかこの子を守り、健やかに成長させてください。
夜泣きや不安、喜びや笑顔、
そのすべての日々にあなたが寄り添い、
両親の心を支え、力を与えてください。
どうか、この子が愛され、祝福され、
あなたの平和を知る子として歩めますように。
教会に集う私たちも、この子の成長を見守り、
祈りと助けを惜しまない者としてください。
主イエス・キリストのみ名によって祈ります」
一同が声を揃える。
「アーメン」
そのお祈りが終わると、牧師は深々と頭を下げた。
「皆さん、ありがとうございます。皆さんに祝福されて、息子は本当に幸せだと思います」
するとある女性が声をあげた。
「先生、お名前は? 出生届は出されたんですか?」
すると榊原牧師ははにかんで答えた。
「はい。出しました。名前は『祈』です。常に祈りと神さまの愛が共にあるようにと願ってつけました」
その言葉に皆さんはまた嬉しそうな声をあげた。
「素敵なお名前」
「神さまの愛に包まれて大きくなっていくんでしょうね」
「榊原祈かあ、大物になりそうな名前だな」
教会が一体となって、祈ちゃんの誕生を祝っている。
このあたたかい空間、これが中矢さんが言っていた私を支える柱であり居場所なんだ。
それを肌で感じていた。
……けど、私はまだ正式な「教会員」ではない。
夕香さんにも二宮さんにも一員って言ってもらえてるし、行事や作業にも参加させてもらってるけど、あくまで私はまだ外部の人間なのは間違いない。
聖餐式の時も私は座ったままだ。
私が正式に教会員になるためには洗礼を受ける必要がある。
洗礼とは、イエス・キリストを救い主と信じる信仰を公に表明する儀式。
要は誓いだ。
私にはその覚悟があるんだろうか。
それがぼんやりと頭をよぎった。
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その数日後、久しぶりに夕香さんによる牧師の妻ブログが更新された。
「ご無沙汰しております。牧師の妻です。
榊原から報告がありました通り、先週男児を出産しました。
いろいろありましたが、元気に泣く我が子に会えてほっとしております。
神さまの愛とみ恵みに感謝いたします。
これからも牧師として、そして新米パパとして仕事に育児に奮闘する夫を発信していきたいと思います。
よろしくお願いいたします」
そこに添えられた写真は、普段着の牧師が小さい赤ちゃんを抱っこしている写真だった。
赤ちゃんの顔は見えないけど、産着に包まれた祈ちゃんをちょっと不安げに抱く牧師がほほえましい。
そしてこの記事を機に、伸び悩んでいた牧師の妻ブログのフォロワーが20人から50人になった。
そして普段はほとんどつかないコメントも、お祝いコメントがいくつかついていた。
こんなに人を引き付ける赤ちゃんのパワーってすごい。
私も早く祈ちゃんに会いたいな。
そして11月の第一日曜日、礼拝後夕香さんが姿を見せた。
ベビーカーに乗せた祈ちゃんと共に。
当たり前だけど出産後の夕香さんはもとのスリムな体型に戻っていた。
出産から半月たつけど帝王切開の傷跡はまだ痛むと言っていて、やっぱり母親ってすごいなと思った。
中矢さんは里帰り出産をして産後はご両親にお世話をしてもらったけど、それでも傷の痛みと授乳に追われて疲労困憊だったと言っていた。
夕香さんは里帰りは選ばず夫婦で頑張ることを選んだとのことだけど、たまにお母さんに手伝いに来てもらってるらしい。
そして初めて見る、祈ちゃんは……めちゃくちゃ小さくて触るのも怖く感じたけど、でも元気いっぱいに手足を動かしていた。
既に目がくりっと大きいのは夕香さんに似たんだろうか。
皆さんはベビーカーの周りに集まり、口々にかわいいと連呼していた。
新しい命をみんなで受け入れて祝っている。
その時私はふと、塩見さんのことを思い出した。
うだるような暑さの中、神さまのもとへ帰っていってしまった塩見さん。
そうして秋が深まったこの季節に、新しくやってきた祈ちゃん。
こうやって命は巡っていく。
誕生も死も、常に神さまは見守り祝福を与えてくださっている。
そうしてそれを分かりやすく肌で感じられるのが教会という場所、コミュニティ。
私はまだ洗礼を受けるという覚悟があるか、正直分からない。
でもここには確かに信仰があり、同じ方向を見て歩んでいく人たちが集まっている。
神さまの存在と同様に、この教会という場の存在も尊いのかもしれない。
何となくそう感じた。
それから2週間ほどたって11月も後半になり、二宮さんのパッチワークストールをそろそろ準備しようかと思っていた頃、ある人からLINEが来た。
『茉那。ご無沙汰してます。しばらく連絡できなくてごめんね。元気にしてる?』
LINEの送り主は、────彩希だった。




