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第32話 居場所の見つけ方

「高辻さん、何かいいことでもあった?」


 翌日の会社での昼休み、スマホを見てにやにやしていた私に、隣の席の中矢なかやさんが声をかけてきた。


 中矢さんは30代後半の女性で営業の先輩だ。


 ちなみに私がいる営業二課の女性は、この中矢さんと私しかいない。


「あ、はい。知人に赤ちゃんが産まれたんです」


 そう言ってスマホを見せる。


 昨日の榊原牧師があげていた赤ちゃんが牧師の指を握る写真を、早速スマホの待ち受けにしていたのだ。


 それを見て中矢さんは顔をほころばせた。


「うわあ、かわいいわねえ。うちの子が産まれた時のことを思い出すわ」


 ……そう言えば中矢さんは、産休育休を経て職場に復帰した人だっけ。


 私が入社したときはもう育休も終わってたから、私はそのときのことを知らないけど。


「なんか、すごく大きな赤ちゃんだったみたいです。緊急帝王切開になったらしくて」


 すると中矢さんは顔を曇らせた。


「それは大変だったでしょうね。フルコースだったかも」


「フルコース? って何ですか?」


 すると中矢さんは、さっと周りを見渡した。


 昼休みでみんな食事休憩に出ており、周りには人がいなかった。


 そして少し声を落として話す。


「緊急ってことは予定では普通分娩だったと思うのよ。でもこのままじゃ無理ってお医者さんが判断したら帝王切開に切り替えるの」


「……なるほど」


「実は私もそのパターンでね、陣痛が来て子宮口が開いてるのに赤ちゃんが出てこなくて、吸引やら会陰切開をやっても無理。そうしてるうちに赤ちゃんの酸素濃度が下がってるって言われて、帝王切開になったわけ。もちろんその間はこっちは陣痛との戦いよ。私は30時間かかったけど」


「30時間!? 1日越えてるじゃないですか?」


「そうなのよお」と中矢さんはあっけらかんと笑う。


「あとから思えばもっと早く切ってくれればって思うんだけど、お医者さんとしてもできれば普通分娩で産ませたかったみたい。一度帝王切開しちゃうと次の子は必ず帝王切開になるし、産める人数も制限が出るし。母体の負担も大きいみたいだから」


「……」


「まあ、それで元気な子が産まれてきてくれたら十分なんだけどね。うちの子、今はサッカーで走り回ってるから」


 初めて聞くリアルな出産事情に言葉がでなかった。


「出産って、本当に大変なんですね……」


 中矢さんはけろっと落ち着いた口調で言った。


「100人母親がいたら100通りの出産があると思うよ。日本は医療体制が整ってるけど、それでも何が起きるか分からないからね」



 それを聞きながら、産みの苦しみの起源になったエバの話を思い出した。


 以前はエバに毒づいていたけど、何だか今はもうその感情もなくなっていた。


 エバも楽園を追放されてから子供を産んだらしいし、すごく後悔したのかもしれない。


 神さまはエバに産みの苦しみという罰を与えたけど、罪を犯しても心底反省して悔い改めれば神さまは赦してくれるのなら、追放後もエバたちを神さまは見守っていたのかも知れない。


 そんなことを考えていると、中矢さんが話を続けてきた。


「前から思ってたけど、高辻さん穏やかになってきたよね」


 え? と思い中矢さんを見ると、中矢さんは軽く微笑んで言葉を続けた。


「江間さんも前に言ってたけど、落ち着いてきたというか。高辻さんは真面目で一生懸命なのは分かるんだけど、たまに殺気立ってるなって思うこともあったのよね」


「……はい」


 周りからそう見られてたのか。


 そう言われると何だか恥ずかしい。


「でも最近はちょっと余裕が出てきたみたいに感じる。仕事にのめり込む気持ちも分かるけどね、私もそうだったから。でも自分を支える柱はいくつも持っておいた方がいいよ」


「柱……ですか?」


 中矢さんはうなずいた。


「『私には仕事しかない』って自分を追い込んでて、ある日ポキッといく人を何人も見てきたから。だから趣味でも友達でも推し活でもいいけど、自分の居場所と言えるところは他にも持っといたほうがいいと思う。それが高辻さんはできたのかなって最近は思ってる」


 話を聞きながら二宮さんのことを思い出した。


 二宮さんも仕事に熱中してメンタルに来たって言ってたな。


 そんな二宮さんの帰ってくる居場所として教会があったわけか……。


 もしかしたらあのパッチワークも二宮さんの心の回復の助けになっていたのかもしれない。


 そんなことを色々思いながら、中矢さんの言葉を聞いていた。



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