第23話 灯せなかった光
ハンカチでいくら押さえても、あふれでる涙が止まらない。
声を抑えるのが精一杯だ。
白い綿のハンカチを持ってきたから吸水率もよくなくて、一気にハンカチはしっとりしていった。
ひとしきり泣いて涙がおさまりかけてきた頃、隣の二宮さんが涙声で話しかけてきた。
「高辻さん、お水お持ちですか? 水分補給した方がいいですよ。ただでさえ暑くて汗をかいてるのに、泣くと余計に水分奪われるんで脱水症状になっちゃいます」
さすが、中学校で部活指導をしている先生だ。
「ありがとうございます」
言って、バッグの中に入れていたペットボトルの水を飲む。
思っていたより喉が渇いていたらしく、あっという間に半分飲んでしまった。
その後、みんなで讃美歌を歌い、牧師の閉会の祈祷が始まった。
「お祈りいたします。
慈しみ深い天の父なる神さま。
今日ここに集い、塩見富貴子さんをあなたのもとへおゆだねする時を、静かに終えようとしています。
悲しみのただ中にあっても、あなたが共にいてくださったことを感謝いたします。
どうか、これから帰っていく一人ひとりを守り、弱った心に寄り添い、平安をお与えください。
また、塩見富貴子さんを偲ぶたびに、あなたが備えてくださる希望を思い起こせますように。
すべてをあなたの御手にゆだね、主イエス・キリストのお名前によって祈ります」
「アーメン」
そこで奏楽が鳴り、一同が起立した。
出棺だ。
棺はストレッチャーのようなものの上に乗せられ、みんなに見守られながらゆっくりと運ばれていった。
外で待機していた霊柩車に棺が納められる。
外に出ると教会に着いたときよりも強烈な熱気が襲ってきた。
あまりの暑さに息が詰まりそうになる。
火葬場には親族と牧師が同行するとのことだけど、教会員たちはここでお別れすることになった。
塩見さん。
もう会えない。
霊柩車が長めのクラクションを鳴らす。
それが本当にお別れの合図だった。
静かに走り出した霊柩車をみんなで見送る。
それを見てまた涙が止まらなくなった。
塩見さん。
塩見さん……。
そんな私の背中を二宮さんが優しくさすってくれた。
二宮さんの顔も涙でぐちゃぐちゃだ。
お互いに無言で塩見さんとの別れを惜しんだ。
お葬式には杏奈ちゃん親子も来ていた。
杏奈ちゃんは中学校の制服らしく、白いシャツにネイビーのスカートを穿いている。
そんな杏奈ちゃんの目は真っ赤だった。
私は教会に来はじめてまだ一年もたってない。
でも多分杏奈ちゃんは、小さい頃から教会で塩見さんといっぱい思い出を作ってきたに違いない。
そしてふと思う。
私が今までお葬式に参列したのは、去年の祖父の時のみだ。
他の祖父母はまだピンピンしてるし、そもそもお年寄りの知り合いがあまりいない。
でも杏奈ちゃんは教会に来ることで小さい頃からいろんな世代に触れ、こうやって別れの悲しさも経験している。
教会と言うコミュニティに参加していろんな人と触れあうことは、こうやって人生経験を増やしていくことに繋がっていくのかもしれない。
何となくそう思った。
─────────────────────
礼拝堂に作られた祭壇は、恐らく葬儀社だと思われる人たちが手早く撤収していった。
その様子をぼんやり見つめる。
参列者の人たちも身支度を整えて帰っていったり、思い出話を語る人など様々だ。
二宮さんも挨拶して帰っていった。
何だかすぐに立ち上がる気になれなくてしばらく座っていると、そこに夕香さんがやって来た。
夕香さんはもうお腹も大きくて喪服も着れないので、黒いワンピースに黒のカーディガンを着ていた。
「夕香さん、おはようございます。こんなに暑くてしんどくないですか?」
すると夕香さんは軽く微笑んだ。
「正直、しんどいです。妊娠すると体の中に火の玉抱えてるみたいになるんですよね。なのでかなり暑さが堪えます」
そう言って夕香さんは隣に座る。
「……塩見さん、先月辺りから容態が悪くなって、先生も何度もお見舞いに行ってお祈りを捧げてたんです。でもここ最近はちょっと体調が良さそうだと聞いてたんですけど、突然の訃報で私も驚きました」
「そうだったんですか……」
先月は池畑さんの揉め事もあったのに、塩見さんのケアもしてたんだ。
改めて牧師の多忙さを思い知る。
「牧師さんて大変なお仕事なんですね……」
「端から見たら日曜に説教してるだけに見えるんですけどね」
夕香さんは苦笑する。
そうして立ち上がりながら言った。
「すみません、高辻さん、私はこれで失礼します。暑いので気を付けて帰ってくださいね」
「あ、ありがとうございます」
夕香さんが牧師館の方へ帰っていくのを見届け、私も帰宅することにした。
─────────────────────
強烈な猛暑のなか、なんとか家に帰りついた。
部屋の中のムワッとした熱気に襲われ、慌ててエアコンをつける。
汗まみれになった喪服も脱いでハンガーにかけ、ラフな部屋着に着替えた。
そして、例の100円ショップのキャンドルをローテーブルの上に置く。
火はつけず、それをじっと見つめていた。
あの燭火礼拝のとき、蝋燭の灯りの中で出会ったのが塩見さんとの初対面だった。
私がここにいても良いのかもしれないと思ったきっかけを、作ってくれたのも塩見さん。
6月頃から見かけなくなったことを気にしてたのに、何で私は何も気付かなかったんだろう。
また元気に来てくれたらいいな、なんて呑気に考えてた自分に腹が立つ。
もっと塩見さんとお話しすればよかった。
塩見さんがグループホームで暮らしてたことも、息子さんたちが離れて住んでることも、ご主人を亡くしてることも私は知らなかった。
何にも知らなかった。
あんなにいっぱい愛情をもらったのに、私は何も返せなかった。
そう思うと、涙が止まらなかった。
エアコンが効き始めた部屋のなかで、私は泣き続けることしかできなかった。




