第22話 百合の香る礼拝堂で
8月の初旬、ポケットに入れているスマホが軽く震えた。
仕事中だったので何気なく確認すると、それは行友教会の公式グループLINEだった。
教会員の皆様
本日午前11時15分、塩見富貴子さんが天に召されました。
明日夜に教会にて前夜式、明後日朝10時より告別式を行います。
ご可能な限りご参列ください。
それを読んで一瞬固まる。
亡くなった? 塩見さんが?
思わず何度も文面を目でたどる。
あくまで事務的に、でもそれは塩見さんが亡くなったことを確実に伝えていた。
夏なのに指先が冷えていく感じがする。
前夜式、告別式……。
どちらも平日だ。
前夜式は行けなくもないけど、告別式は仕事を休まないといけない。
この時期はお盆休み前なので、仕事はいつにも増してハードモードになっていた。
……でも。
私は、塩見さんにきちんとお別れをしたい。
そう思った私は、課長に明後日の有休申請を提出した。
翌日有休を取ったため前日は残業必須になり、前夜式には参列できなかった。
告別式当日、朝9時半に行友駅に着いた。
朝から空は晴れ上がり、日差しが容赦なく照りつける。
それはアスファルトに熱気を生み、じりじりとした暑さが襲ってきた。
今日の最高気温は38度になるとのことだった。
喪服は2年前におじいちゃんが亡くなったときに誂えたものがあったので、それを着てきた。
半袖のワンピースの上にジャケットを羽織るタイプのもので、来るときはジャケットを手に持って着たけど、それでも暑さはすさまじい。
駅から教会まで歩くだけでも汗が吹き出て、ストッキングがベタッと貼り付いていた。
教会に着くと、もう何人も参列者が席に着いていた。
まず目についたのは大量に生けられた百合の花だ。
その甘い匂いが礼拝堂内に充満している。
礼拝堂内のエアコンはフル稼働していたけど、最近調子が悪いと言われていたせいかあまり効きは良くなかった。
正面の講壇の前に置かれているテーブルがいつもより手前に寄せられ、その奥に台の上に棺が置かれていた。
……それを見るだけで、胸がぎゅっと締め付けられる感じがした。
既に着席している人たちの中に二宮さんを見つけたので、その隣に座る。
二宮さんと目を合わせて無言で挨拶した。
二人で塩見さんの棺を見ていたけど、二宮さんがボソッと呟いた。
「高辻さんは今日はお仕事はお休みですか?」
「はい。有休を取りました。二宮さんは?」
「私も休みを取りました。学校が夏休み中なので普段よりは休みが取りやすかったです」
「そうなんですね……。今回のお知らせ、急で驚きました」
「6月くらいから教会に来られてなかったですしね……。塩見さんは心臓にも持病をお持ちだったみたいなので、もしかしたら容態が急変したのかもしれないです」
「そうですか……」
ただ座ってるだけでも汗がにじむので、メイクが崩れないようハンカチで押さえる。
もう暑すぎてセミの鳴き声も聞こえない。
静まり返ってる礼拝堂内でいつになく木の椅子がギシギシ鳴り、誰かが鼻をすする音がする。
そうしているうちに定刻になり、葬儀が始まった。
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時間になり、榊原牧師が棺の奥に立った。
「ただ今より塩見富貴子さんの葬送式を行います。ご起立ください」
その言葉で参列者は立ち上がった。
パイプオルガンの奏楽が鳴り響く。
曲調は意外と悲しい感じではなく、いつもの礼拝と変わらない感じがした。
皆さんじっと黙祷をしてその奏楽を聞いている。
奏楽が終わった後、牧師が「お座りください」と言い、一同は静かに座った。
「聖書を朗読いたします。ヨハネによる福音書14章1-3節」
牧師は落ち着いた声でゆっくりと読み上げていく。
「心を騒がせるな。神を信じなさい。そして、わたしをも信じなさい。 わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。 行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる」
聖書を置き、牧師はそのまま語り始めた。
「皆さん、イエス様は弟子たちにこう言われました。『心を騒がせてはなりません。わたしはあなたがたのために、場所を用意しに行くのです』と。
私たちは別れの前に立つと、不安や寂しさを隠せません。
けれど主は、その弱さごと受けとめ、先に“道を開いて”くださる方です。
死は扉ではありますが、閉ざされた扉ではありません。
向こう側には、もう涙も迷いもない場所が用意されている、と聖書は語ります。
今日、私たちは塩見富貴子さんを神さまのもとにお返しします。
この別れは終わりではなく、再び会う日へと続く旅路のひとつです。
どうか主ご自身が、残された私たちの心に静けさと慰めを与えてくださいますように」
牧師の言葉を噛み締めるように聞きながら、私は思った。
塩見さんは神さまのもとに帰ったのだ、と。
そして自分にもその時が訪れた時、神さまのもとで塩見さんと再会できるのだと言うことを。
そう信じることで、残された私たちは少しだけ前を向けるのかもしれない。
榊原牧師は「お祈りをします」と言い、祈祷を始めた。
「天の父なる神さま、あなたが今日、私たちをここに集め、塩見富貴子さんの歩んだ日々を思い起こす時を与えてくださったことを感謝いたします。
別れの悲しみの中にある私たちを、どうかあなたの平安で包んでください。
揺れる心を静め、これからの日々を歩む力を与えてください。
塩見富貴子さんを、あなたの御手にゆだねます。
どうか永遠の憩いのうちに迎え入れてください。
残された者にも、希望と慰めをお与えください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります」
「アーメン」
ここで遺族の挨拶が始まった。
塩見さんには二人の息子さんがいて、挨拶をしたのは長男だった。
「皆様、本日は母の告別式にご参列いただきありがとうございます。
5年前に父を亡くし一人暮らしになった母を、私どもは一緒に暮らそうと何度も説得しようとしました。
私たちは遠方に住んでおりますが母は応じず、市内のグループホームに入ることを選びました。
今から思えば私たち家族と同居することを遠慮していたのかもしれませんが、一番大きな理由はこの行友教会から離れたくなかったんだと思います。
こちらの教会は母の生きがい、心の拠り所でした。
亡くなる直前までこちらの教会で温かく受け入れられたことが、この上ない母の喜びだったと思います。
このように最後の時をもっていただき感謝を申し上げます。
皆様に見送られて母も幸せだと思います。
本当にありがとう……ございました」
息子さんの言葉は最後、涙声になっていた。
その言葉を聞き、あちこちですすり泣く声が聞こえる。
誰もハンカチをしまおうとしないまま、礼拝堂にはしばし言葉のない時間が流れた。
そして讃美歌を歌う。
それは312番だった。
「いつくしみ深き」で始まる讃美歌は、沙弥香さんの結婚式で歌ったものと同じものだ。
結婚式でもお葬式でも歌われるこの歌は、生きるときも死ぬときも、幸せなときも悲しいときも、イエス様は共におられると言うことを歌っていた。
キリスト教はこうやって人生の節目に寄り添うんだ。
改めて、そう感じた。
このあと献花を行った。
仏教のお葬式で言う焼香に当たるこれは、百合の花を1本ずつ手に取りテーブルの上に供えていくと言うものだった。
献花をしたとき棺の小さな窓が開いていて、塩見さんの顔が見えた。
その顔はとても穏やかで眠っているようだった。
……でも、もう塩見さんは私に笑いかけてくれることはない。
「……!」
ここで私は込み上げてきた涙を必死にこらえ、席に戻った。
隣で二宮さんのすすり泣く声が聞こえたとたん、私の涙も堰を切ったように溢れた。
涙が頬を伝い、服の上にポタポタと滴る。
塩見さん。
私が初めてこの教会で参加した燭火礼拝のとき、優しく受け入れてくれた塩見さん。
私の名前を覚えて、マナさんと呼んでくれた塩見さん。
初めての主日礼拝のときに、キリスト教のことを分かりやすく教えてくれた塩見さん。
私がここにいるきっかけを作ってくれたのは間違いなく塩見さんだった。
塩見さん。
もう会えないなんて嫌だ。
神さまのもとに行ってしまったとしても、私は悲しくてたまらない。
あふれでる涙を、私は止めることができなかった。




