第20話 善意の形をした圧力
7月の二週目の日曜日、礼拝が終わったあと小堀さんが話しかけてきた。
「高辻さん、ちょっとこのあと時間あるかしら?」
もう毎日35度を越える猛暑なのに、小堀さんは相変わらずおしゃれだ。
メイクもバッチリだし、夏バテとは無縁な感じで今日もにこにこしている。
「はい。少しなら」
「よかった。じゃあちょっとお茶しましょう。池畑さんがお話があるんですって」
池畑さん?
池畑さんは70代の男性教会員だ。
名前と顔は知ってるけど、ほとんど話したことはない。
そんな池畑さんが私に何の用だろう?
ちょっと教会から離れたところがいいとのことで、行友駅の向こう側にあるチェーン系のカフェで待ち合わせることになった。
先払いするキャッシュオンタイプのカフェなので、アイスコーヒーを頼み小堀さんたちが来るのを待つ。
しばらくして汗だくになった池畑さんと、全く暑さを感じさせない小堀さんがやってきた。
池畑さんは、ものすごく嬉しそうな顔をして私の顔を見つめてくる。
何なんだろう。
「高辻さん、突然お呼び出ししてごめんなさいね」
小堀さんが口を開く。
「いえ……」
「実はね……」
言いながら小堀さんは隣の池畑さんを見る。
「池畑さんには今年40歳になる一人息子さんがいらっしゃるの」
「はあ……」
「それで池畑さんが、高辻さんと息子さんのお見合いを希望されてて」
「お、お見合い?」
2人はうなずいた。
そこでようやく池畑さんが喋り始めた。
「高辻さん、突然すみません。高辻さんが教会に来られ始めた時から、可愛らしい方だなと思ってまして」
「……」
「うちの息子は親の目から見ても真面目で優しい子なんです。公務員ですから仕事も安定してるのに、女性に対して奥手でなかなかご縁がなくて。今も一緒に住んでますが、親思いで本当にいい子なんですよ」
池畑さんは喋りながら饒舌になっていった。
じっと私を見つめてくる視線が少し怖い。
「あ、もちろん結婚されたら二人で新居を構えられて構いません。そこは気になさらなくて大丈夫です。できれば近所が望ましいですが」
「あ、あの……」
「息子の収入があれば仕事を辞めていただくのも差し支えないと思います。女性が働きながら家事をするのは大変ですし、そこは息子は十分甲斐性があると思うので」
「……」
「この半年高辻さんを見てきましたが、高齢者とはもちろん子供たちにも優しく接しておられますよね。子供が生まれたらいいお母さんになられると思うんですよ」
「ちょ、ちょっといいですか?」
やっとのことで話を遮る。
「あの、この事は息子さんはご存知なんですか?」
「息子には言っていません」
「は?」
私が言葉を失うと、隣から小堀さんが口添えした。
「取り敢えず先に池畑さんは高辻さんの意思を確認したいとおっしゃって。高辻さんは今はお付き合いしてる方はいらっしゃるの?」
「……今は、いないです」
すると2人は一気に嬉しそうな顔になった。
「じゃあ、是非前向きに考えてくれないかしら。私もいいお話だと思うのよ」
「……」
2人の悪気のない圧に圧され、私は何も言うことができなかった。
─────────────────────
何とか家に帰りつく。
あのあと私はアイスコーヒーを一気に飲み干し、「考えさせて下さい」と言って店を出るのが精一杯だった。
席を立つときに池畑さんは立ち上がって「是非よろしくお願いします」と頭を下げてきたけど、私は曖昧な返事しかできなかった。
直人と別れて半年以上たつし、私を気に入ってこうやって話を持ってきてくれるのはありがたいことなのかもしれない。
でも、何と言うか、……怖い。
池畑さんの言葉は私のためを思って言ってるようだったけど、そこには私の意思は全く入ってなかった。
そして息子さんの意思も。
そもそも息子さんに結婚の意思があるのかも分からないのに、我が子かわいさに暴走する池畑さんを思い出すと夏なのに背筋がスッと寒くなる。
どうしたらいいんだろう。
誰に相談したらいいの?
ふと棚の上に置きっぱなしになっていたキャンドルが目に入った。
あれは去年のクリスマスイブの帰りに100円ショップで買ったキャンドルだ。
それを見て、私は思わず牧師館に電話をしていた。




