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第12話 祈りがひとつになる場所

「高辻さんは会社勤めされてるんですか?」


 ハヤシライスを食べ終え、みかんの皮をむいていると二宮さんに話しかけられた。


「はい、IT企業で営業をしています」


 するとまた周りは、おおっと声をあげた。


「すごいわねえ、今どきって感じ」


「営業ってすごく大変なお仕事って聞くわ」


「うちの夫も営業だったけど、毎晩帰るの10時過ぎてたわよ。付き合いの飲み会も多かったしねえ」


 そのうちの一人が、小さく呟いた。


「見ての通りここは高齢者が多いでしょう。現役で働いてる人の方が少ないのよね。二宮さんならお仕事の話もできるんじゃないかしら」


 それを聞いて二宮さんに質問してみる。


「二宮さんは何の仕事をされてるんですか?」


 すると二宮さんは笑顔全開で答えた。


「中学の理科の教師です。日曜は基本休みなんですけど部活の顧問もしてるから、試合があったら教会には来れないんですよね」


「先生だったんですね……」


 だからさっきのモーセの話も分かりやすかったのかな。


「はい、仕事に熱中してたらこの歳まで独身で来ちゃいました」


 あっけらかんと二宮さんは笑う。


「そうなんですね……、同じ仕事をずっと続けてこられてて、すごいなって思います」


 この人は私みたいに仕事で迷ったり悩んだりしないんだろうか。


 すると二宮さんは目線をフッと下に落とした。


「でもいろいろありますよ。実はメンタルに来て1年休職したこともあったし」


「そうなんですか?」


 みるからに快活そうな二宮さんにも、そんなことがあったんだ……。


「そのときは教会にも来れなかったですけど……、今こうやってここにいられるのは神様のお陰かなって思ってます」


 そう言ってまた二宮さんは笑顔を見せる。


 キリスト教が二宮さんの病気の時の支えになってたんだ。


「そうなんですね。……実は私の友達も癌が見つかって、今治療してるんです。その事も神様にお祈りしたいと思っていて」


 するとまた周りの人達は口々に声をあげた。


「まあ、お若いだろうにお気の毒に」


「ねえ、私たちの年齢だと病気の1つ2つは珍しくないけどね」


「癌は若い人は進行が早いって聞くしねぇ」


「あ、でも友達の娘さんは子宮癌になったらしいけど、その後回復して子供産んでたわよ。最近の医学はすごいなって思ったわ」


 私が友達が病気だと言っただけなのに、ここの人達はこんなに寄り添ってくれてる。


 この温かい空気に心強さを感じる。


 すると隣の小堀さんが声をあげた。


「皆さんで祈りましょう。高辻さんのお友達の回復を願って」


 その言葉に、賑やかにしゃべっていた人達はまた一気に静まり返り、手を組んで頭を垂れた。


 小堀さんが祈りの言葉を口にする。


「主よ。

今日も御名を賛美できることを感謝いたします。

そして新しく高辻さんをこの場に招いていただき心から感謝申し上げます。

願わくば高辻さんのご友人の病気が少しでも回復に向かい、健やかな日々を送れますように。

神様の寄り添いと愛が共にあらんことを願います。

この小さき祈りを主の御名によって御前にお捧げいたします」



「アーメン」



 その場にいた人達の祈りがひとつになる。


 会ったこともない彩希のために、皆さんがこうやって祈ってくれている。


 その事実に泣きそうになった。


 この場は何て温かいんだろう。


「皆さん、ありがとうございます……」


 私はそう言うのが精一杯だった。





────────────────────



 やがて茶話会も終わり、片付けが始まった。


 私も少しでも手伝おうと思い、お皿を重ねて台所の方へ運ぶ。


 この教会の作りは入り口の玄関スペース、礼拝堂、その横に集会室、その奥に台所があった。


 大きな鍋や炊飯器があり、食器棚にはたくさんのお皿やコップが並んでいる。


 台所に行くとそこには夕香さんがいた。


 シンクの縁を握り、ちょっとしんどそうに寄りかかっている。


 そう言えばさっきの茶話会でも見かけなかったし、やっぱり体調が悪いんだろうか……。


「夕香さん、大丈夫ですか?」


 思わず声をかける。


 すると夕香さんはゆっくりとこっちを向いた。


 明らかに顔色が悪い。


「高辻さん、ありがとうございます。大したことないんで……」


 そう言うけど、明らかに様子がおかしい。


 戸惑っていると、夕香さんは少し微笑みながら言った。


「実は、……まだ皆さんにオープンにはしてないんですけど、妊娠したんです」


 妊娠?


「そうなんですか?」


「はい、予定日は秋でまだまだ先なんですけど、つわりが始まっちゃって……。うちの母に言わせたら軽い方だっていうんですけど、辛いものは辛いですよね」


 そう言いながらまたシンクの方に向かい、何かに耐えてるような表情になる。


 本当に辛そうだな……。


「あの、おめでとうございます。……夕香さん、エバに腹立ちません?」


「え?」


 私の言葉に夕香さんは驚いたようにこっちを見た。


「だってエバが禁断の実を食べたから女性に産みの苦しみが与えられたわけじゃないですか。思い出したら腹が立ってきて」


 すると夕香さんはしんどそうにしながらも軽く笑った。


「高辻さんの視点は面白いですね。当たり前すぎて考えたこともなかったですけど、確かにエバ一人のせいで女性にこんな思いを背負わされるって理不尽な気もします」


「あの、私にできることがあったら何でも言ってください。知識はないですけど、夕香さんの赤ちゃんに私も会いたいです」


 自分でも驚くほど自然にそう思っていた。


 それを聞いて夕香さんはにっこり笑った。


「ありがとうございます。心強いです」





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