第10話 聖なる時のあとで
榊原牧師の説教とお祈りが終わった後、前回と違い榊原牧師は教壇から降りてきた。
そして前に置かれているテーブルの前に立つ。
そのテーブルの上には何かが置かれ、白い布が被されていた。
それを牧師が取り去ると、そこには大きな銀色の器が二つ並んでいた。
遠目に片方には白くて小さいものがたくさん並んでおり、もう片方には小さな器がたくさん並んでて中に紫色の液体が入っていた。
何だろう、あれ。
すると牧師は「聖餐式を行います」といい、聖書の箇所を読み上げ始めた。
「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。『取って食べなさい。これはわたしの体である。』また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。『皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。言っておくが、わたしの父の国であなたがたと共に新たに飲むその日まで、今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい。』」
そして白いものが並んでる方の器を持ち上げた。
「これは主が私たちのために裂かれた体です。聖餐に預かる方はお立ちください」
その言葉にほとんどの人がスッと立ち上がる。
わ、私はどうしたらいいんだろう、と戸惑っていると、夕香さんが声をかけてきてくれた。
「高辻さん、おはようございます。ご挨拶が遅れてごめんなさい。聖餐式は洗礼を受けてない方は預かれないので、そのままお待ちください」
夕香さんの顔を見て安心感が湧く。
でも何となく夕香さんの顔色は少し悪い気がした。
体調がよくないのかな?
「隣いいですか?」と言われたので、夕香さんが座るだけのスペースを空けるために少しずれる。
夕香さんも他の人と同じように立っていた。
パイプオルガンの奏楽が鳴り、ある女性がその銀色の器をもって通路を回る。
立っていた人たちはその白いものをひとつずつ受け取り着席していった。
私の隣にいた年配男性も夕香さんもそれを受け取り椅子に座る。
夕香さんはそれを手にして、しばらく頭を垂れて黙祷をした後、口に運んだ。
その後、紫色の液体が入った器も同じように配られ、着席してみんな順に飲んでいく。
漂ってくる香りから、これは葡萄のジュースだと分かった。
ピンと張り詰めた空気から、これがとても神聖な儀式だと言うことがひしひしと感じられる。
私はただ見守っていることしかできない。
その後、讃美歌を歌う場面になり、葡萄のジュースが入っていた器が順番に回収されていった。
聖書やキリスト教に親しみと人間臭さを感じてきていたけど、こういう場面を見るとやっぱりここは信仰の場だと思い知る。
その後、讃美歌、お祈り、献金の流れになり、礼拝は終わった。
─────────────────────
礼拝が終わった後、夕香さんがいつもの通り笑顔で話しかけてきた。
いや、でも少し元気がなさそうにも見えるけど。
「高辻さん、事前に説明してなくてごめんなさい。戸惑われましたよね?」
夕香さんの気遣いが嬉しい。
「いえ、ちょっとびっくりしましたけど、あれは何の儀式ですか?」
夕香さんはゆっくりと答えた。
「聖餐式です。イエス様が十字架にかかる前夜の最後の晩餐の時、イエス様がパンとぶどう酒を自分の体だと例えて、私たちに分け与えてくださったことを再現してるんです」
「そ、そうなんですか。あの白いのはパンですか?」
「はい、食パンを賽の目に切ったものです。ぶどう酒はお酒を出せないのでウェルチです」
「ウェルチ……」
ここにきて一気に庶民的な話になってる。
すると夕香さんは立ち上がって、微笑んだ。
「これから茶話会です。是非ご参加くださいね。ハヤシライスを準備しています。皆さん、高辻さんとお話したいって言われてるんで」
そういえば、ほのかにハヤシライスの匂いが漂ってきている。
ついさっきまで十字架だ契約の血だと言っていた場で、ハヤシライスの匂いがするの、なんかすごい。
礼拝堂内はさっきの静かな空気から一転賑やかになり、どこからかテーブルが運び込まれ椅子も並びを変えられて、一気にフランクな雰囲気に変わっていった。




