第1話 最悪のイブ、招かれた灯り
「直人、ごめん今終わった」
カツカツとヒールの音を響かせながら小走りに走る。
履き慣れない細いヒールだから、気持ちは急いでいるのにうまく走れない。
「今、駅に向かってるから、電車に間に合えば20分遅れで着ける。本当にごめん」
その電車も、この感じじゃギリギリだ。
履き慣れないヒールが恨めしくなる。
じゃあ、と電話を切ろうとしたところ、直人が軽くため息をついたのが聞こえた。
「……いや、もういいよ」
「え?」
自分のヒールの音と、はずんだ息の音でうまく聞こえない。
「何か言った?」
「もういいって。俺はもう店出たから。今日はなしな」
「え? ちょっと待って。今日予約してくれてたんだよね? せっかくのクリスマスディナーなんだし」
「そのせっかくのクリスマスに遅刻してるの誰だよ」
思わず歩みを止める。
「ごめん。客先でシステム障害が起こって、どうしても行かなきゃならなくて……」
「分かってるよ」
直人の声はいつも通り落ち着いている。
それが余計に嫌な予感がした。
「茉那の仕事が忙しいって理解もしてきたし遅刻やキャンセルも受け入れてきたけどさ、今回はもう無理だわ。キャンセル料は俺が払っとくから」
「ちょ、ちょっと待って、直人……」
「俺たち別れよう」
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切れたスマホを手に道をトボトボと歩く。
カツカツと響くヒールの音が耳障りだ。
今日のためにおろした新品のヒールだけど、今ごろになって踵の辺りが少し痛くなってるのを感じた。
軽く靴擦れを起こしてる。
化粧ポーチにバンドエイドが入ってるはずだからそれでどこかで応急処置をするか、とりあえず駅のトイレまでは持つかな?と思っているとポツッと顔に雫が当たった。
雨だ。
クリスマスイブなのに、雪ならともかく雨なんて。
でも今日はこの時期にしては暖かいから、仕方ないのかもしれない。
それにしても最悪だ。
周りはみんな楽しそうに過ごしてるクリスマスイブ、なのに私は仕事に追われ彼氏にフラれ、足は痛いしおまけに雨にまで降られてる。
急ぐ気にもなれずパラパラ降ってくる雨の中を歩いていると、どこからか歌声が聞こえてきた。
この時期は、恋人がサンタクロースだったとか、誰も来ないクリスマスイブとか、あの洋楽の有名曲とかがさんざん流れるけど、その曲はそれらとは違った。
優しくて穏やかな旋律、でもどこかで聞いたことあるような……と思い周りを見ると、少し行った先に扉を開けた建物があり、その歌声はそこから聞こえてくるようだった。
開いた扉からは柔らかい光が漏れている。
雨に濡れすっかり心が冷えきっていた私は、思わずそこへ吸い寄せられるように近寄っていった。
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大きな扉が開いてるその建物、その横には看板があり「日本基督教団 行友教会」と書いてあった。
キリスト……教会?
そうか、クリスマスってキリスト教のイベントだったっけ。
最寄の駅名も行友だから、行友はこの辺の地名なのかもしれない。
ところで扉が開いてるけど、これ入っていいのかな?と思い中を覗き込もうとすると、中から可愛らしい雰囲気の女性が出てきた。
年齢は30歳前後と見られる女性は私を見るとニコッと微笑み、「雨宿りしていかれません?」と声をかけてきた。
「い、いいんですか?」
「はい、教会はどなたでも来ていただけますので。特に今はクリスマス礼拝をしていますし、よかったら是非」
「あ、ありがとうございます……」
招かれるまま、建物の中に足を踏み入れる。
建物はちょっと古い感じがしたけど、隅々まで掃除がされていて清潔感があった。
あちこちにクリスマスらしい飾りつけがされており、受付のようなテーブルの上には小さなツリーも置かれていてピカピカ光っていた。
奥に重厚そうな木製の扉がありそこは閉まっていたけど、歌声はそこから聞こえてきてた。
思わず室内を見渡していると先ほどの女性が「良かったら」とタオルを貸してくれた。
「あ、ありがとうございます」
素直に受けとり濡れた髪とコート、バッグを拭く。
「今は礼拝をされてるんですか?」
歌声のじゃまにならないように小声で尋ねると、女性も小声で答えてくれた。
「はい、今日はクリスマスイブなので燭火礼拝を行っています」
「しょっか……?」
すると女性は、手で持てる蝋燭立てに乗った小さな蝋燭を見せてきた。
「室内の明かりを消して、蝋燭に火を灯して礼拝をするんです。良かったら参加されません?」
教会の礼拝に参加……。
思ってもみないお誘いだったけど、今日はもう予定もなくなったことだし、せっかくだから参加してみてもいいかもしれない。
「参加してみたいです」
すると女性はニコッと微笑んで紙を数枚渡してきた。
「こちらが今夜の礼拝の流れです。今はここ。讃美歌の『きよしこの夜』を歌ってるところです」
きよしこの夜……。
そうだ、聞いたことあるこの歌はそれだった。
きよしこの夜って讃美歌だったんだ……。
女性が木製の扉をゆっくり開ける。
そこには薄暗いながらも大きな部屋があり、20人ほどの人が立って蝋燭を手に持ちながらきよしこの夜を歌っていた。
伴奏に響くオルガンの音。
重なる歌声。
何とも言えない雰囲気に私は言葉を失っていた。




