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この恋は上書き保存できない  作者: 白石永茉
第二章 思い出の片割れ
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第八話

「そうかな? 大智くんだって、まんざらでもなさそうだけど?」

 大智くんははいつだって物怖じせず堂々としていた。でも、美宙がいると彼は明らかに緊張しているようだった。

 大智くんは私といる時は緊張したりしない。まるで気安い男友達のように扱ってくる。

 よくよく考えたら、あんな風に私に好きって言えるのも不思議だ。本当に好きだったら、もっと緊張したり何も言えなくなったりするんじゃないだろうか。……美宙と話している時のように。

「でも、私には光莉といる時みたいに楽しそうに話してくれないよ」

「それは美宙が可愛いから緊張してるんだって」

 私には大智くんの記憶はないけれど、もしかしたら美宙は、私達が付き合っている時もずっと彼への思いを秘めていたのかもしれない。何年も、ずっと一人で。

「私、美宙のこと応援するから」

 美宙には私が大智くんを忘れていることは言わないでおこう。もし心配されても困るし、思い出したら好きになるのかと不安にさせてしまうから。

「そんな……私には渡会くんと付き合う資格なんてないよ」

「私達が付き合ってたのは過去の話だから。もう大智くんのことは好きじゃないし、気にしなくても――」

 友達の元彼と付き合うのはちょっと気まずいかもしれない。そう思ってはげまそうとしていると、

「それはわかってるよ。光莉達が付き合うことはもうないと思うし」

 妙に確信した口調で言われ、たじろいだ。

「そ、そうだね。あははー」

 美宙って、割り切り方がすごいんだな。覚えていないけど大智くんと付き合っている時に彼女にも色々話したのだと思うけど……私には無理だ。

「おーい、光莉ー、椎名ー、何してんだよ?」

「あ、ごめん。それじゃ美宙は返すから」

 さっき、大智くんは美宙と二人きりになろうとしていた。申し訳なく思っていると、彼は突然私のほうにこそっとささやいた。

「なぁ、今、椎名になんか俺のこと言われた?」

「はぁ?」

 どうやら彼は美宙にどう思われているか気になっているらしい。

(やっぱり好きなんじゃん、美宙のこと)

「言われた。大っ嫌いだって」

「えっ……」

 大智くんは動揺している。

「渡会くん、待たせてごめんね。それじゃ行こっかー」

 にこにこ笑顔の美宙に、大智くんはびくっとし、そして助けを求めるように私を見た。

「倉田くん、行こうか」

「う、うん」

 凪くんは渡会くんが気になるようだが、結局は何も言わず「どこ行こうか」と館内マップを取りだした。

 やがて、大智くんは美宙に連れられてはなれていく。

 ……ちょっと意地悪だったかもしれない。

 でも、美宙はあんなに積極的にアプローチしてるんだから、すぐに大嫌いなんて私の嘘だと気がつくだろう。

 美宙があんなに一途だなんて知らなかった。記憶がないとは言え、私は彼女に大智くんの話をしてたくさん傷つけてきたんだろう。

 そういえば、美宙には大智くんを忘れていることを話せなかったな。でも、もしそのことを話したら、思い出したらまた好きになるかもと不安にさせてしまうかも。

 それなら、黙っていた方がいい。美宙は私が大智くんを忘れていることにも気が付いていないようだし。

 そして、美宙には大智くんと結ばれてほしい。

 そう願っているはずなのに、どんどん心は曇っていくばかりだった。


 それから、どこをどう巡ったのかをよく覚えていない。

 凪くんが何か話しかけてくれて、私はそれに答えた。笑えていたと思う。

(あんなに、私のこと好きって言ったくせに)

 そんな考えが浮かんで、いけない、とあわてて打ち消した。

「目黒さん。ちょっとここに座らない? 僕、疲れちゃったかも」

 凪くんが、順路の終盤であるペンギンの水槽の前のいすを指した。

「うん、いいよ」

 彼の隣にそっと腰をおろす。ペットボトルの水に口をつけてひと息つこうとすると、

「やっぱり、あの二人が気になる?」

「え?」

「渡会ってひどいよね。あんなに目黒さんに好きって言っておいて、椎名さんに誘われたらあっさり乗るんだもん。もし好きな人じゃなくてもさ、今までのなんだったんだーって思っちゃうよね」

 凪くんの言葉に、私は見透かされているような気持ちになる。

「それは――」

 無理やり飲みこんだ水が、喉に引っかかっている。私はもう一口水を飲んだ。

 そうすると気持ちも少し落ち着いていった。

「そうかも。でも、仕方ないんだ。大智くんが好きなのは私だけど私じゃないから」

「どういうこと?」

 不思議そうにこちらに凪くんは身を乗り出してくる。

 凪くんに話すべきか、一瞬迷った。もし話したら変に思われてしまうかもしれない。

 でも、私は口を開いた。水で潤したばかりの喉はからからだ。

「あのね……私、本当は、大智くんのこと覚えてないの」

 え、と凪くんが目を見開いた。

「中学時代に付き合ってたらしいんだけど、ぜんぜん、何も、覚えてないの。お母さんもお父さんも、みんな大智くんを覚えてるのに。私、変だよね」

「変ではないよ。でも、それって大丈夫なの? 何か脳に問題があるとか……」

「ううん、大丈夫だと思う、たぶん。大智くんに関する何か嫌なことがあって、大智くんのことだけ忘れちゃったんじゃないかって彼は言ってるけど」

「そっか、そういうこともあるのかな……でもそれってさ、辛いんじゃない?」

「そうだよね。何も覚えてないなんて、普通傷つくよね。私もすごくショックだと思う」

「そうじゃなくて、目黒さんが」

「私?」

「だって、渡会はあんな感じだし、思い出さなきゃってプレッシャーじゃない? それに、僕だったら、今の自分じゃなくて昔の自分しか見てないんじゃないか、とか考えたりしそう。目黒さんもそうだったら、辛いなって」

 凪くんのやさしさに、目の奥がつんとする。

 もしかしたら自分が悪いんじゃないかって思ってたけど、凪くんにそう言ってもらえて救われた気持ちだった。

「それに、渡会と会った時、怖かったんじゃない? すごい勢いで来てたよね。光莉光莉ーって」

「うん……あれはちょっと、怖かった」

「だよね」

 二人で顔を見合わせて笑う。

「でも、目黒さんはすごいよ。僕だったら逃げ出してたかも」

「あははっ……」

 その様子を想像して、なんだかおかしくなった。

「話は戻るけど、つまり目黒さんは渡会は過去の自分が好きなだけって思ってるってことかな?」

「私には大智くんが突然あらわれて、突然好きだって言われたように感じてるんだ。だから、今回のこともある意味納得してるのかも。突然好きじゃなくなったっておかしくはないって」

「こう言っちゃ悪いけど目黒さんの考えは正しいかもね。少なくとも、今の渡会見てたら大丈夫かなって思うよ。僕が文句言ってこようか?」

「え、い、いいよ!」

「冗談だよ」と、凪くんは笑っている。凪くんの冗談はわかりにくい。

「でも、もしかしたら渡会にも何か事情があるのかもよ。だって、さっき僕と目黒さんが写真を撮っている時にすごい顔してこっち見てたから」

 そういえば、あの時の大智くんは何か言おうとしていたっけ。

 私は勝手に大智くんは美宙が好きなのかと思っていたけど、それは決めつけだったのかもしれない。

「そうだね。大智くんにちゃんと聞いてみるよ」

 うん、と凪くんはうなずいた。

「よかった。目黒さん、元気になったみたい」

 どきりとした。

 私は凪くんが好きなんだ。せっかく美宙が作ってくれたチャンスを無駄にして、どうしてこんなにも大智くんのことで頭を悩ませているんだろう。

「ご、ごめんね、倉田くん。せっかくの遠足なのに、色々と……」

「いいんだよ。目黒さんが元気になってくれたのなら、それで」

 そのすべてを包み込むような柔らかい笑み。

 ……そうだ。私はこの人のこんな優しさにふれて、好きになったんだった。

「だから、もし何かあったらまた僕に話してよ。記憶のこととか他の人には話しにくいだろうからさ」

 社交辞令だってわかっている。それでも、もやもやした気持ちはとっくに晴れて、私の口もとには笑みが浮かんでいた。

「ありがとう。もし何かあったら、倉田くんに相談するね」

 凪くんがいるだけで、私は一人じゃないと思えたから。


 さっきまで何度も美宙と大智くんを見かけていたのに、いざ話そうとするとなかなか二人の姿は見あたらなかった。

 水族館も一巡してしまい、私はお土産売り場でぼんやりとキーホルダーを見ていた。

 ふとイルカのキーホルダーが目に入り、手にとる。それはピンクと水色の二色で、かおうかと思って、カップル用であることに気がついてやめた。

 さすがに私が持つのには可愛すぎるかも。

 でも、なぜだか目が離せない。そのまま私が動けずにいると、視線を感じた。

「……大智くん?」

 彼は一人だった。

「光莉か」

 いつも明るい彼にしては珍しく、ちょっと疲れたような顔をしている。

「美宙は?」

「色々あって、その……やっぱり俺、椎名に嫌われてるから」

「はぁっ?」

 どうしてそうなるんだろう。もしかして、私が大っ嫌いって言ったのを間に受けているんだろうか。ちょっと意地悪をしすぎたかもしれない。

「あれ、嘘だって。美宙、大智くんのこと好きだって言ってたし」

 思わず言ってしまい、ハッとする。

 もしかして、言わない方がよかった……!?

「んなわけねーじゃん。そういう慰め、逆に辛いんだけど」

 でも、大智くんは全く取りあってくれない。

 せっかく両思いだったのに、私が余計なことをしてしまった。さすがに責任を感じて、ふとイルカのキーホルダーが目に入る。

「そうだ、これ!」

 私は近くにあったキーホルダーを、大智くんにさし出す。

「これ……って……」

 大智くんは大げさすぎるくらい目を見開き、私の顔をまじまじと見る。

「光莉、もしかして――」

「これ、美宙に渡しなよ。そうしたら、大智くんの気持ち、ちゃんと伝わると思う」

 私は強引に彼の手の中にキーホルダーをのせる。でも、大智くんはちゃんとつかんでいなかったみたいで、キーホルダーは床に落ちてしまった。

 しゃがみこみ、それを拾う。

 突っ立ったままの大智くんの顔をなんとなく見上げ、言葉を失った。

 下を向いた彼は、何かにたえるように唇をぎゅっとかみしめていた。ふせられた睫毛はふるえていて、彼の瞳は涙がこぼれおちそうなほどうるんでいた。

「大智、くん……?」

 彼が私の視線に気がつく。私から目をそらすと、そのまま駆けだしてしまった。

「ちょっと待っ――きゃっ!?」

 あとを追おうとした途端、誰かにすごい力で引っぱられる。

 ふり向くと、美宙が私の手首をつかんでいた。

「何、美宙! 痛いって」

「光莉、それ、本気で言ってる?」

 彼女は私を睨んでいる。憎しみすら感じさせる視線だった。

「なんなの、美宙まで。私、何か変なこと言った?」

 すっと、手首から手がはなされる。美宙の瞳から憎しみは消えていた。それどころか、彼女の瞳はどんどん光を失っていく。

 呆然と美宙は言った。

「もしかして……光莉、大智くんのこと思いだしたわけじゃないの?」

「えっ……」

 美宙は、私が彼を忘れていたことに気づいていたの?

「仲良いからてっきり思い出してたのかと思った。なんで言ってくれなかったの? そうしたら私、こんな――」

「美宙……?」

 彼女はうつむいた。長い髪に隠れてその表情は見えない。

「ごめん、私、隠すつもりはなかったんだけど、その……」

「――私本当は、渡会くんが大嫌いだったの」

「えっ!?」

 顔を上げた美宙は、つまらなそうな笑みをうかべていた。

「小学校の卒業式の日、渡会くん、私に『誰?』って言ったんだよ? 信じられる?」

「あれって美宙のことだったの!?」

 大智くんから話は聞いていたけど、きっと私と似たような目立たない女子に言ったんだと思っていた。

「その時から、ずっと嫌いで。光莉と付き合ってる時も早く別れればいいのにって思ってたのに、別れたらまた現れて。ムカつくから邪魔してやろうと思ったら、あの人、結構賢いんだね。私の考え、全部見抜かれてた」

「え? え!?」

 ということは、美宙は本当は大智くんが嫌いだったのに好きなふりをしていたって言うこと?

 私が目を白黒させていると、美宙は続けた。

「これ、光莉が渡会くんと付き合ってる時、ペアでつけてたんだよ。渡会くん、まだ持ってるって言ってた」

 言われて、思い出す。

 大智くんは、私がこのキーホルダーを持っていた時、過剰なほど驚いていた。

 そして、美宙に渡しなよと行った時、とても辛そうだった。

「私が渡会くんと一緒にまわろうって言った時、断ればよかったのにね。でも、渡会くんは私に嫌われてるのが嫌でどうにかしたかったみたい――私は光莉の、友達だから。それだけ光莉のことが大切なんだね」

 私は大智くんが美宙を好きなのだと勘違いしていた。

 彼は美宙と仲直りしようと頑張っていたのに、私は彼に「大嫌いだって言ってた」なんて言って、彼を追い込んでしまった。

(私、なんてことしちゃったんだろう……)

 美宙はしゃがみこみ、落ちていたキーホルダーを拾った。そして、そっと私の手にのせる。

「ね、これ、光莉から渡してみたら? きっと渡会くん、喜ぶよ」

「うん……」

 返事はしたものの、私は彼が喜んでいる姿を想像できなかった。

 私との思い出の品。だけど、これを渡したら、大智くんはきっと私に忘れられたことをずっと思いだしてしまうんじゃないかと。

 これ以上大智くんに辛い思いをさせるのは、嫌だった。


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