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この恋は上書き保存できない  作者: 永井一花
第四章 忘れないで
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第十六話

 彼と二人で教室に入ると、何人かの男子たちが「よっ、大智、彼女とラブラブだなー」「あんなに必死だったもんな。付き合えてよかったなー」「フラれないように頑張れよ」と集まってきた。

 大智くんは「いいだろ!」「うっせ。うらやましいだろ?」「おまえには言われたくないわ。他の子もかわいいとか言ってんなよ」って、楽しそうに言い返している。

 転入してきて一ヶ月が経ち、大智くんはクラスの中心人物になっていた。

 一方私はと言うと――。

「あ、光莉。おはよう」

「おはよ、美宙。今日も雨でやんなっちゃうね」

「そんなこと言って、仲良く渡会くんと登校してきたくせに」

 近くにいた美宙に声をかけると、彼女は嬉しそうに顔をほころばせた。

 美宙はずっと自分のせいで私の記憶がなくなったと気に病んでいた。凪くんの記憶が完全になくなったことを知り、とても複雑そうな顔をしていた。

 でも、美宙が日記を書くようすすめてくれたおかげで、私は凪くんとの思い出はなくさずにすんだのだ。

 そのことのお礼を言い、もう記憶がないことは気にしていないと話すと彼女も安心したようだった。

「いいなぁ。私も彼氏ほしいなぁ」

 美宙がぽそっとつぶやくと、男子の動きが一瞬止まる。おまえが行けよ、いやおまえが……とアイコンタクトを交わしている男子に、大智くんがあきれた目を向けた。

「おまえら何もじもじしてんの? 話しかけないと何もはじまらねーぞ? まぁ椎名はレベル高すぎて無理だと思うけど」

「ち、ちっげーよ! そんなんじゃ……」

「そ、そう! 椎名さん、気にしないで」

「え、えっと……」

 口ごもる美宙に、大智くんはため息をつく。

「ほらー、おまえらがそんなんだから椎名も困ってんじゃん。もっと男子は堂々としてたほうがいいよな? 俺みたいに」

「う、うん、そうだね……そんなに気を使われると、かなしいかも……」

 しゅんと眉をさげる美宙に、「ごめん椎名さん!」「俺らが間違ってた!」と、申し訳なさそうに謝る男子たち。「まったく……」と、大智くんは苦笑していた。

「光莉ちゃん、おはよう」

 落ち着いた澄んだ声に私は顔を上げる。

「今日、電車が混んでて大変だったよ。光莉ちゃんは大丈夫だった?」

「うん、私は平気。それよりも、凪くんがすすめてくれた動画、見たよ!」

「え、うれしいな。どうだった?」

「最高だったー! 面白すぎて声出して笑ってたら、家族に不審がられたけど。でも、お母さんにも見せたら笑ってたよ」

「お母さんにも見せてくれるなんてうれしいな。光莉ちゃんなら絶対わかってくれると思ったんだ」

「えー、わかるよー! 当たり前じゃん! あれ面白くない人とかいるの? 特に一番よかったのがあの――」

 ふいに誰かの視線を感じて、口をつぐむ。

 男子と絡んでいたはずの大智くんが、苦々しそうな表情でじっと見ていた。

「た、大智くんも動画見る? 面白いよ」

「……なんかさ、おまえら俺らより仲良くね?」

「そんなことないって。凪くんはただの友達だから」

「友達だとしてもついこの間までそこまで仲良くなかっただろ?」

「まぁ、そうだね」

「私はそもそも凪くんを知らないし」

「じゃあなんでこんな感じになってるんだよ! 大体『凪くん』『光莉ちゃん』って! 俺だって光莉に名前で呼んでもらうまで大変だったのに……っ! つーか!」

 大智くんは凪くんを鋭く睨んだ。

「倉田って変じゃね? おまえ、光莉に雨の中突き飛ばされてびしょ濡れになったこと忘れたのか!? 光莉だってそうだよ! ……こいつとはほぼ初対面みたいなもんだろ? それがどうなってこんな仲良くなるんだよ……!」

「それは僕が光莉ちゃんを誤解してたから」

「色々話して仲良くしたいなって思ったんだよ。そもそも大智くんが謝って仲直りしろって言ったんじゃないの?」

「そうだけどさぁ……さすがにこれは予想できねーだろ!」

 大智くんが頭を抱えている。

 日記に書いてあったとおり、凪くんは優しくてかっこいい。それは事実だと思う。でも、過去の私が思うような『王子様』のような人物だとは思えなかった。

 私は優しいけど不器用な凪くんを好意的に思っている。それは凪くんにも伝わっているようで、おそらく前の関係より仲がよくなっているのだろう。もちろん、友人として。

「やっぱり光莉に謝るようにすすめたの間違ってたのか……いやでも謝らないのも人として……」

 大智くんがぶつぶつ言っている。

 心配することなんてないのに。

 凪くんは誰にでも優しい人なんだ。過去の私はそれに勘違いして好きになったけど、今の私は好きにならない。

 それに凪くんだって、私のことなんて好きにならないだろう。

 それにしても、不思議だ。

 明るくて裏表のない大智くんと、やさしいけど裏で色々抱えてそうな凪くん。

 私はこんな正反対な二人を好きになっていたんだ。


「おっしゃー! 勝った!」

「ねぇ、まだやるの?」

「いいだろ! お金なら俺が払うからさ。光莉こういうの全然やらないだろ? たまにはぱーっと遊ぼうぜ」

「う、うん……」

 私達が付き合ってから初めての休日。私達はゲームセンターで遊んでいた。大智くんはすごく楽しそうで、私も楽しかった。でも、

(これが初デートってどうなの?)

 今のところ、付き合う前の私たちそのままという感じだ。

 仮にも私たちは過去に付き合っていたらしいけど、前もずっとこんな感じのデートだったの?

「お、大智ー!」

 青山くんと、別のクラスの男子が声をかけてきた。

「お、青山じゃん。おまえらも一緒に遊ぶか?」

 彼は私をちらっと見て、

「いや、やめておくよ」

「そっかー。一緒に遊んだら楽しいと思うんだけどなー。じゃ、また今度なー」

「おう」

「チーム戦ができると思ったのに……」

 大智くんは本気でがっかりしているようだった。

(普通初デートで他の人誘う!?)

 なぜ高校二年生になったのに、ゲームセンターなのか。

 そして、二時間後。

「じゃ、そろそろ帰るかー。いっぱい遊んだしな」

「えっ!?」

「なんだ光莉、まだ遊び足りないのか。でも、俺もう金ないんだよなー」

「そ、そう……」

 ゲームセンターを出ると、あたりは夕暮れに染まっていた。

「でも、楽しかったみたいでよかったよ。また遊ぼうな」

「う、うん」

(いや、帰りに何かあるのかもしれないし……)

 これから大智くんと一緒に帰るんだ。きっと手をつないで歩いたりとか……。

 彼のスマホが鳴る。

「悪い、光莉! 俺今日弟とゲームする約束だったんだ! ちょっと急いで帰っていいか?」

「うん、いいけど……」

「悪いな!」

 そして、私達はゲームセンターからの帰りを急ぎ足で帰る。私を追い越してしばらく歩いていた大智くんがふり返り、「光莉ー!」と呼んでいる。

 ……何これ。

 さすがの私でも、これは不安になる。

 大智くんは、私のことをどう思っているんだろう……。


 とはいえ、落ち込んでいても仕方がない。

(大智くんに女の子として意識してもらわないと!)

 その日の帰り。私は自室のクローゼットで服をあさっていた。

「やっぱり買いに行かないと……ん?」

 見慣れない白いワンピースがかかっていた。ほとんど新品同様で、あまり着た様子がなかった。

(こんな服、持ってたっけ?)

 なんとなく買った記憶があるようなないような……でも、私が普段着る系統ではない。

冒険しようと思い切って買って、結局着なかったのだろうか。

 私はワンピースに袖を通してみた。

「に、似合わない……」

 ワンピースの華やかさに、私の顔の地味さが完全に負けてしまっていた。

 でも、逆に考えれば、ちゃんとメイクや髪型をセットすれば似合うのかも……?

 そういえば、私は彼氏ができたというのにメイクすらしていなかった。同級生の女の子はしている子が多いのに。

 私は動画サイトで『初心者 メイク』で検索し、一番上にあった動画を再生してみる。でも……。

「こんなことできたら初心者じゃないよ……」

 あまりの手順の多さと複雑さに、私の心はたやすく折れた。

 それに、このメイク道具、一式揃えたら一体いくらになるんだろう。高校生のおこづかいだけでは無理なんじゃ……?

 同じく初心者向けの髪型アレンジの動画も見てみたが、何が起きているのか全く理解できなかった。

 こういう動画が本当に初心者向けって思えないのは私だけですか?

 やっぱりこのワンピースは私には早いのかもしれない。ため息をついた、その時。

『光莉ー! 今日、渡会くんとのデート、どうだった?』

 美宙からのラインだった。

 そういえば、美宙は昔からずっとおしゃれだった。小学生の時、休みの日に偶然見かけた時、彼女はメイクしていておしゃれな服を着こなしていた。

『美宙、助けて!』

 ラインを送信する。

 私は美宙に助けを求めることにした。


 翌日。

 私は、駅の改札前で落ちつきなく前髪をなおしていた。

(大智くん、可愛いって思ってくれるかな?)

 視線を落とすと、視界に白いレースが目に入ってくる。それは昨日クローゼットで発掘したものだった。

 髪は動画を見ながら一時間もかけてアレンジし、メイクも美宙に教えてもらった。

「合わなかった化粧品あるから、よかったらもらって」と、メイク道具まで美宙からゆずってもらった。

 美宙はなぜか私よりもうれしそうで、「光莉とこういう話できるなんてうれしい」とずっと笑顔だった。

 彼女のおかげで、中学生の私よりは大人っぽくなっているはずだ。

 スマホを開いて時間を確認していると、

「よぉ、光莉」

「わっ、大智くん!」

 大智くんが手をあげ快活な笑みを浮かべていた。

 彼は白のサマーニットにストレートなスラックスを合わせていて、シンプルだがいつもより大人びて見える。

(やば……大智くんってこんなにかっこよかったっけ!?)

 ゲームセンターに行った時はもっとラフな感じだったのに、大智くんはファッションのセンスまでよかったとは……。

 私が見とれていると、

「ね、あの人見て。かっこよくない?」

「隣にいるの彼女かな? いいなぁ」

 ひそひそと話す女の子たちの声が聞こえてきた。

「つかさ、その格好……」

「え?」

 大智くんは私の服装を上から下まで眺め、そしてまた私の顔を見る。

 ついに、可愛いって言ってもらえるかも!? 期待に胸を躍らせていると、

「大丈夫か? 今日、遊園地に行く予定だったんだけど……」

「あっ、うん、平気!」

「そうか。それなら行くかー」

 大智くんは改札に向かって歩き出す。

(え。それだけ……?)

 私はひどく落胆する。

 彼はこちらをふり返り、「どした? 早く行こうぜ」といぶかしげに見ている。

「う、うん! 今行くよ!」

 私はあわてて彼を追いかける。「転ぶなよー」と軽く注意しただけで、彼がドキドキしている様子はまったくなかった。

「じゃ、今度はあれ乗ろうぜー」

「う、うん」

 そう言って大智くんが指さしたのはジェットコースター。実は今日乗るのが三回目だった。

「大智くん、ほんと好きだよね」

「あぁ。遊園地に来たらやっぱり乗らないとな!」

 大智くんにジェットコースターが好きなのはイメージ通りで、楽しそうな彼を見ているのは楽しい。

 でも、ただ楽しいだけで、恋人っぽい空気は一切流れていない。

 こっそりため息をつくと、彼は心配そうにこちらを見た。

「もしかして疲れた? 休憩する?」

「え……あ、ううん、大丈夫!」

「そうか? 疲れたらすぐに言えよ」

「ありがとう」

 その気遣いに私は驚いた。

 そうだった。大智くんは普段は粗野な言動なくせに、意外と冷静にこちらを見ているし、なによりやさしかった。

 さっきも女子にかっこいいって言われていた。けど、私は大智くんの恋人にふさわしいんだろうか?



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