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この恋は上書き保存できない  作者: 永井一花
第四章 忘れないで
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第十五話

 色々なことがありながら、私と大智くんは晴れて恋人同士になった。

 あの後風邪をひいて寝込んだ私は、二日間学校を休んでいた。

 大好きな人が待っている学校に行く、明日はそんな楽しみで仕方がない日のはずだった。

(明日は学校か。うぅ、気が重い……)

 すっかり熱は下がっているのに、私の気持ちは晴れなかった。

 私には一つ問題があった。それは、『凪くん』のことだ。

 美宙から神社の呪いの話を聞いた。私には新しく好きな人ができると前に好きな人を忘れてしまうようになったらしい。

 とても信じられない話だが、自分の筆跡で全く記憶にない『凪くん』とやらの想いがつづられている日記を見てしまい、私は信じざるを得なかった。

 大智くんを好きになる際、彼のことを忘れてしまった。その時、パニックになった私は彼を雨の中突き飛ばしたらしい。と、大智くんから聞いた。

 まったく意味がわからなかった。そもそも、忘れそうなら距離を置けばいいのに。その人が好きで好きで仕方なかったならともかく、気持ちが薄れかけていたのだから。相合い傘をして帰るなんて、おかげで今の私はとても迷惑していた。

 大智くんには謝った方がいいと言われた。でも、私にはいまいちピンとこない。何を謝ればいいのかもわからない。

「はぁぁ……どうしよ……」

 思わずため息をつくと、インターフォンが鳴った。

 誰だろう? 宅急便かな?

 階下に降りモニターで確認すると、制服を着た男の子が立っていた。誰だろう? 同じ学校の制服だから、同級生だろう。

 もしかして、先生にプリントでも頼まれたのかもしれない。

「はーい」

 私が玄関のドアを開けると、その人は小さくほほえんだ。

「こんにちは。目黒さん、元気?」

 とても綺麗な人だった。私がテレビやSNSで見ているようなイケメンともまた違う。笑っているのにどこか物憂げな表情。とても雰囲気があって、自然と目で追わずにはいられないような。

 でも、こんなに綺麗な人が同じ学校にいたなら絶対に覚えているはずだ。もしかして、この人が『凪くん』?

 でも、日記には『凪くん』と彼の妹の病院にお見舞いに行ったと書かれていた。この人と私がそんな仲だったなんてとても信じられない。

「あ、うん、もう大丈夫。もしかしてプリントとか届けに来てくれた?」

 対応に迷った挙げ句、私は曖昧に笑顔をうかべた。

「ううん、そういうわけじゃないよ。ただ、目黒さんが気になったから」

「そう……なんだ……」

 やっぱりこの人が『凪くん』なんだろうか。

「でも、元気そうでよかったよ。明日は学校に来られる?」

 うん、とうなずくと、彼は「待ってるね」と笑った。

 そのまま立ち去ろうとする彼を、慌てて「凪くん!」と呼びとめた。

「えっ……?」

 困惑したように彼は私を見ていた。

「あの、本当に……ごめんなさい。私、本当に最低なことしたよね。凪くんは風邪ひかなかった? ケガとかしなかった? ごめんなさい……」

 さっきまで、謝るのが億劫だとすら思っていた。でも、彼は私を心配してわざわざ家にまで来てくれたんだ。しかも、問いつめるようなこともせずに、顔だけを見て帰って行くなんて。

「うん、それは平気だけど」

「よかった。あの、映画のチケット、よかったら他の人と使って。私はやっぱりいいから。だから、えっと」

 さすがにこの人と、忘れていることを悟らせずに映画を見るのなんて無理だ。それに、彼だって本当は私のことなんて嫌いになってしまったかもしれない。

「そんなの困るよ」

「そうだよね、困……って、え?」

「僕、目黒さんと一緒に映画見るの楽しみにしてたんだよ。だから、明日にでも……」

「えっ、いや、あの……」

「嫌なの?」

「えぇぇっ……」

 どうしよう。なんでこんなことになってるの?

 この人を忘れていることもそうだけど、私には大智くんという彼氏もいる。ここは毅然とした態度で断らないと。

「ごめんね、凪くん。気持ちはうれしいけど、私……」

「隠し通す自信がないから? 目黒さんが僕を忘れてるって」

「んえっ!?」

 素っ頓狂な声が出て、「な、何言ってるのかなー、凪くんは」と必死に笑ってごまかした。

 何でバレてるの!? 大智くんが話した!?

「目黒さんは僕を『凪くん』なんて呼んだこと、一度もないよ。それにあの時も、僕を『誰?』って言ってたよね」

「う、うそ……」

 思いがけない事実に、私は目眩がした。

 あんなに日記で『凪くん』『凪くん』と呼んでいて、まさか実際には呼んでいなかったなんて。自分のことながら引いてしまう。

 目の前の『凪くん』は、険しい表情だった。日記にはずっと笑顔でいてやさしい、としか書かれていなかったので、額に汗がにじんでくる。

 もしかして、相当怒っているのでは?

「前に渡会も忘れたって言ってたよね? それで僕も忘れるって、ちょっとやばいと思うよ」

「そ、そうだよね。ごめ――」

「病院には行った?」

「行ってない、けど」

「じゃ、今から行こう」

「は? 今から!?」

「うん、何かあって取り返しのつかないことになったら大変だから。目黒さんには楓みたいになってほしくないんだ」

 彼は私の手をつかんだ。これは怒っているんじゃなくて心配しているんだ……と思っているうちに、手をひかれて本当に病院に連れて行かれそうだ。

「ちょ、ちょっと待って! 本当に大丈夫だから」

「何もなかったらいくら僕を責めてもいいから。とにかく行こう」

 凪くんは頼まれたら断れない性格だ、と日記に書いてあったけど、過去の私は一体この人の何を見ていたんだろう。

「聞いて。あの、原因はわかってるの。実は――」


「……神社の呪い?」

 そんなわけで、私はこの人に洗いざらい喋ることになった。神社に願って好きな人の記憶が上書きされることや、過去に彼を好きだったことまで。

 リビングで上品に座っている彼はこの家では浮いている。

「そんなことが本当に……? でも、言ってることに一貫性はあるのかな……」

「うん……ごめんね色々と心配かけて……」

「何かあったわけじゃないならよかったよ。いや、よかったのかな? 色々言わせたくないこと言わせちゃったみたいでごめんね」

「大丈夫。今の私はあなたのこと好きじゃないから」

「あー、うん、そうだよね」

 彼の表情が複雑そうに見えて私は驚く。

「あなたは、私のことが好きではなかったんだよね?」

 日記を読む限り、この人が私を異性として意識しているようには思えなかった。

「まぁ、うん。でも、今ちょっと自分が間違ってたんじゃないかって反省してたところだよ」

「反省? どうして?」

「僕、何度か告白されることもあったりして、でも、付き合ってみても妹を優先するな、自分を見ろってふられてたんだ」

「そう、だったんだ……」

「だから、目黒さんもそういう子たちと変わらないのかなって思ってた。でも、目黒さんは、僕の記憶がなくなりそうになった時、『自分にできることはないか』って聞いてきたんだよね。もし普通だったら、最後に告白しようとか、思い出作ろうとか、そう言うこと考えるんじゃないかって。なのに目黒さんは、自分も不安だろうに僕のことを考えてくれたんだなって」

「でも、結局あなたを傷つけることになっちゃったし……」

「傷つける? 何が?」

 凪くんはきょとんとしている。あの突き飛ばされたことは、なんとも思っていないらしい。

「あなたって本当にいい人だよね。過去の私が好きになったのもわかるよ。もしよかったら、これからも仲良くしてね。楓ちゃん? のお見舞いも行きたいから」

 と言いながら、多分この人と仲良くすることはないだろうな、と思っていた。こんな綺麗で性格の良い人が私と仲良くなれるイメージがわかない。でも、楓ちゃんのお見舞いすら行ければいいと思っていた。

「目黒さん、ごめんなさい」

 彼はなぜか深くうなだれていた。

「え、楓ちゃんのこと? そんなに謝らなくてもいいよ。っていうか、楓ちゃんのこともほとんど覚えてなくて、本当に申し訳な――」

「違うんだ。僕、目黒さんを利用しようとした」

「え? 利用、って?」

「楓はずっと女の子の友達をほしがっていた。目黒さんが力になりたいって言った時、使えるって思ったんだ。正直、僕のこと好きなのかな? とは思っていたけど、それ以上に渡会が好きってわかってたし。だから、楓のお見舞いに行ったりしても、僕に付き合ってほしいって要求したりしないだろうなって。だから――」

 私が突然変なお願いをしたのに、彼がお見舞いに行ってほしいなんて頼んだ訳が理解できた。

「目黒さんは純粋に僕の力になりたいって言ってくれてたのに、あれも、渡会と仲良くなりたくて利用したのかな? なら利用してもいいじゃん、って……」

「えっと……」

 突然の告白に、私は何も言えなかった。

 日記でひたすらいい人と書かれていた。あまりにもイメージと違うその姿に、とまどいを隠せない。

「僕、本当に性格悪いんだ」

「そんなに落ちこまないでよ。覚えてないけど、私も悪かったんだと思う。あなたと大智くんの間でフラフラして、だからあなただけが悪いわけじゃないよ」

 そもそも、大智くんを好きになったのなら黙って彼から距離をとればいいだけだ。それなのに謎の行動力を発揮したせいで、彼を混乱させてしまったんだろう。

「それに、さっき私の記憶のことで本気で心配して病院に連れて行こうとしてくれたでしょ? だから、あなたはやっぱりやさしいと思う」

 凪くんは「ありがとう」とちょっと困ったように笑った。

 あまりにも完璧人間のように日記に書かれていたけど、こうしてみると彼は全然普通の人だった。でも、日記を読んだ時より私は彼に好感を持っていた。

「そうだ。これから困ったことがあったら何でも言ってよ。僕でできることなら力になるからさ」

「ありがとう、凪く……じゃなかった、えっと……」

「いいよ、凪くんで。よろしくね、光莉ちゃん」

 彼は笑った。頬を柔らかくゆるめ、大きな目を細める。

 思ったよりも子どもっぽい笑顔だった。


「はよっす、光莉ー」

「おはよう、大智くん」

 私が家を出ると、傘を持った大智くんが軽く手をあげた。

 ジメジメした空気が体にまとわりつく。空を見上げると、どんよりした曇り空から雨が降り注いでいた。

「今日も雨だね」

「だなー。あー、雨ってテンション下がるよな」

 私も傘を広げ、大智くんの隣に並ぶ。

 大智くんと付き合いはじめて三日が経った。彼は毎朝私を迎えに来てくれて、一緒に学校に通っている。

 お母さんもそんな私達を見て大喜びだった。

『あの時大智くんを忘れたとか言うから変だと思ったのよー! 付き合ってるなら素直に言えばいいのにー!』

 大はしゃぎのお母さんに、大智くんはさわやかな笑顔で挨拶していた。

「お久しぶりです。ご挨拶が遅くなってしまってすみません」

 それはどこから見ても好青年なスポーツ少年といった感じで、いつもの彼より大人びて見えた。

 そして、やっぱりお母さんとは元から知り合いだったのだとどこか胸がざわついた。

 二人で並んで歩きながら、大智くんが言う。

「そういや、うちの親が旅行に行ったから、光莉におみやげがあるって。今日持ってきたから渡すわ」

「あっ、そうなんだ……ありがとう」

 私は傘の柄を持つ手に自然と力がこもる。

 大智くんの両親と私だって、もちろん親交はあったのだろう。だけど、私はおぼえていない。もし昔話になったら、私は何も答えられないだろう。

 この辺りの話については、大智くんは今は様子見しようと言ってくれている。

 私が大智くんを忘れている話をしたら心配されるだろうし、神社の呪いなんて言っても信じてもらえないだろう。それなら私が頑張って覚えているふりをすると言ったら、あんまり光莉に無理はさせたくないと言ってくれた。

 彼は私に気を使ってか、あまり家族の話はしない。

 でも、なんとなく彼の口ぶりから、彼が家族を大切に思っていることは想像できる。そして、本当は家族に私を紹介したがっていることも。

「光莉は家族で旅行とか行くのか?」

「あ、えっと、私は――」

 こうやって、彼はさりげなく話題を変える。こんな時にやっぱり思ってしまうのだ。

 もし、大智くんとの記憶が思い出せたらな、って――。

 私の鞄につけた水色のイルカのキーホルダーが静かにゆれた。

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