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この恋は上書き保存できない  作者: 永井一花
第三章 この恋を忘れても
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第十三話

 楓ちゃんと別れて、病院の前のバス停にて。

 もう少し楓ちゃんといると言った凪くんを残して、私達は帰ることになった。

「つーか俺この後見たい番組あんだよな。ギリ間に合いそうだわ。ずっと好きだった歌手が音楽番組に――」

 バスの時刻表を確認した大智くんが言っていたけど、それよりも私は必死でスマホに文字を打ち込んでいた。


 ――倉田楓ちゃん

 凪くんの妹

 これを見た私へ 楓ちゃんは大切なお友達

 必ず定期的にお見舞いに行くこと! 絶対忘れないで!


 これで本当に大丈夫なんだろうか?

 これを見た私がいぶかしく思って消してしまうことだけは避けたい。

 もし凪くんを忘れたとしても、楓ちゃんだけは――。

「なぁ、聞いてんの?」

「ひゃっ!」

 大智くんがいつの間にか隣にいて、私は飛び上がりそうになった。反射的にスマホを後ろに隠す。

「そんな隠したりしなくても覗いたりしねぇよ。どうせ倉田にラインでもしてるんだろ」

 本当は違うけど、「うん」と答えておく。

「なぁ、光莉。今度の土日、俺とデートしようぜ」

「えっ……なに急に」

 大智くんと目が合わせられなくて、思わず下を向いた。

「倉田とだけなんてずりぃじゃん。そういえば、覚えてるか? 俺、前にも誘ってんだよ。でも光莉は俺の記憶なくしてるのに気づいてなかったから、不審者扱いだったけどな。今だから言うけど、あの時結構傷ついてたんだぞ」

 大智くんはおかしそうに笑っていた。

 ……もちろん覚えている。

 大智くんが怖かった気持ちはあった。でも、それ以上にドキドキして、うれしかったんだ。

「行かない。私、凪くんが好きだから」

 大智くんには『そんなに好きって感じがしない』と核心を突かれたばかりだ。

 別に好きじゃないくせに、と言われたらどうしようとビクビクしていると、

「それなら友達としてでいいよ。俺ら幼なじみなんだからさ。たまに遊んだりするくらい、いいだろ」

 大智くんの言葉が終わると同時に、バスが停留所に停車した。

「お、きた」と、大智くんがバスに乗りこんでいく。でも、私は動けなかった。

 だめだ。これ以上彼を好きになってしまったら、凪くんを忘れてしまう。楓ちゃんのことも忘れてしまう。

「光莉、どした? 乗らねぇの? バス代ないなら貸すけど……って、おい!」

 定期券をかざした大智くんが、こちらを不思議そうに見た。その視線に自分でも驚くほど鼓動がはね上がり、私は駆けだしていた。

 今になって、行きのバスで真剣に想いを伝えてくれた大智くんの表情がうかんでくる。ダメだ、私。これ以上彼といたら――。

 私の隣をバスが通過していく。ほっとして足を止めた。

 よかった。これで大智くんは離れて――。

「光莉、どうしたんだよ?」

 手首をつかまれ、私はふり向いた。焦った表情の大智くんが私を見ている。

「なんで……バスに乗ったんじゃないの? 何か予定あったんじゃ……」

「おまえなぁ。こんな状態のおまえのこと、置いていけるわけないだろ。なんでそんな泣きそうな顔してんの?」

 そんな顔、してるつもりなかったのに。

「遠足のあとあたりから変だよな? なんかあったんだろ?」

「別に、何も……」

「そう見えないから言ってんだけど。なぁ、俺ってそんなに信頼ないわけ?」

 大智くんが鋭い視線で問いつめてくる。本当は全部話したかった。一人で抱えこむなんて無理で、でも――。

(言えるわけない、大智くんには……)

 頭の中がぐるぐるして、泣きそうになってくる。

「ごめん。光莉を困らせるつもりはなかったんだ」

 大智くんは私から手をはなし、小さく息をついた。

「やっぱ、光莉には倉田の方が合ってんのかもな。あいつ、楓ちゃんのことで色々あったから俺らよりも大人だし、光莉だって倉田になら相談できんのかな。俺、光莉が悩んでても何もできないなんて……」

 大智くんがそんな弱音を吐くなんて珍しい。というより、初めてな気がした。

 でも、そんなことより。

「倉田って?」

「は……? 本気で言ってんのか? おまえが好きなやつだろ」

「何言ってるの? 私が好きなのは大智くんで――」

 どうしよう。勢いで告白してしまった。

 パニックになりながら、恐る恐る大智くんを見る。すると彼は、

「えっ? 本気でどうした?」

 彼は怪訝そうに眉をひそめていた。

 頭から冷水をかけられたように全身が冷えていく。

「おーい、光莉?」

「な、なんでもないっ! 今の忘れて!」

 私、勘違いしてたんだ。大智くんが好きって言っていたのは幼なじみとしてだけだったんだ。

 だって、そんな知らない人のことを私が好きだと思っているなんて、普通にありえない。大智くんはそうやって予防線を張って告白されないようにしていたのかもしれない。

 その後も大智くんが何か話しかけていたけど、泣かないようにするのに精一杯だった。

 彼は予定があると言っていたのに、私のことを家まで送ってくれた。私が心配だと言っていたが、そんな思わせぶりな態度が余計に傷つけるってことに気がついてほしい。

「あーっ、もう……最悪」

 そうしてやっとたどり着いた家のベッドで、私は枕に顔を押しつけた。涙がどんどんしみてくる。

 大体、デートに誘ってきたのはなんだったの? あれで告白したら断るなんてありえないでしょ。うん? そもそもなんでそんな話になったんだっけ。そういえば今日はなんであんな場所にいたんだっけ?

 フラれたショックで忘れたんだろうか。それにしてはなんだか変だ。

 ブルブルとポケットに入れたままのスマホが震える。大智くんかと思って通知欄を見ると、その名前に心臓が止まりそうになった。

 ――倉田凪

 こんな人、知らない。いや、知ってる。さっき大智くんが言っていた『倉田』くんだ。

『今日は本当にありがとう。楓もすごく喜んでいたよ。目黒さんみたいなやさしいお姉さんがほしかったって、僕の立場なくない?』

「あっ……」

 全身を悪寒が駈けぬけていく。なんで? なんで忘れていたの?

 呆然としていると、また彼からメッセージが来た。

『目黒さんには感謝してもしきれないよ。お礼って言うほどじゃないんだけど、目黒さんって映画とか好き? チケットがあるんだけど、よかったらもらってくれないかな』

 文字を打ち込もうとしたが、手が震えてうまくいかない。諦めて私は通話ボタンをタップした。

 お願い、出て……!

 祈るように願っていると、すぐに遠慮がちな『もしもし?』という声が聞こえた。

「あ、く、倉田くん……」

 その優しい声に、胸がつまりそうになった。

『目黒さんが電話かけてくるなんて珍しいね。どうかした?』

「うん、あの、あのね……映画のこと、なんだけど……」

「あぁ。そうだ、二枚あるんだよ。だから、よかったらこれでわた――」

「明日、見に行かない!? 私と!」

 ぎゅっとスマホを握り、泣き出しそうになるのをどうにかこらえた。

「明日?」

 困惑したような凪くんの声が聞こえる。当然だ。迷惑に決まっている。

 でも、そんなことに構っていられない。もし週末に約束したとしても、私はそれまでに彼を覚えていられる自信なんてなかった。

 これで断られたら、きっと凪くんと映画なんて行けないだろう。しばらく沈黙が続き、

「いいよ、明日ね」

「いいのっ……?」

 本当に泣きそうになって、そっと鼻をすする。

「でも、僕とでいいの?」

「うん、倉田くんと、行きたい」

「わかった。それじゃ、明日ね」

 凪くんはまた、『今日はありがとう』と言ってから通話を切った。

「絶対、忘れない。明日までは、絶対」

 私は自分に言い聞かせる。

 またスマホが震え、びくりとした。でも、相手は凪くんではなく、美宙だった。

『光莉、今日、凪くんとどうだった?』

 美宙はあれからもずっと私のことを心配してくれている。

『いい感じだった! 明日も映画見る約束したんだ』

 すぐに『頑張ってね!』と返ってくる。私はスタンプを送り、それから机に向かった。

 これがどれだけ効果があるのかはわからない。でも、やるしかない。

 そして、日記帳を取り出し、文章をつづっていった。

 どうか、凪くんを忘れないようにと祈りながら。


「うん、大丈夫」

 翌朝。凪くんを覚えていることに安堵しながら、私は家のドアを開けた。

「よぉ」

 玄関の門にもたれていた大智くんが、軽く手をあげる。

「な、なんで?」

「光莉、昨日変だったから気になったんだよ。つーか、顔色悪くね? やっぱ何かあったのか?」

「実は今日、倉田くんと映画に行くことになって。緊張して眠れなかったんだ」

 本当は徹夜で日記を書いていたからなんだけど、そんなこと言えるわけがない。

「へぇ、昨日は俺が好きって言ってたのに?」

「だ、だからあれはどうかしてて――!」

 本当に、どうかしていた。凪くんを好きだからデートには行けないと断っておきながら、すぐに大智くんが好きだと言ってしまった。大智くんの反応も当然だ。

「あのさ、俺の勘違いだったらいくら笑ってもいいんだけど」

 彼はそんな風に前置きをして、

「光莉って、俺のことちょっとは気になってたりする?」

「なんっ……は、はぁっ!?」

 心臓が口から飛び出しそうになった。

「待っ、何それ、きもい! 自意識過剰だって!」

 自分でも言いすぎかと思ったが、止められない。でも、彼は気を悪くするどころか、にやにやした笑顔をしていた。

「あー、そう。そういう感じね。俺と倉田の間で迷ってんだろ?」

 大智くんはもう確信してしまったようだった。どうしよう。どうしてこんなに鋭いの?

「わかった。今日は邪魔しねぇから。せいぜい楽しめば、最後のデート」

「さ、最後じゃ……」

 無理だ。ただでさえ昨日は二時間くらい凪くんを思い出せなかったのに、大智くんにこんなに迫られたら――。

「た、大智くんなんて好きじゃないから!」

「光莉ー。逃げんなって」

 私は駆け出した。大智くんの声は笑いを含んでいて、本気で追いかけるつもりはないらしい。

(やめてよ……本当に、どうしてこんなことになるの)

 大智くんは『迷ってる』と言ったけど、もうだいぶ大智くんの方に傾いてしまっている。私は彼のことを頭から追い出し、何度も何度も凪くんのことを考え続けた。


(な、長かった……やっと放課後だ……)

 放課後になると、もう机に突っ伏してしまいたくなるほど私は疲れきっていた。

 休み時間のたびに大智くんは話しかけてきた。それはいつも通りなのだが、

「なぁ、今度のデートどこ行く? 俺、考えてきたんだけどさ」

 と、やたら恋人のデートスポットを推してきたり、

「何見てんの? え、何このイケメン。光莉ってこういうのが好きなんだ? ……やっぱ光莉もイケメンじゃないとダメ?」

 と、ちょっとすねたような顔をしてみたり、

「うまそー、一口もらうな。あ、これ間接キスだな?」

 と、私のお弁当を勝手に私の箸を使って食べたり。

 余裕たっぷりな感じで私を何度もからかってきた。

 でも、どうにか私は凪くんを忘れずに今日を乗り切ったのだ。

 ドキドキしたのもあるけど、余裕な大智くんの態度にちょっとムカついたのが助かったのかもしれない。

 とにかく、これから凪くんとデートだ。さすがにもう今日は彼を忘れることはないだろう。

 そう思っていたのに、

「目黒さん、どうする? 今日はやめよっか?」

 凪くんは眉をさげ、そんな提案をしてきた。

「え? なんで?」

「今日、雨すごいよ」

 言われて、窓を見る。土砂降りの雨が窓を叩いていた。

「ううん、行きたい」

 凪くん、ごめん、と思いながらそう言った。

「わかった。映画館は駅前だからそんなに濡れないだろうし、大丈夫かな」

 ほほえむ彼に、私はもう一度心の中で謝った。

 凪くんは基本的に頼まれて断ることをしない。だから、彼は断らないだろうとなんとなく思っていた。

「そういえば、今日は渡会は来ないの?」

 隣の席にいる大智くんに凪くんがちらりと視線をやる。さっきまであんなに話しかけてきていたのに、凪くんが来てからはひと言も発していない。

 私が不思議に思っていると、

「渡会ー。帰ろー」

 なぜか桧山さんがこちらにやってきた。

「ああ。約束してたもんな」

「てか雨すごくなーい? あたし、傘持ってないんだけど。渡会、いれてよ」

「いいけど」

「やったー!」

 うれしそうに笑顔になると、彼女は大智くんの手を握った。

「早く帰ろっ」

「そんな慌てんなって」

 大智くんはそう言いながらもまんざらではなさそうだった。

 いつの間に約束していたんだろう。

(なんなの、私の気も知らないで……!)

 一日中振り回されていたのがバカみたいだ。

「倉田くん、行こう」

「その前に職員室に寄っていいかな? 僕も傘、忘れちゃったんだよね」

「いいよ、私の傘に一緒に入ろう。職員室の傘、少ないって言ってたから……もうないと思うよ」

「そうなんだ。ありがとう」

「えっ……!」

 隣から何やら焦った声が聞こえたが、私は無視する。大智くんは、私がチョロいから思い通りになると思っているんだろう。

(ほんと、ムカつく。大智くんなんて嫌いだ)

 早く桧山さんと付き合っちゃえばいいんだ。というか、私に好きって言いながら、明らかに好意がある桧山さんと帰る約束をしているあたり、本当は私なんてそんなに好きじゃないのかもしれない。

「行こうか、目黒さん」

 思わず、誰? と口を衝いて出そうになった。

「……うん」

 でも、すぐに凪くんのことを思い出し、あわててうなずいた。

(大丈夫。大智くんなんて好きじゃない。凪くんが、好き。凪くんが……)

 何度反すうしたかわからない。けれど、途切れさせてしまったら本当に凪くんの記憶が全部こぼれ落ちてしまいそうだった。


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