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この恋は上書き保存できない  作者: 永井一花
第二章 思い出の片割れ
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第九話

 帰りのバスの席は自由だった。みんな仲の良い友人同士で座っているようだ。

 私がきょろきょろしていると、

「ここ座れよ」

 と、後ろから大智くんの声がした。

「光莉とあんまり話せなかったからさ。せめて最後くらいいいだろ」

 明るいからっとした声で、さっき見た大智くんは夢だったんじゃないかって思うくらいにいつも通りだった。

 車内は「楽しかったねー」「時間経つの早すぎない?」と、少しさみしそうな声であふれている。

 先生が点呼をとると、バスは学校に向かって発車した。

 しゃべり声はどんどんと小さくなっていき、どこからか小さな寝息が聞こえてきた。

 謝るなら今しかない。

「あの、ごめんね。私、大智くんが美宙を好きだって勘違いして……それで、キーホルダー渡したら仲良くなれるかなって思ったんだ……」

 彼はきょとんと私を見る。

「あー、あのキーホルダーってそういう意味かよ!? なんでそうなるわけ? 俺、光莉が迷惑だって遠回しに拒否ってんだと思ったんだけど」

 呆れたように大智くんは笑っている。

「そ、そうだよね、ごめん」

「だいたい俺、いつも光莉が好きだって言ってんだろ」

 はぁぁ、と彼はため息をつく。

「ごめん。だって……美宙ならあり得るかなって」

「どういう意味?」

 大智くんの目が細められる。

 私は美宙に聞こえないように声を落とし、

「美宙は私にないものを全部持ってて、大好きな親友なの。でも、近くにいる私はずっと美宙と比べられてきた。あの子は可愛いのに友達は普通だね、って。ナンパされるのも美宙だけだし、あ、別にナンパされたいとかじゃないんだけど……でも、いつも美宙が選ばれる。だから、大智くんが美宙を選んでもそうなんだなって」

 他の子だったら納得できなかった。でも、美宙なら納得できてしまう。

「もし倉田くんが美宙を好きだったら、私、すぐに諦めてたかもしれない」

「よくわかんねぇけど、それで仲良くしてるのつらくねぇの?」

「ううん、私、美宙が好きだから」

「……そっか。そんなにいい奴なら、話したことがないとはいえ『誰?』って言った俺は大ばか野郎だな」

「ほんとだよ」

 まじでやらかしたわ、と彼は苦い表情になっている。

 もう彼はキーホルダーのことなど何もなかったかのようにふるまっていた。でも、あんなにつらそうだった彼の姿は嘘じゃない。

「ごめん」

「なんで光莉が謝るんだよ」

「あのキーホルダー、記憶失う前の私と持ってたんだよね」

「え、なんでそれ……」

「美宙から聞いたんだ」

「そう……か」

 大智くんの声色が重くなる。

「大智くんの、大事な思い出を傷つけて……ごめんなさい」

 隣に座る彼の身体がこわばった。

 しかし、彼は覚悟したような表情でこちらを見る。

「俺さ、前にも光莉とここ来ててさ、すげー楽しかったんだ」

 ずきりと胸に痛みが走る。やっぱりそうだったんだ……。

「じゃあ、今日なんて最悪だったでしょ」

 どうにか笑顔を貼りつけて私は言った。

 美宙と仲良くなるために彼女の提案を受け入れて、なんとか仲良くなろうと頑張っている時に私に思い出を穢されたんだ。

「まぁな。ずっと倉田と楽しそうにしてるから、ちょっと辛かったわ。二人で写真とったりしてなー。なんだよ、あれ」

 大智くんは話しながら思い出したのか、「俺なんて四人で写真撮れただけでうれしかったのにさー。なんか自分がバカみたいに思えてきて……あー、やっぱ腹立つ!」

「えーっと……?」

 でも、大智くんは過去の私とのデートと比較しているわけではないらしい。「俺今も、前に光莉と水族館行った時と負けないくらい楽しいよ」

 と言った。

「俺、記憶失う前の光莉も、今の光莉も、どっちも好きだ。過去と比べてどうとかじゃない。だから光莉もそんなこと言わないでほしい」

 私は鞄からお土産の袋を取り出す。一応買ったけど、本当は渡さないだろうと思っていたもの。

「それ……」

「よかったらこれ、大智くんにもらってほしいの。あの、これは私が可愛いなと思ったからで、その、深い意味はないんだけど……」

 大智くんが目をまるくした。

 やっぱり別のものの方がよかったんじゃ。それとも、純粋に迷惑なんだろうか。

 キーホルダーを持つ手が汗ばむ。

「じゃあ、これもらうわ」

 大智くんはピンクのほうのイルカのキーホルダーを選び、鞄につけた。

「光莉もつけろよ」

「や、やだよ! カップルみたいじゃん!」

「渡してきたの光莉だろー。大丈夫。ちゃんと気持ち伝わってるから」

「友達の証! 気持ち全然伝わってない!」

 ふいに、彼はポケットからスマホを撮りだし、こちらに身を寄せた。

「え、なに!?」

「そうだ。せっかくだしこれ持って写真とろうぜ。ほら、笑えよ」

「え? え!?」

 私がパニックになっていると、突然シャッター音が鳴った。大智くんは写真を確認し、げらげら笑っている。

「おまえ、すっげー変な顔してる」

「だって、突然とるから!」

 大智くんのスマホをのぞきこむと、私は引きつった笑顔をうかべているのに、大智くんは抜群の写真写りだった。

「これおまえに送っとくからロック画面にしろよ。俺もするから」

「するわけないでしょ! っていうか絶対やめてよ!」

 大智くんから写真が送られてくる。私は一応保存しながら彼を見ると、彼は本当にロック画面にしていた。

「ちょっと! ほんとにやめて!」

「やめてほしいならキーホルダーつけろ」

「どういう脅迫なの!?」

 私は渋々鍵にキーホルダーをつけようとすると、

「えー、鞄につけろよ。みんなに見せびらかそうぜ」

 言いながら大智くんは自分の鞄にピンクのイルカをつけている。

「恥ずかしくないの? 大智くんのキャラじゃないよ?」

「光莉がくれたの、恥ずかしいわけねぇだろ。あ、そうだ」

 彼は鞄の中から鍵を取り出す。そこには、水色のイルカのキーホルダーがついていた。

 彼はそれを取り外し、鞄につけた。

「二個も光莉とおそろいなんてすげーな。俺ら仲良すぎじゃね?」

 大智くんはうれしそうだったけど、私は前におそろいだったらしいキーホルダーは持っていない。

「でも私――」

 彼はふっと表情をゆるめると、私の頭の上に手を置いた。

「そんな顔すんなって。俺、うれしいんだ」

「え?」

「光莉と連絡取れなくなってから、本当は嫌われたんじゃないかって不安だったんだ。だから、俺がこれつけてんの光莉は嫌かなーって考えたりして。でも、今なら堂々とつけられるんだぜ」

 彼はニカッと歯を見せて笑う。その笑顔に私はなんだか照れてしまうそうになって、目をそらした。

「ね、ロック画面別のにした?」

「疲れたから俺寝るわ」

「ねぇ!?」

 大智くんは私を無視し、こちらの肩に頭をのせてきた。

「重いんだけど」

 彼は目を閉じ、寝る体勢に入っている。

 こうなってはもう大智くんは話を聞いてくれないだろう。せめてもっと写真写りがいいのにしてほしかったのに……。

 私は写真フォルダを開き、もう一度確認する。

 目は半開きで口もとは引きつっている。隣の大智くんは、明るい笑顔で楽しそうに笑っていた。

 そういえば、美宙達ととったのもあったっけ。確認しようと前の写真に戻る。

「え……?」

 そこには、クラゲの水槽の前で私が知らない男子と二人で写っている写真があった。

(何、これ、誰……?)

 記憶をさかのぼる。そうだ。確か美宙と大智くんが二人で園内を見ていた時、私も残りの男子と一緒に見たんだ。

 その時に写真を頼まれた記憶がうっすらとある。けれど、誰だったのか全く思い出せない。

 手に汗がにじみ、スマホがすべり落ちそうになる。全く力の入らない手で握りなおすと、メッセージを受信する通知が来た。美宙からのラインだ。


『光莉の記憶のことで話があるの。この後話せないかな?』


 大智くんののんきな寝息が、どこか遠くに聞こえた。

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