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戦場か、国境か

今まで出てこなかった国の名前や国際情勢が一気に出てきます。

その辺りは流し読みしても大丈夫ですので、気にせずお楽しみください。

 俺とエラは、ミゼルディア公国を出ることにした。

 勇者を辞めたと言っても、荷車で走り回って顔を知られている。平穏な生活はしにくいと考えたのだ。

 とりあえず、東側の隣国・グラファン自治連邦にある港町を目指すことに決めた。

 よそ者にも比較的寛容な土地柄で、港町なら運搬の仕事がありそうだ。


 そういえば、国王が言っていた「勇者を辞める方法」について、老神官に確認した。そんなものは、特にないそうだ。

 神が定めたものを人間に変えることはできない……言われてみれば当然か。

 色々といい加減な王様だなぁ。まあ、もう関係ないけど。



 出発当日は、俺が王宮の使用人棟を出て、エラのいる神殿の宿舎に迎えにいく約束をしている。

 荷車は退職金代わりに下賜されることになった。


 その前に、クライドや世話になった兵士たちに挨拶をしておきたかったが、彼らはすでに戦場へと向かった後だった。

 門の検問や兵站管理の任に就いている数人の兵士がいたので、彼らに「どうかよろしく伝えてほしい」と託し、静かに別れを告げた。




 玉座の間に呼び出されたのは、まさに出立しようとしている日の朝のことだった。


「勇者・優司。そなたの運搬能力、極めて優秀と見受けられる」

 王の声は、妙に満足げだった。

「故に、戦場の補給部隊に加わってもらう」


 ……そう来たか。

 俺が運搬で信頼を得てきたことは、自分でも自覚していた。

 魔道具の荷車は、実は、見た目の何倍も積載できる。

 更に、荷車を作ってくれた魔道具師に、冷蔵箱と保温箱を付けてもらったので、食料品もいい状態で運べるのだ。


 けど、それを戦争に使うって話になると、話は別だ。


「役立たずのお前が、ようやく国の役に立つ。喜べ」

 王の口から放たれた言葉に、優司は黙ったまま、しばらく何も言わなかった。


 深く息を吸い、吐く。

 背筋を伸ばして顔を上げると、瞳の奥には燃えるような怒りが灯っていた。


「……あんたに、敬語を使う気はねぇよ」

 不敬だとざわめきが起きる。近衛兵の一人が柄に手をかけたが、優司は意にも介さず、言葉を続けた。


「尊敬できない相手に、口先だけ取り繕って何になる。

 俺が今まで従ってきたのは、あんたが王だからじゃない。生き延びるために、様子をうかがっていただけだ」

 王は、わずかに表情を崩した。

 だが、優司は止まらない。


「俺は元々はトラックのドライバーだ。

 安全に気をつけて荷を積み、ひとりで夜道を走り、無事に届ける。

 それが俺の日常で、誇りだった」

 一歩、前に出る。兵たちの空気が張り詰める。


「それをあんたらは、一言の相談もなしに、俺を勝手に呼び出した。

 人生をぶち壊した相手に、『国のために尽くせ』なんて言われて、はいそうですかって言うわけがないだろ」

 その声は、怒鳴りではなく、絞り出すような低さだった。


 王の目をまっすぐに射抜き、こう締めくくる。

「俺は、自分の生き方を、軽んじられたくない。

 あんたが王っていうなら──まずは、『すまなかった』の一言くらい言ってから話を始めろよ」


 沈黙。

 玉座の間に、唾を飲む音すら聞こえそうな静寂が落ちた。


「黙れ! お前みたいな奴がわしのために働けるんだ、名誉なことだろう? わしのために召喚したんだ、文句言う暇があるなら働け!」

 優司は眉をひそめ、言葉を選びながら尋ねた。


「戦場って……どこだよ?」

「北方辺境だ。小規模な衝突だが、補給路の確保が難航していてな」

「じゃあ、その戦の『大義』は?」


 王の口元が、わずかに歪んだ。

「……国境の維持と、領民の安全だ」

「どちらが仕掛けた戦だ?」

 沈黙。


 わずかに、玉座のひじかけを指で叩く音だけが響いた。

 答えはない。

 あるいは、答えられないのだろう。


 優司は冷たく宣言した。

「俺は、『運ぶもの』を自分の意思で選ぶ。

 それが人であれ、物であれ――納得できないものを運ぶ気は、ない」


「これは命令だぞ!?」

 王の怒号が響く。  けれど、それでも俺は首を横に振った。


「隣国の民が、あんたの命令に従うか? ――従わないだろう。

 俺も同じだよ。元々この国の人間じゃない。あんたの下につく義理も、従う義務もない。」

 静かに、しかし明確に言い切ったその言葉に、玉座の間が一瞬、凍りついたようだった。


「わしがこの国の王だ! お前ごときが……役立たずがどれだけ足を引っ張ろうが、俺がやるべきことは変わらん!」

「じゃあ、俺に構わず、やってみせろよ」

 優司は一礼もせずに、王に背を向けた。


 近衛兵が剣を抜こうとする。とっさに近衛兵の腰帯を、鞘ごとぐっと押さえつけた。

 刃が少しも抜けず、兵は目を見開く。

 __これ、兵士との訓練では五回に一回くらい、やっと成功するようになった護身術だぜ。

 近衛兵は見かけ倒しと聞いてはいたが……。

 近衛兵の胸元を掌でどついて、俺は出口に向かう。


 王はもう何も言わず、ただ、遠ざかる足音を、黙って聞いていた。



 宰相が俺を追いかけてきた。

「ユージ殿、戦の大義を疑われるのは心外ですぞ」


 別室へ通されそうになったが首を振り、廊下での立ち話で済ませることにした。


「ラヴェリスは、もともと我が国の文化圏にあった属国です。あの繁栄の裏には、我らが教えた芸術や建築の技術がある。それを奪い返すのは当然の――」

「西のラヴェリスは、他国にも独立を認められている。もはや属国ではないだろう。

 ……別れた元カノに彼氏面してるみたいだって、笑いモンだぜ」

 宰相がむっとした顔になるのを無視して、優司は続けた。


 そう、この国は北の国境以外にも、もめ事を抱えているんだ。

 しかも、北側は辺境なんかじゃない。大きな帝国だ。

 つまり、さきほどの王様の話はでたらめばかり……この世界の情報に疎いままだと思っているらしい。


「東のグラファン自治連邦の魔石の鉱脈だって、このミゼルディア公国とはなんの関係もないだろう。

 たまたま、この国の鉱脈が枯れた時期と、あっちで鉱脈が発見された時期が近かっただけじゃねぇか。

 魔石の性質だって違うんだろう? 完全な言いがかりだ」

「それは我が国の発展と民の生活のため……」

「だったらまず、きちんと頭を下げて『わけてくれ』って言えばいいだろう。

 『元は俺の物だ』って言い張るのは、ただの居直りじゃないか」

 宰相は歯ぎしりして口を結ぶが、優司は止まらない。


「北のユーヴァ帝国の姫の件も……自分たちが悪くて縁談が壊れたのに、『侮辱された』って戦争の口実にするなんて。

 謝るべきときに謝らず、『名誉を回復するための戦』なんて……みっともない。

 自分の失敗を誤魔化そうとして、恥の上塗りだ」

 優司は挑むように宰相の目を射貫いた。


「ただの何も知らない使いっ走りだと、侮っていたんだろ?

 国中を走り回る中で、いろんな人の声を聞いた。

 そのうえで――あんたたちが信用できないと判断したんだ」


 宰相は、もう何も言えなかった。

 予想外の反撃。俺を侮った自分の浅慮を、今さらながら悔やむといい。



 宰相のもとを離れて角を曲がると、次なる「交渉相手」が道を塞いでいた。


「お願いだ、勇者殿……前線の兵士たちを助けてやってくれ」

 初仕事のときに出会った、砦の補給長。その声には切実さがにじみ出ている。

 俺が使える人間だとリークしたのはコイツだな。


 痩せて煤けた軍服、ひび割れた声。戦場から直接ここまで来たのだろう。

 彼の手には、破れた食糧台帳と、泥に染まった地図が握られていた。


「物資が届かない。道が崩れ、多くの馬を失った。仲間が飢えて倒れていく。

 ユージ殿が運んでくれたなら、あの命がいくつも救えるんだ……」


 優司は黙って地図を見た。

 そこに記された補給線は、限界まで伸びきっている。崩れかけた橋、襲撃の危険が高い峠道。なんて無茶なことをしているんだ。

 これを運びきるには、自分の力が確かに要る。


 だが――。


「……助けたい気持ちはある。やれるなら、今すぐにでも」

 優司は低く言った。


「でも、あんたらの上は、その兵士たちの命をどう思ってる?

 俺を『都合のいい道具』として扱い、戦の正当性も語れず、ただ無策に人を突っ込ませてる。

 そんな連中の命令で、俺が物を運んで、それで一時的に命が助かったとして……それは、ほんとうに『助けた』って言えるのか?」


 補給長は、口を閉ざした。


「『あいつがいるから戦える』って思われたら、上はいつまでも兵士を使い捨てにし続ける。

 それじゃあ、いつまで経っても戦は終わらない」


 苦しかった。喉の奥に石を詰められたようだった。


「だから……今は、俺の名も力も貸せません」


 ふと、土と汗と血のにおいが鼻をかすめた。

 俺は、今、この人たちを見捨てようとしている。

 だが……あんな王や宰相の言うことはきけない。許してくれ!


 補給長は優司の肩に手を置いた。

「あなたの言うとおりだ。すまない。忘れてくれ」

 俺の気持ちを受け止めてくれた。それがわかるからこそ、胸が痛む。


 俺は従わない。それは、もう決めた。

 でも――命を危険にさらすのは、こんな誠実な人たちばかりだ。

 あんな馬鹿げた戦争のために、兵士たちが命を散らすなんて。冗談じゃない。



 建物を出たところで、桜が追いすがってきた。ずいぶんと重そうな装飾品をいくつも着けている。


「ちょっと待ってよ!

 あんたが戦場に行けば、私もヒロインっぽくついて行けるじゃない! 今度はちゃんとチートもらえるかもだし……」


 その目は、いまだに現実を見ていなかった。 俺は、自分の腕にかけられた桜の手を外す。 

「悪いな。俺の人生はもう、お前の『物語』の一部じゃない」


 そう言い残し、振り返らずに歩き出した。



 俺は駆け足で使用人棟へ向かい、荷車に荷物を乗せると、そのまま神殿へと急いだ。

 エラが人質に取られないか不安だったし――

 ああは言ったものの、やっぱり食料は届けたかったのだ。


 神官に案内されて通された部屋には、エラと神盤官ザルヴァン様のほかにも、数人の姿があった。

 神官長、公国神殿連絡室の次長、それから……色々と手を貸してくれた魔道具師。

 ……どういう顔ぶれなんだ、これ。


「ユージさんは、食料を届けたいのでしょう?」

 エラが、やわらかく微笑んだ。


 俺が廊下で話し込んでいるときに、それを聞いていた神殿連絡室長が次長に命じて、神殿に状況を知らせたらしい。


 言葉が出ずに立ち尽くす俺に、彼女は続けた。

「妻ですから。夫のやりたいことくらい、わかります」

 ……もう、大好きだ!!



 まず、こちらの世界で物資を前線に届ける手段がないかを確認する。


 転送陣を使えば一瞬で送れるはずだが、前線の兵士たちにそんな高価な魔道具が支給されているとは考えにくい。


「補給基地から前線へ届けるのが難しいってことだから、前線に直接届けたいんだ」

 優司が口を開く。

「『ドローン』みたいな……無人で空を飛んで、物資を運べる手段があれば話が早いと思うんだが」


 それを聞いて、魔道具師が手を上げた。

「スカイロールの屋台をご存じですか? あれを応用すれば、重量と安定性の問題はクリアできます。片道だけの使い切りなら術式も複雑ではないので、それなりの数を揃えられますよ。

 あとは……誘導手段さえあれば——」


「その件なら、私が」

 神官長が一歩前へ出た。白銀の法衣が静かに揺れる。

導きの聖鳥(セラフィード)を召喚します。前線の気配を辿らせ、魔道具を目的地まで導かせることが可能です。

 セラフィードは悪しき気配を避け、モンスターや敵の目を欺く術にも長けています」

 神官長の声は穏やかだったが、その背後にある決意は、この場の全員に伝わった。


 しばし沈黙の後、優司が口を開く。

「……相談を持ち込んでおいて今さらだけど……神殿は、この国に協力してしまって大丈夫なんですか?」

 神殿は、複数の国にまたがる巨大な中立組織だ。特定の国に肩入れすれば、国際的な立場が揺らぐ可能性もある。


 すると、神盤官ザルヴァンがニヤリと笑った。

「武器は運ばんじゃろう? あくまで人道支援、神殿が動いたことにはならんよ」



 そのとき、扉を控えめにノックする音がした。

 案内の神官の後ろから軍服の男が一礼もなく部屋へ入り、無言で書状を差し出した。

 将軍の手の者であることを示す、黒地に金の紋章が刺繍された袖がちらりと見える。

「将軍より伝令。『立つ』とのこと」

 それだけを告げると、男はすっと後ろに下がった。


 神盤官ザルヴァンが目を閉じて、小さく息を吐いた。

「……将軍がクーデーターを決意したか。ならば、三日分くらいの食料で足りるな」

 部屋にざわめきが走る。神官長は静かにザルヴァンと見つめ合ったのち、頷いた。


「お主はこのまま、こちらに合流でいいのか?」

 ザルヴァンが確認するように尋ねたあと、言葉を続ける。


「——それなら、緊急に食料が必要な場所と人数を、神官長へ伝えてくれ。

 そのあと、食料を速やかにこちらへ運び込むのだ。

 ……そこに入れる書状は、すまんが神殿側で検閲させてもらうぞ。

 神殿が戦争協力をしていると見なされれば、立場がまずくなるゆえな。

 だが——空からだ。

 見たこともない速さで、届くじゃろうよ」

 男は驚いたように目を見開いた。だがすぐに、その目に敬意の色が浮かぶ。


 優司は、そのやりとりを見つめていた。

「勇者に任せておけばいい」と、王が果たすべき責任を放置したその先へ……。

 目の前で、神の力と人の知恵が手を取り、絶望を希望に変えようとしていた。



 優司とエラは、当初の予定通り東の国境を越えて出国することにした。

 その道筋にある前線には、飛行魔道箱ではなく荷車で物資を届けることに決める。


 一通り飛行魔道箱を作り終えた魔道具師は、優司の荷車も空を飛べるように改修してくれた。



 それらの作業を待つ間に、いろいろな話を聞いた。

 今朝、話をしたあの砦の補給長は、実は将軍のご子息だった。

 彼はあの後、将軍を説得し、クーデターを起こす決意をさせたらしい。


 クーデターが成功した後は、急いで近隣諸国との停戦を提案する予定だ。

 だから、それまで保つくらいの食料を配給すればいいということだった。


 そういえば、彼には初対面のとき、ひどく警戒された。

「運ぶものに興味を持つな」と睨まれ、まるで威嚇されているようだった。


 そんな話をすると、軍の男は苦笑まじりに教えてくれた。


 神殿貴族のドランセラ家が滅ぼされた際、将軍派の貴族たちは「縁戚」というだけで次々に左遷されたという。

 高位貴族は軒並み、ドランセラ家と血縁があったのに……だ。

「だから、ご子息も慎重になるさ。あの時代を知っていれば、当然だろう」


 そして、こちらをうかがうように付け加えた。

「まして勇者なんて、どの派閥に属するか分からなかったからな」



 飛行魔道箱に食料を詰め終えたところで、最後の仕上げの前に、皆で軽く腹を満たすことにした。

 エラにとっては、長年仕えてきた神殿との、ささやかな別れの会食でもあった。


「勇者殿が『石頭の忠義者』に重たい腰を上げさせたな。……確かに『鍵』じゃったのう」

「鍵? ……ああ、『神の声』か」

 俺は山の中腹にあった神殿で言われたことを思い出した。


「あのときのエラ、神秘的で……きれいだったな」

 その言葉を言い終える前に、エラの手が背中を叩いた。

 痛くはない。けれどちょっと照れくさい。

「えへへ」

 ……正直、うかれてる。でもまあ、しばらくは大目に見てくれ。



 さて、仕上げだ。

 飛行魔道箱に『勇者の証』という、勇者に与えられた力の一部を分け与える儀式を行う。

 神官長に教わったとおり、国民のために戦う兵士たちのもとへ届くよう祈りながら、箱に刻まれた魔法陣に手をかざす。


 クライドだけでなく、他の兵士たちとも荷車で各地を巡った。

 護身術の訓練にも混ぜてもらった。

 ——国王のためではなく、彼らのために。


 その瞬間、箱がふわりと緑色の光に包まれた。

「……見事です」

 神官長がそう言って頷き、まわりから小さな歓声が上がった。


 それを箱の数だけ繰り返す。

 エラが心配そうに俺を見ているのが、視界の端に映った。




 日が沈むころに、ようやく準備が整った。



 俺とエラは、グラファン自治連邦に近い国境手前の前線拠点へ、食料を届けに向かう。

 本来なら何日もかかる道のりだが、空を飛べば、遅くとも夜中前には着ける見通しだった。


 荷車には改修が施され、荷台の前方に板張りの座席が取りつけられている。

 その横には、車のギアを思わせるコントローラー。

 思わず顔がほころぶ。トラックの運転席を思い出して、テンションが上がるな。

 風の魔石を押すと、荷車全体が空気の幕に包まれ、雨や風、寒さから守られる仕組みになっていた。



「ではザルヴァン様、みなさま、大変お世話になりました」

 エラが涙ぐみながら挨拶をする。

「よいよい。息災でな。月一の連絡を忘れるでないぞ」



「王様と喧嘩別れしたあとで、無茶を言って……すみません。みなさん、本当に感謝しています」

 協力してくれた人たちに不利益が及ばないようにと祈りながら、優司は感謝を込めて頭を下げた。

「わしも含め、みな自分のやりたいことをやったまでじゃ」

 そう言った神官長に、ほかの面々も静かに頷く。



「それから、神殿連絡室の室長にもお世話になったと伝えてください」

 しかめっ面を見ることが多かった次長が、晴れやかな笑顔を見せた。

「室長は国王や宰相をなだめるので、今頃、疲れ果てているでしょうねぇ。でも、数日中にその苦労が報われると信じてます」



 エラを荷台に乗せると、俺たちの荷車はふわりと浮かび上がった。

 神官長が召喚した白い鳥が先導し、夕闇の空を静かに進んでいく。


 その後ろでは、神官長と数人の神官たちが、飛行魔道箱と白い鳥を次々と送り出していた。

 その光景が、眼下に小さく見えた。




 初めての空の旅は、思っていたより静かだった。

 空は暗く、ところどころに灯りがぽつんと見えるだけで、少し退屈でもある。


 ふと、スカイロールの屋台と同じ機能が付いたのだから、何か使い道があるのではと思い立つ。


「じゃあ、スカイロールのライバルになれますね?」

「いや、これで追いかけてって、美味いパンを売ってもらう方がいいよ」

 そんな、のんびりとした新婚旅行のようなひととき楽しんだ。




 ようやく辿り着いた前線の空気は、どこよりも重かった。


 焼けた土。倒れた馬。疲れ切った兵士たちが、月明かりにうっすらと見える。見張り番を残して、何人もの兵士がぐったりと寝入っていた。


「……あれ、ユージか?」

 クライドが手を振って走り寄ってくる。いつも小綺麗にしていた彼も、顔が煤で汚れていた。


「間に合ったか……」優司が荷車から降りようとした瞬間、後ろからバチッと閃光が走った。

 エラには影響がなかったようで、驚いた顔をしているだけだ。


 騎士が一人、吹き飛ばされて転がっている。かすかに呻いているから、命に別状はなさそうだ。


「……荷物の受け渡しじゃなく、略奪しようとしたんだな、こいつ」

 エラを脅かしやがって、と腹が立つ。

 持ち主、つまり俺に対する害意があり、敵と認定されたのだ。同情はしない。



 箱を受け取り、中の手紙を読んだ前線隊長は、「そいつが意識を取り戻す前に縛っとけ」と兵士に命じた。

 この騎士は国王派だから、情報を漏らされないように念のため対処しておくそうだ。


「兵士より騎士道に乗っ取った騎士の方が上だとほざくから引っ張ってきたが、このざまだ。率先して規律を乱すなんて、恥を知れ」

 と、吐き捨てた。


 前線隊長は優司に敬礼をした。

「……ありがとう。正直、あんたが来てくれるとは思ってなかった。

 この荷車一台で、ここにいるやつらの命が繋がる」

 今朝の玉座の間でのやり取りを知っているのか気になったが、深入りはしないと決めて、聞き流す。


「これは『戦争の手助け』じゃない。人道支援だ」

 寝ていた兵士も気配を察したのか、起き出して積み荷を降ろしていく。

 全て下ろしたところで、敬礼を捧げられた。

 疲れ果てた顔が並ぶが、嬉しさが隠しきれない様子に胸が詰まった。


 前線隊長は一歩近づいて、小声で続けた。

「すぐに国境へ向うんだろう。……安全かつ最短距離の方角まで、クライドに案内させる」


「え?」俺とエラは顔を見合わせた。

 クライドはさっさと歩き出し、エラを荷台に載せて、俺はその後を追いかける。



 林を抜け、見える丘の先に川が流れている。向こう岸はもう隣国だ。


「……なあ、クライド」


「ん?」


「お前も、一緒に来ないか」

 言ってしまった。口にするつもりはなかったのに。


 だが、クライドは穏やかに笑った。

「悪いな、俺にはこの国に家族がいる。

 ……お前が届けてくれたものを食べながら、将軍の吉報を待つよ。その間、隣国から反撃されないことを祈っててくれ」


「そっか……」

 言葉が続かない。


 胸のポケットに挿していたペンが、月明かりで光った。

 クライドにそれを手渡して、荷車に名前を書いてくれと頼む。

 卒業式の寄せ書きが頭に浮かんだのだ。


 クライドは笑いながら、しゃがんで書き始めた。

 ……名前にしては長い。


「メッセージ。エラさんに文字を習えば」

 そういえば、荷物の中身を確認しないで済むように木札をつけるか、なんて話をしたまま放置していたな。


 だが、荷物を送り慣れていないこちらの世界の住民は、生ものや液体を適切に梱包する知識がない。

 結局、一度中身を確認せざるを得なかったんだ……というのは言い訳か。


「んじゃあ、教えてくれるか?」

「うふふ、もちろんです!」


 クライドはわざとらしく、いつものように明るく振る舞った。

「はいはい、ごちそーさま!

 ほら、あの川に橋が架かってるだろ? その後ろに軍が展開している。

 川上には水生のモンスターがいるから、川下に回った方がいい。

 神殿に通行証を発行してもらっているんだろう? この川から離れたら、普通に旅行できるはずだ」


「……ありがとう」

 どちらからともなく手を差し出して、固く握手をした。

 気の利いた言葉など出てこない。


 優司は、最後にクライドの肩をぽんと叩いた。

「じゃあ、行くよ。俺の『運びたいもの』は届けたしな」

「……この国がまともになったら、遊びに来いよ。エラさんも体に気をつけて」

「クラウドさん、にも……神の、ご加護を、ううっ……」

 エラの声が震えているので、自分たちが涙ぐんでいるのを棚に上げて、笑みを交わした。



 魔道荷車が静かに浮かび上がる。

 手を振るクライドがどんどん小さくなっていった。


 俺にとっては忌々しい国からの脱出だが、エラにとっては色々あっても母国だ。

 こみあげる想いに、むせぶ声が背後から聞こえる。


 肩を抱いてなぐさめたいのに、助手席がない。

 この素晴らしい荷車の最大の欠点が、この夜、発覚した。


ここで熱い夜を……という案もあったのに、なぜかこんなオチに。

優司のキャラクターですかね。

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