幸せを願える幸せ
ついに、最終回です。
■優司side■
港町の朝は、漁師たちの威勢のいい声と、海鳥の鳴き声で始まる。
今日は港に客船が着く日だ。
タラップを歩けないご年配の方を荷車に乗せて、岸に下ろす仕事が入っている。
多分、小さな子を連れた親子や足元に不安がある人たちも、飛び込みでお客さんになるだろう。
魔道荷車に空を飛べる機能をつけてもらったおかげで、意外にも荷物運びではない仕事が増えている。
海難救助もやるし、結婚式のパレードは……人力車みたいだと、ちょっと思った。
港の運搬業の人たちと仕事の奪い合いにならずにすんで、よかったよ。
臨時で政権を握った将軍は、前国王の無謀な侵略を公に謝罪し、各国と停戦協定を結んだ。
内政には、かつて王に追放された有能な人材を呼び戻し、国を再建しようとしているという。
戦争に巻き込んだ各国には、賠償金の支払いと誠意ある交渉で一応の決着を見た。
国王は退位させられ、現在は労役に服している。
南方にある、モンスターが徘徊する森――その補給部隊の末端に回され、倉庫の整理を任されているそうだ。
国王派の貴族たちは、甘い汁に群がっていただけ。先が見えた国王を、真っ先に見捨てた。
仮に救出を試みようにも、腕の立つ者たちは将軍派に属している。冒険者や傭兵の間でも、国王の評判はすこぶる悪い。
もし自力で逃げ出そうとすれば、森のモンスターの餌食になるのがオチだ。
――ある意味、これは「生きたまま味わう死刑」と言ってもいいと思う。
国王には、若くして亡くなった兄がいた。
その遺児は山中の神殿分院に匿われていたが、その青年が還俗の手続きを経て、新たな王として立てられる予定だ。
正妃には北の帝国の姫……年齢的に後継者を生めるかわからないため、帝国はその姪を側妃として同行させるという。
東のグラファン自治連邦は、枯渇したと思われていた魔石鉱山を「賠償金」として要求してきた。
停戦交渉中に自治連邦の最新の探査技術を持ち込み、鉱山のさらに深部に、魔石層が存在していることを突き止めている。
――つまり、素直に技術協力を求めていれば、対立せずに済んだ話だったのだ。
西のラヴェリス国は、国境に接する地方の割譲を要求してきた。
その地域には、今回の戦を支えた砦もいくつか含まれている。
ここを手放せば、今後ラヴェリスに対して軍事的な圧力をかけることは、ほぼ不可能になるだろう。
まさに、王国の牙を抜くに等しい要求だ。
後に将軍が語ったところによると――
三つの国がその気になって手を組めば、王国などあっと言う間に消えていただろう。
それでも国が残ったのは、奇跡というより、相手の慈悲に近い。
国王の無分別な言動。
それに振り回されて暴走を助長する宰相。
国力や軍事力の現状すら把握できない、豊かだった過去にしがみつく老貴族たち。
将軍がそれでも国王に対して剣を抜かずに従っていたのは、ひとえに家の掟ゆえ。
「我が家は、国の剣であり盾」。
名門の武門である以上、その責務から逃げるつもりはなかった。
最後は、誇りよりも、理想よりも、まずは『国』を残すこと。
それが自分にできる、忠義の形だ。
――という覚悟でクーデターを起こしたそうだ。
王妃や王女は幽閉され、場合によっては政略に使われるかもしれない。
ドレスなどはオークションにかけられ、戦で亡くなった兵士たちの遺族へ年金として支給された。
宰相や重臣、王太子は、いち兵士として、最前線へ。
もう戦闘は行われていないが、遺体の処理や馬防柵の撤去などやることがある。 あれから一年経つが、まだ終わっていない。
国王派からは、国王の暴政に加担し、いい思いをした割合に応じて罰金や領地召し上げを行った。
そして、桜は将軍に引き取られたらしい。
前政権の「負債」として、引き受けるそうだ。
「自分で何とかしようと考えず、人から奪おうとするのが間違いだったんだ。ましてや、異世界人に何とかさせようなんて……」
優司は呆れたようにつぶやいた。
港で会う人たちから、他国が異世界召喚をやらない理由を聞いた。
召喚された人物にどんな特性が与えられるか分からず、魔石を大量に消費するわりに、成果は運任せになってしまうからだという
異世界召喚ジョークで、「とてもよく当たる星占い師を召喚したが、『星』が違うために占えなかった」という話がある。
「……なるほど」という言葉しか出てこなかった。
月も色が水色だし、満ち欠けの周期が違う気がする。天文に詳しくないので気のせいかもしれないが。
……ちなみに、「エラの瞳と同じ色だな」と月を見上げながら言ったら、思った以上に可愛い反応が返ってきた。
魔石を大量に産出していたミゼルディア公国だからこそ異世界召喚できたが、そのせいで魔石を掘り尽くし、財政が悪化したとも言える。
あの時の兵士たちは、みんな無事でいるだろうか。
クライドの無事は、真っ先に確かめた。
各国と本格的な停戦が結ばれた後、クライドに会いに行った。
初めて酒を酌み交わしたときに食べたウズラダという魚を、手土産に持参した。
内陸の公国では、この魚は漬けた加工品しか出回らないらしく、「生のままは捌けないから遠慮する」と言われてしまった。
次は加工品を買っていこう。港町にはいろんな店があるから、食べ比べも楽しそうだ。
ちなみに、そのときの手土産の分は俺が捌いて焼き魚にした。
獣やモンスターならサクサク捌けるのに、魚相手だと妙に腰が引けるなんて。面白いもんだな。
今では、クライドが荷車に書いてくれた言葉も読めるようになった
「この手で、大切な者を守るんだ クライド」
なんだよ、あの野郎。カッコいいこと書いちゃって。
そういえば、クライドの第一印象は「真面目な騎士様」だったな。
あのときは戦場の異様な興奮状態で、純粋で熱い一面が出てきたんだろう。
「応援というか、それぞれ頑張ろうぜみたいな感じで……かっこつけたんだよ!」
って、顔を真っ赤にして照れていた。
どんなに恥ずかしがっても、あの言葉は消してやるつもりはない。
すでに、俺の宝物だ。
今日もまた、それを心に刻み、荷車で走ろう。
近いうちに、荷車はさらに素敵になる予定だ。
赤ちゃんの手を荷台に押し当てて、その周りをペンでなぞろうと思っている。
……大きなお腹のエラにそう話すと、「私の手はいらないの?」とむくれられた。
だから、もうすでに、エラと俺の手形は描いてあるんだ。
俺たちは予定日を指折り数えながら、赤ちゃんに会える日を待っている。
■桜side■
桜は将軍の家でメイドをやっていた。
前政権の後始末の一環として、桜を将軍家で引き取ることになった。
前王から与えられた物をすべて返還すれば、罪には問われないという。
神殿に行くか、将軍の屋敷に行くか――それを選ぶのは、桜に任された。
将軍の屋敷では、桜を特別扱いして祭り上げようとしない。ただの「引き受け物」として扱われるのが、むしろ気楽だった。
厳格な奥様が目を光らせ、王城のようにだらしない雰囲気はない。安心して仕事ができるのを「ありがたい」と思う自分に驚いた。
時々、公国神殿連絡室から桜宛てに伝言がある。
そのときは、メイドではなく異世界人として扱われた。サロンで、将軍と奥様と一緒にお茶をいただける。
そこで、いろいろと興味深い話を聞いた。
将軍は、廃位した前国王に対して負い目を感じていたという。
文武両道だった王太子である兄が亡くなったとき、「国の未来が閉ざされた」と口にしてしまったのだ。
そんな言葉を、急に王太子という地位を背負わされた弟の王子に聞かせてはいけなかった。
弟王子は、幼くして将軍が剣の稽古をつけ始めたころには、すでに劣等感で歪んでいたのだから。
王太子になった重責や不安のせいか、ほどなくして、動物への虐待が始まった。
その場にいれば力づくで止めることはできるが、根本的には何も変えられない。
次第に王太子は将軍を遠ざけるようになり、将軍もそれを「仕方ないこと」として受け入れていった。
国王になったときに戦争を好むようになったのも、不思議ではないと思った。
「それって……見捨てたというか、見放したんですよね? どうしてそういう行動を取ったのかとか、気持ちを訊いたことはあるんですか?」
思わず訊いてしまった。
その言葉に、将軍が目を見開いた。まるで面白いことを聞いたというように、意外そうな顔で。
「あなたなら、どうしていたのかしら?」
奥様がこちらに視線を向けてくる。
「……自分でも、よく分かっていないかもしれませんけど、訊かれたら考えると思います。関心を持って質問してくれる――そのこと自体が、嬉しいものじゃないでしょうか」
「そうか……」
将軍はうなずき、どこか遠くを見るように言った。
「今、あの男は、モンスターがうろつく場所にいる。
本性を隠す必要がなくなり、止める人間もいないからな。のびのびと、思う存分、暴れてるだろう」
……将軍は「脳みそまで筋肉」だなと思った。
あの王様は、強い者に挑んでたんじゃない。
弱いものをいじめて、怖がる姿を見て優越感に浸りたかったに違いない。自分なら何でもできる、何をやっても許されると、「何もできない無力感」をごまかすために。
桜、十八歳の冬。
将軍から手渡された箱には、小さな髪飾りが入っていた。
王宮で暮らしていたころの桜なら、きっと「こんな安物」と踏みつけていただろう。
しかし、今の桜にはとても手が届かないもの。
添えられた手紙は文字が読めないため、代わりに奥様に読んでいただいた。
「自分のことも人のことも、大事にできる大人になってください。成人おめでとう。 ユージ・ナカハラ」
そうだ、成人式だ!
桜は自分が捨ててきた環境を思い出した。
働かずに、守られ、勉強だけしていればよかった。あちらの世界では、欲しいものをいつでも買ってもらえた。
……でも、心は飢えていた。
「私を見て! 私は生きている価値があるでしょう?」——今思えば、あのとき本当は、そんなふうに叫びたかったのかもしれない。
優司が書いた手紙……彼はここに来てから、文字を学んだのだ。
「字が読めるようになりたい」
思わず口に出た。
奥様はあっさりと、孫たちと一緒に家庭教師に習えばいいと言った。
メイドにそんなことが許されるの?
将軍は「やる気があるなら機会を与える。やる気がなければ、時間の無駄だが」と言った。
やる気があるかないか、それだけで決めるのか。「なせばなる、なさねばならぬ何事も」……まったく脳筋だ。
奥様は桜に髪飾りを付け、そっと抱きしめてくれた。
私が本当に求めていたのは、これだったのかもしれない。
……優司が幸せそうで、本当によかった。自分勝手に巻き込んで、ごめんなさい。
桜は奥様の胸に顔をうずめ、震えながら泣きじゃくった。
青年誌でコミカライズしてほしい、よし、お仕事モノを書こう!
そんな気持ちで書き始めた、トラック運転手のお話です。
書くにあたって調べるうちに、コロナ禍の巣ごもり生活が輸送業界の方々に支えられていたと気づきました。
遅ればせながら、感謝の気持ちを込めて。
現在、働く環境の改善を目指した政策も検討されているようです。
数年後には、「あの頃は大変だったね」と笑い話になっていることを願っています。
拙い連載に最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。
感想などいただけたら、うんうん唸っていた時間が報われます。……が、私自分は感想を書かないタイプなので、お願いするのもなんだかアレか。
「面白くないかな」と悩んだときも、ページビューの人数に励まされました。
お読みいただき、ありがとうございました。




