回らない観覧車(好事百景【川淵】出張版 第十二i景【観覧車】)
乗ってみたい……?
「回らない観覧車? そんなのあるの?」
初デートにはりきる司は、私を高級観覧車に乗せようと奮発してくれた。
「寿司も回らない方が高級だろ?
ほら乗った乗った!」
それは環状に並べられていない、ひとつきりのゴンドラだった。それらを回す役目の鉄塔が見当たらないし、きっとこれは、本当に回らない観覧車なんだろう。
恐る恐る乗り込んだ私に、案内係のお姉さんはシートベルトをしめるよう告げた。
ぐぅん。
扉をとじた途端、ゴンドラは空高く上昇を始める。どうやら支柱はその下部にあり、ぐんぐんのびているらしい。
雲を越え、星空に迫り、遂に大気圏を突き抜けた。
「うわぁ」
驚きとときめきで、白黒させた目を丸くする私。
宇宙から見下ろす地球の海の碧さと、見渡す星々の海の蒼さ。
素晴らしさにことばも奪われて、口からこぼれるのは感嘆ばかり。
ひとしきり、感嘆の語彙を使い切ったあと。私は司とむきあい、ようやく取り戻したことばで疑問をぶつける。
「気に入った?」
「うん、とっても。だけど、これがなんで回らない観覧車なの?
普通のとは違うのはわかるけど、このゴンドラ、ゆっくり動いてるよ?」
私の問いに、司は得意げに答える。
「それはさ。回らない寿司だって、回る地球のうえにあるだろ? 回らないってのは地球に対して、【相対的に回らない】のであって、地球ごと【絶対的に回る】ことは変わらないのさ。
だから、この高級観覧車も、ただ【相対的に回らない】だけじゃなくて。地球の軌道上をその自転といっしょに【絶対的に回る】んだよ」
なんてスケールの大きな話!
そして、とてもロマンティック。
初デートなのに、はしたないかもしれないが。私は司にキスしてあげたくなった。これこそ観覧車の醍醐味ではあるものの、安全のためにとシートベルトにロックがかかっているのが恨めしい。
諦めた私は、窓の外の碧さと蒼さを灼きつけようと、再び目を見開くのだった。
そして、しばし——いや、かなり。
私はとうとう不安になって、司にまた尋ねる。
「ねえ、ずいぶんと長く乗ってるけど、これっていつ降りられるの?」
これまた愚問だと、司は即答する。
「おいおい、観覧車ってのは一周するものだろ?
【絶対的に回る】観覧車だって、それは同じさ。
地球の自転は24時間だから、あと23時間半ってとこかな?」
満面の笑みを浮かべる司と、これが初デートなのに、やっぱりこいつとはとっとと別れようと決心する私。
……トイレ、どうしよう。