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コンビニから帰ってきて塩辻が玄関ドアを開錠する寸前に気付いた。
「塩辻、ちょっと待て。何か家から変な音がしないか?」
何か微かにヴオオオォォォォンというような低い振動音が家から聞こえるような?
「この家、防音は施してあるんだけどねー。何の音だろ?」
二人で窓の前に行き、室内を覗いてみる。
「なっ!何だこれっ!?」
「あははははー」
室内は何故か暴風が吹き荒れていた。カーテンはちぎれそうにはためき、安定の悪いものは床に倒れ、小物などは宙に飛ばされている。
更に加えて
「部屋に竜巻起きてんじゃねーかっ!」
床から天井まで細めとはいえ竜巻が2本立っている。埃とか小物が巻き込まれているので視認できるのだ。
「あははははー、正確には塵旋風だねー。竜巻っていうのは積乱雲の下で」
「今その知識はどうでもいい!なんでこんなことになってるんだ!?」
俺の疑問に塩辻がスマホで確認しながら答える。
「あー、湖竹君に持ってきてもらったメモリって塵旋風の力学のデータだったんだよねー。今確認したらそれがスパイダー・エアコンのプログラムに混ざっちゃったみたいだねー、あははははー」
「だから同時並行で研究すんなっつっただろーがっ!」
あと今お前の部屋がめちゃくちゃになってるけど平気なのか?
「ん?……何だありゃ?何しようとしてんだ?」
スパイダー・エアコンの1号が脚で棚の引き出しを開け、簡易着火装置(〇ャッカ〇ン)を取り出す。
そして――なんと脚と夾角を使って器用に着火し、反対側の夾角で挟み持っていた棒状の物に火を付けた!
「なんか放火し始めたぞ!」
「あー、多分、塵旋風で体感温度が下がり過ぎたから手っ取り早く火で温めようとしたんだねー」
「そんなプログラム入ってんのか!?」
「っていうか『火を付けるな』ってプログラムに入れてなかったねー」
「大欠陥じゃねーかっ!あれ絶対何かに燃え移るぞ!」
「まーこの部屋は完全防火対策してるから中の物が燃えるくらいだけどねー」
「スプリンクラーとかねーのかっ!?」
「ちょっとした実験のたびに水吹き出すのが面倒で取り外しちゃったー」
「おおいっ!」
そこでふと部屋の床に置かれた俺のリュックに目が留まる。コンビニに行ってすぐ帰ってくるつもりだったので持ってきたリュックをこの塩辻の部屋の中に置きっぱなしだったのだ。
「ヤバい!塩辻!今すぐアレを止めろ!」
「さっきから止めようとはしてるんだけどプログラムがバグッたのか止まらないんだよねー」
スマホをいじりながら塩辻が答える。
「じゃあドア開けろ!中に入るぞ!」
「え?今ドアなんか開けたら塵旋風と炎で何が起こるか分からないよー。換気扇のみで外と繋がってるっていう状態だからこの程度で安定してるんだしー。急にどうしたのー?」
「部屋に置いてる俺のリュック!ノートPC入ってんだって!R准教授に出す明日〆切のレポートのデータ入ってる!PC壊れたら留年確実!!」
R准教授はレポートの提出期限等には絶対妥協しない人だ。
PC自体も大損害だが留年はマジでヤバい。
訳あって金を稼がなければならない俺は留年なんかしてられないのだ!
俺の事情をある程度知ってる塩辻の態度が一気に真剣なものに変わる。
「……分かったよー。でもそっちのドアはダメだ。こっちに来て!」
塩辻に裏手の出入口に案内され中に入る。
「準備ができたら隣の部屋で一旦待機してから現場に入ろう!締め切った部屋から入るなら直接外気と繋がってしまう正面玄関から入るよりも室内空気への影響が少ないから予想外の事態は起きにくいはずだよー!」
こっち側からだとリュックの置いてある位置から遠くなってしまうが止むをえん。
「わかった!ところで準備ってなんだ?」
「これだよー!」