5 人のようなもの
「確か、ここに……あった」
元来た道を戻り、トンネルの向こう側の集落にある老人の家へ案内された。
昔ながらの木造住宅。
古い家だが掃除が行き届いていて清潔。
茶の間に通され、奥さんからお茶とお菓子まで貰う。
老人は本棚からアルバムを取り出した。
どうやら写真を見せてくれるらしい。
「ほら、これだよ」
机の上にどんと分厚いアルバムを置いて開く老人。
古い本の香りが部屋中に広がっていく。
「えっと……」
「ほら、これを見てくれ」
老人が指さした写真。
どうやらあの公園らしい、と言うのがなんとなく分かる。
写っているのは、当時の子供たちが無邪気に遊ぶ様子。
その中にひと際目立つ存在があった。
「あの……これなんですか?」
「なんだと思う?」
意味ありげに微笑む老人。
その隣で奥さんが苦笑いしている。
そこに写っていたのは、やけに頭が大きな子供。
シーソーで遊んでいるのだが、他の子どもよりも頭部が一回りも大きい。
「すみません……ちょっとよく分からないですね」
写真は白黒。
手前の方は比較的はっきり映っているのだが、奥にいる子供たちの姿はぼやけていた。
頭部が大きな子供は奥の方にいたので、輪郭がハッキリせずどんな姿をしているのか明確には分からない。
その曖昧なフォルムがかえって不気味に思えた。あたかも異形の存在がそこにいるかのようだった。
人のようなもの。
まさにそんな呼び方がしっくりくる。
「これな、実は……俺なんだよ」
そう言ってどや顔をする老人。
隣で奥さんが噴き出していた。
「誰かに話したくて仕方ないのね。
すみませんね、お客さん。
主人の昔話に付き合ってもらえますか?」
「はぁ……」
苦笑いする奥さんの隣で老人が期待感のこもった顔つきで俺を見ていた。
よほど話を聞いて欲しかったんだなぁ……。
老人はその写真について話してくれた。
この辺りの集落では子供たちが仮装して祭りに参加する風習があった。
写真は仮装道具を勝手に老人が持ち出して、公園で遊んでいたところを撮影されたものだ。
普段は使われない仮装道具だが、こうして子供たちが持ち出して遊んでも大人たちは黙認していたらしい。
老人以外にも仮装して遊んでいた子供が何人かいたそうだ。
「なんでもよ。
ここらには人ならざるものが住み着いていて、
人間の子供に交じって遊びに来るって言い伝えがあるんだ。
そーゆー昔話を俺たちは再現してたわけさ」
「はぁ……」
つまり、これはごっこ遊びってわけだ。
人ならざる異形の存在。
それになり切って遊ぶ子供。
よくある話だと思う。
老人は何枚か写真を見せてくれた。
腕が長かったり、変なものが頭に生えていたり、足が四本あったりと、奇妙な姿の子供が写っていた。
どれもぼやけてハッキリとした姿は映っていない。
こうして眺めてみると、確かにちょっと不気味に思えるのだが、ネタが分かってしまえばなんてことはない。
古い風習が元ネタの子供たちの悪ふざけ。
怖さよりも、どちらかと言えば微笑ましさを感じる。
最初に会った時の険しい顔が嘘のように、老人は表情をほころばせて楽しそうに昔話をしている。
この写真の子は誰で、こっちは誰で。
その隣で奥さんも嬉しそうに頷いていた。
話を聞いているだけなのだが、ちょっといいことをした気持ちになれた。
「なんだ……もう帰るのか」
俺が帰宅する旨を伝えると、老人は残念そうにしていた。
なんなら泊っていけと言いだすので、明日は仕事だからと適当に嘘をつき丁重にお断りする。
俺が自転車にまたがって走り出すと、二人は門の外まで出て見送ってくれた。
なんかすごくいい人たちだったなぁ……。