11 中に何もいない
『あの記事、さっそく読んだぞ。
かなり力入ってたなぁ』
「ありがとうございます」
電話で先輩と話しながら軽く会釈をしてしまう。
ついつい身体が反応して動いてしまうのだ。
『いやぁ、ブランクを感じさせないクオリティだった。
あれでかなり評判もよくなったぞ。
お前を欲しがってるところもあるみたいだ。
良かったら紹介するけど?』
「さすがにそこまでしてもらうのは……」
『しばらくはフリーランスで活動するのか?』
「いや、そういうわけじゃ……」
例の記事を書いてから、俺の評判は業界内でそこそこ広まったようだ。
先輩からの評価もそれなりに高い。
さっさと復帰してもいいが、まだもう少し時間が欲しい。
心の整理をつけるのには時間がかかる。
『そう言えばさぁ……あの子のことなんだけど。
お前なにか知らない?』
「俺が知るはずないでしょ」
俺のつっけんどんな答えに、先輩はため息をつく。
『ちょっとくらい気にかけてやれよぉ。
さすがに酷いと思うぞ』
「俺には関係ないんで」
『いやいやいや……まぁ、いいけどさ』
半ばあきらめ気味の先輩。
もうこの話はしないで欲しい。
『じゃぁ……また何かあったら連絡するわ。
そっちも仕事欲しかったら言えよな』
「はい、いつもありがとうございます」
『なぁに、お互い様だってばよ。
じゃーな』
先輩は軽く挨拶をして電話を切った。
「ふぅー―――」
俺は大きく息を吐いて天井を仰ぐ。
木目の模様が人の顔のように見えてしかたがない。
ぼんやりと窓の外を眺めると、カーテンの隙間から月が見えた。
綺麗な満月が夜空に浮かんでいる。
せっかくだからと窓を開いて空を見上げた。
満天の星空に、美しく輝く丸い月。
一仕事終えてゆったりとした気分に浸っていると、見慣れた風景でも美しく思える。
何もかも忘れようと思って見知らぬ土地で再スタートを切ったが、滑り出しは順調のようだ。
知り合いも増えたし、しばらくは仕事にも困らなそうだ。
いっそのこと、農業でも始めようか。
田淵にお願いすればノウハウくらい教えてもらえるだろうし。
可能性は無限大。
俺は自由だ。
ぴんぽーん。
チャイムが鳴った。
通販も配食も頼んでなかったと思うが――
「はい」
ドアを開いた。
「あっ」
思わず声を漏らす。
そこには彼女が立っていた。
最後に分かれた時の姿のまま。
ただ一つ違うのは、胎の中に何もいないということ。
どすっ……
鈍い衝撃。
後から鋭い痛み。
なにが起こっているのか理解できなかった。
月が美しい。
彼女はにっこりとほほ笑んでいる。




