ノワール・エ・ブランの旅人
人に嫌われるってやだなって話。
今日も誰かが嫌われている。
当たり前のことを心の内で繰り返し、旅人、ルネは目を開いた。
いつも通り広がるのは色という物差しのない世界。先天性らしい。両親がそう言っていたとお刺さな馴染みから聞いた。
ルネには、起きてすぐ、真っ先にすることがある。絵を描くことだ。
画家としての評価が高くなかったとすれば、ルネはとっくに息が止まって、今頃は土の中かあの世に漂っていることだろう。
白黒の視界が幸か不幸か、教育を受ける権利と、生きてはいけるお金を運んできてくれた。複雑な心境ではある。しかし、ルネはもう、これが僕の人生だと割り切っている。
そして、一時間ほど絵をかき、荷物を片付けて、目的なく歩きくのだ。
広大な草原。まあつまり何もないということになるが、太陽の明るさや雲の美しさはどこでも変わらない。
作品だけならば、評価が高い。勧誘も受けた。しかし、ルネ自身となると、途端に人が寄り付かなくなる。
ルネの視界では分からないが、ルネの肌はどうもおかしいそうなのだ。
重たい荷物を背負い、定期的に水を飲みながら進んでいった。世の中には便利な乗り物があるらしいが、ルネには売ってくれないし、生き物には嫌われるだろう。それに、生き物であると餌代も必要だ。
いつか定住できるところが見つかってほしいと祈りながら、歩いていく。
だが、受け入れてくれたところで、僕自身が人と関わるのが苦手ゆえに、立ち去りたくなったらどうすればいいのだろうと不安にあることがある。
ふうと息をついて、明るい太陽を見る。ルネは、旅人といっても、貴族様や市民たちの、いわゆる変える場所がある小旅行、とは違うということはよく分かっていた。
いつまで続くのだろうと思う。今が確か、十四歳だから、およそ六年くらいは旅をしているだろうか。
だからといって悲観してみても、現状は変わらない。幼馴染が居れば、そういうに違いない。
そう考えて苦笑し、水をごくりと飲み干した。また新しく水筒を取り出す。
プラスチックなんて概念のない時間を生きているルネは、皮の水筒を使っている。
また、歩き始める。
日が暮れたとき、ルネはやっと一つの村にたどり着くことが出来た。心臓がバクバクバクと高く鳴り、手が震えている。
重要なキャンパスや絵の具、筆などは隠して、門番に声をかける。
門番、といっても、大方村人の一人がやっているのであろう服装であった。
「あの」
旅装のルネに驚き、門番は怪訝そうにした。
「何の用だ? ここは何もないのがみてわかんねえのか?」
「あるではないですか。立派な門番も、健康な体も、平穏も」
「はあ。まあ、そういや、ここのやつらは食うに困ってはいないなあ」
「僕はこれでも、人間観察が得意なんです」
「……お前、ホントに何の用だあ?」
嫌悪に目を染め、ルネの全身を見る。
目が隠れるほどの帽子。粗末な布で覆った顔。
これまた、お世辞にも高級とは言えない手袋。しかし反対に、びっくりするほどきれいなブラウスとズボン。これに加え、しっかりとした生地の上着。靴は、歩くのに適した固い靴。
「絵を売れる場所と、ここで新しく住人になることは可能ですか?」
はっきりとしたルネの声に、門番はますます怪訝そうに、そして部外者を受け入れることのない拒絶の感情をその目に映すのだった。
「悪いけどよ、ここにゃあ、絵を買う程裕福な場所を知っている奴が居ねえ。ここはもう定員だ。他をあたってくれ」
その言葉に、ルネは諦めて、小さく、はい、と答えた。
ルネが踵を返しかけたとき、慣れた手つきで門番がルネを抑える。
一見破綻した会話で、彼は何を感じたのだろうか。とにかく、結果としてルネは、身動きが取れなくなり、口をふさがれた助けを求めることも出来なくなった。
その拍子に、キャンパスなどがルネの背中から、地面へと落ちていった。
ルネには、動揺も恐怖もわいてなかった。
生きることがつらくなった。それでも生きていこうと思った。つまり僕にそこまで、生に執着もない。きっと、希望も。
何のことはない。単なる、諦めだ。
門番――改め、村人の服装をした何者かは、ナイフを取り出してルネの首元を突き刺そうとした。
大方、傭兵崩れの野盗などだろう。ここのやつら。他人事だった。また、想像している時に目が右上に向くということがある。僕を抑えたやつは、会話の時にちらちらと右上を見ていた。
そう、ルネは思った。音が響き続けている。視界がぼやけてきた。鼻が熱い。村の人々は気づいていた様子がない。もしかすると、共犯か。畑はあまりないように見えた。すると、食うに困ってないという言葉が少しおかしくなる。旅人や、ここなどにはめったに来ないであろう商人を襲って食にたどり着いていたのかもしれない。
ルネが傭兵崩れと見当をつけた何者かが、ルネの首を見て、思わず離れた。理性が働かなかったらしい。
ルネ自身は分かっていない。その人によって見える色が変わり、気味悪さと嫌悪感の混じったような感覚に陥る肌。ルネ本人は認識できない上、見ているだけで焦りや恐怖を感じたりするので、作品は評価されることもあるが、ルネを受け入れてくれる人、村、国はいなかった。
そのまま、申し訳なさそうに唇を引き結んで、ルネはその村を去って行った。
色が分からず、かといえば他人に色で不快感を与える旅人。色のない世界に生き、無意識に色のある世界への人へ傷を残す旅人。そういったように呼ばれるようになった。
さらに短く、ルネへの皮肉で通った二つ名が、ノワール・エ・ブランの旅人。
ルネは、絵をかき、その絵を売り、旅を続ける。その終わりは、神すらも知らない、かもしれない。
ただ一つ言えるのは、旅人ルネは、今日も誰かに嫌われている。