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ここはベッケルド王国の王都にある三年制の貴族学園。その大講堂では滞りなく卒業式を終え、教師たちが下った舞台上には誰もおらず、保護者たちはこの後の卒業パーティーに出席しないので帰宅の途についた。
卒業生は退場せず在校生や同級生と個々に最後の挨拶をする習わしになっており、むせび泣く声があるもののそれは別れを惜しみ門出を祝福する声であるので、穏やかで和やかな雰囲気であった。
だが、突然それをぶち壊すように足音を轟かせて舞台に上がる者たちがいた。男子生徒四人と女子生徒一人が舞台真ん中までやってくる。
「パーティー準備に赴く前に、皆に聞いてほしいことがある!」
真ん中に立ち、肩までの艷やかで目の覚めるような青髪、釣り上がり意思の強そうな若草の眼、服の下でもわかる鍛えられた体躯の美少年が舞台の上から大声を出した。
皆が注目する。
「ルカナーテ・ソリアノ! 隠れていないで出て来いっ!」
大講堂の中央付近から舞台まで、道ができるように左右に割れていく。その中から多くの者たちに囲まれていた美少女が姿を現した。
隠れていたわけではなく、人気者ゆえ人垣ができていたのだ。
シアンの髪をハーフアップにした美少女は周りに小さく目礼し、舞台へ向くと若葉色の瞳を残して口元を扇で隠した。そして、ゆっくりと前へと進む。目礼しながら道の真ん中を進む美少女の若草の瞳には優しさが溢れており、誰もが感嘆のため息で見送った。
美少女が歩みを進めると美少女に付き従うかのように人垣も後ろから付いていく。
「メイセット様。このような形でお呼び立てとはいかがなさいましたか?」
あくまでも温かさのある瞳と口調で赤子を諭すように語りかける。青髪の美少年メイセットはこの国の王子である。
「ルカナーテ・ソリアノ! 俺とお前との婚約は破棄だ!」
公爵令嬢であるルカナーテ・ソリアノは苦笑した。
「それは困りましたわ。ですが、メイセット様のご意見としてお受けしておきます」
ルカナーテはわざと悲しそうではなく苦笑している。公爵令嬢として感情を顔に出さない訓練を受けているが、出しているときには何かしらのサインだ。メイセットたちはそれに気が付かない愚か者の集まりのようだ。
「お前のその傲慢滲み出る態度は前から気に入らなかったのだ。そして何より自分より身分の低い者に横暴な態度や稚拙ないじめを行うような者は俺の伴侶に相応しくない!
俺はそのような行為をされても耐え忍ぶ女性を伴侶にする。
それがここにいるベリアナ・ケッシャスだ!」
「はぁい!」
甲高い声で返事をした女子生徒はメイセットの腕に絡みついて胸を押し付ける。この女子生徒が男爵令嬢であることは大変有名だ。
キャラメル色の髪にオレンジの瞳、可愛らしい容姿は庇護欲をそそりそうだが、それはあまり問題ではない。
問題はベリアナの制服だ。街娘でもしない、娼婦かと思われるほど短いスカートに生足。上着は布をケチっているのかと思うほどパツパツで胸が溢れそうになっている。
一度教師に制服について注意を受けたが、教師を痴漢呼ばわりし、それを聞いたメイセットたちが教師を詰るという暴挙に出たため黙認されてきている。
また、そのような暴挙は生徒たちへも向けられておりそれも黙認されていて、『傲慢とは誰のことだ?』と心の中で大きく首を捻った者がほとんどである。貴族子女なので本当には首を捻ったりしないが。
メイセットの王子という立場への恐怖からではなく、馬鹿につける薬はないという侮蔑からの黙認であるのだ。
そんなことも知らない舞台の上の者たちは鼻高々に口をひしゃげてルカナーテを見下ろしている。その姿に皆が心の中で吐き気を催していることなどわかるはずもない。