転生~異世界の不動産事情~②
「ん、ううん…」
瞼越しに感じる光は、まだ寝ていたいと思う俺に対する嫌がらせのように、燦燦と照り続く。
「あぁ…もう朝?…って!?」
心地良い目覚めから出る間延びした声。そしてだんだんと意識が覚醒していく中で、自分が熟睡していた事実と、つまりそれが仕事をしていないことを示していると冴えない頭で理解していく。
「今何時だ!?っていうかここどこ!?」
勢いよく飛び起きたはいいが、状況の不自然さに寝起きの脳が明らかについていけていない。ただ今回ばかりは仕方がないと思う。なにせ、ある程度思考力を取り戻した状態で周囲を確認しても、結局何が何だか分からなかったのだから。
「なんで原っぱ…。しかも木陰で…?」
俺が寝ていた場所はどうやら、だだっ広い草原とそこに屹立する大樹の根本のようだった。そして俺が枕替わりにしていた根っこの先に、大人が優には入れるろうが存在した。大樹のかなり奥まで続いているのか、外の陽光を拒むように中は真っ暗で先が見えない。幽霊を怖がる年齢ではないが、流石に不気味さを感じずにはいられなった。
(気を取り直して)
見渡す限りでは、自分の目の前に存在するもの以外の大樹を確認することはできなかった。
「こんなデカいのがポツンと」
そんな感想を抱く。でも別にあまりおかしなことでもないのかもしれない。通っていた学校にも一本だけやけに大きな木が生えていて、そこで遊んだ記憶もある。むしろ、この広大な草原に一人投げ出されていることに疑問を持つべきかもしれない。
「しっかし広いな。…ん?」
改めて周囲を見渡していると、広がる草原の途中に切れ間があることを確認する。長く伸びたその切れ間に草は生えておらず、土が踏み固められている。
「道だ。舗装されてるとまではいかないけどちゃんと均されてるな」
綺麗な太い線を描いているが、あくまで境目がしっかりしているだけだ。だが、何も手がかりのなかったさっきと比べれば雲泥の差だ。
大樹から離れ道の横に立ち、左右に伸びるその先を見る。片方、向かって右側に道が続く先に見えたのは森だった。かなり遠いが、それでも相当大きな面積を誇っていることがここからでも分かる。そこまで視力は悪い方ではないが、徐々に細くなっていく道の先が遂に見えなくなるまで、その森は離れている。
「森の中まで続いているのか、ここからじゃ分からないな」
もしかしたら森の中に集落があったりするのかもしれない。ただ、今その可能性に賭けるのはまったくもって現実的じゃない。
「そうとなれば左は・・・お?」
向かって左側、森とは逆方向の先を望む。こちらも結構な距離がありそうだが、そこに見えたのは街のようだった。草原とそこに伸びる道に続く街というのは、日本の都心に住んでいてあまり遠出もしない自分には馴染みがなかったが、地方や海外だったりに行くと普通にあるのかもしれない、なんてことを思いながら。
「こっちもかなり大きいけど。ああ、大樹のせいか」
どうやら寝ていた位置的にさっきの大樹が死角になっていたようだ。いよいよこの不可解な状況からどう動くかの指針が決まりそうだ。正直遠目からでは街の詳細はわからないが、入口らしき開けた空間は確認できる。そして更にずっと先に、ここからでも分かる大きな建物がある。
「城っぽいけど、なんか見たことあるような…?」
思い出せないが、つい最近見たような気がする。いつだろう。
一度大樹の元に戻る。一本しかないおかげで、迷っても良い目印になりそうだ。
「改めてみてもデカいなぁ。まあ一本道だし迷いはしないだろうけど。…あれは」
寝ていた根っこの先、うろのすぐ側に見慣れたものがあった。
「俺のバッグ!なんでここに。とりあえず中身は・・・水筒に、ペンケースに、ファイル、宅建の教科書。完全に仕事の時の中身だけど・・・割と微妙か」
それはいつも仕事の時に使っているリュックサックだった。水筒は使えそうだが、他はどうだろうか。家で勉強するかも微妙な宅建の教科書はまあ役に立たないだろう。そもそもが上司にやる気あるアピールをするために念のため持っていたみたいなものだ。入社前に少し勉強したが、仕事が始まってからはあまり触っていなかった。
ノートPCなんかは基本持ち帰らないないので、バッグの中には入っていない。通信できなくても割と便利だったろうが。
「というか携帯は…あった!っていうかスーツで寝てたのか」
いつも入れているスーツの上着右ポケットに、それはあった。しかも二つ。自分用と会社から支給されたものだ。もちろんどちらもスマートフォンだ。
「どっちもちゃんと充電はある。でも圏外なのはまあ想像通りか」
社用携帯は事務所にいる間基本ノートPCに繋ぎっぱなしだったおかげかほとんど充電は減っていない。元々自分のやつに関しては100%だ。それもそのはずで、仕事中使えるタイミングがないのは言わずもがな、唯一触れるはずの昼休みも忙しくてほとんど取れない。おかげで遊んでいたソシャゲはスタミナが溢れ、もったいないと思いつつもやらなくなってしまった。
左ポケットにはハンカチが入っていた。いつも母が朝用意してくれていたものだ。
「母さん…。心配してるよな。急にいなくなったことになったりしてるのかな」
申し訳なさのような感情を感じつつ、バッグを取り背負う。
ここまで不可解な状況ではあるが、自分がある程度冷静に物事を考えていること、着慣れた格好、背中に感じる確かな重みから、いよいよ夢である可能性を捨てなければならないようだ。
「もう、行くしかない」
動かないと始まらない。そう確信した俺は歩き出し、再び広く伸びた道に辿り着く。向かって左側、街の方角に顔を向ける。
「よし、行こう」
距離はあるし、向かったところで状況が好転するとは限らない。でも、ここで野垂れ死にするわけにはいかない。そうして俺は、遂に道に踏み出し進み始めた。