転生~異世界の不動産事情~①
水面を揺蕩うような感覚と共に、ゆっくりと目を開く。何もないが、真っ暗ではない。薄暗い空間を微かに照らしているのは、俺の真上から注ぎ、遠くにあることだけが分かる光源だった。その中に見えるのは、自分の部屋のようで、リビングのようでもあり、よく行くラーメン屋のようにも見え、働いている事務所のようにも見えた。
そしてその光は、少しずつ俺から遠ざかっていくようだった。いや、俺が離れていっているのか。何もない空間でも、何となくそんな気がした。下に下に沈んでいるようだと。
朧げな意識のままふと考える。
(あれ、ここどこだ…。確か、さっきまでロープレやってて、それで…。明日は、早出して営業ミーティングがあるから…早く書類を片付けて、それで…)
自分の置かれた状況を把握できない。というよりも、夢の中で、まるでそれが当たり前であるかのように感じる現象と似ているかもしれない。意識を失った時と今、あまりにも整合性のない状況であるはずなのに、それを疑問とは思わなかった。
そしてついに、唯一辺りを照らしていた光は、俺の元まで届かなくなった。距離の問題なのか、それとも光自体が弱くなったからなのかはわからない。何も見えなくなる、そう思った時。
先ほどよりも強い光が、闇に飲まれるはずだった景色を照らした。そしてその光は、だんだんと強さを増しているように感じる。
(これは…)
光の源は、俺の後ろからだ。ゆっくりと落ちていく俺が、徐々にその光に近づいてる。それに気づき、この空間で目覚めてから初めて、体を動かそうとした。重い。動かそうとした手と頭は、何もない空間でも寝転がって接地しているかのような窮屈さと、光の方向への重力が働いているように感じた。
それでも踏ん張り、少しだけ上半身を、できる限り首を回すことができた。どうにか視界に入れた光は、やはり俺との距離を少しずつ縮めていき、そしてその中に、最初の光とは別のものが見えた。だが、今度見るそれは、部屋や事務所のような見覚えのあるものではなかった。
(街、なのか)
そこにうっすらと見えるのは、日本の2階建ての一軒家よりも高い建物が並ぶ通り、石造りのように見える薄い茶色と灰色がメインの室内、そして先の光景とはかけ離れた豪奢な外観の城、そして泣いている女の子。ベッドに寝ているのは彼女のおじいちゃんだろうか、女の子が手を握り必死に何かを訴えている。
ゲームや映画の中でしか見たことのないような光景が映り込んでくる。でも違和感を覚えたりはしなかった。今の状況自体理解できていないのだ。今更新しい情報があっても、それを処理するだけの余力もないし、気分でもない。
体勢を変えるのに頑張りすぎたからか、どっと疲労感が襲ってくる。元の体勢に戻るのは何故か簡単だった。状態を戻し、強くなっていく周囲の明るさも関係なしに眠くなっていく。
瞼を閉じ、先ほどまで見ていたものへの関心はほとんどなくなっていた。適度な疲れによってもたらされた心地良い眠気は、かなり久しぶりに、翌日の仕事への憂鬱さや億劫さを俺に感じさせずに、休む権利を与えてくれたようだ。
(この何も考えなくていい感じ、いいな)
そんなことを思いながらも微睡む意識は、そこで完全に途切れた。