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第四話 お前らはそろってお人よしすぎるんだ

 イアンはエレクトラを握りしめて奉行所に駆込んだ。本来ならイアンのような身分の人間は何を話そうが信じてもらえない所だが、今回ばかりは事情が違う。

 妖精を見せると、彼らは驚いた。異種族を目にしていることがあり得ないだけあり、

「一体どうしたのだ、これは?」と厳しくイアンに問い詰めた。

「妖精をこの地方に勝手に持ち込む不届者がいたんでさあ」

 イアンは、ひたすら鳴に不幸をもたらせることだけで笑っていた。

「その名前は?」

「高崎鳴。最近このあたりに住み着いたよそ者です」

「まだ教会の名簿に記載されて二週間たっていない不信心者だ」

「ええ、分かりますとも分かりますとも!」

 イアンは別に法に従おうとして密告に行ったのではなかった。鳴以外にも、今まで自分を虐げてきた村人への単なる復讐に過ぎない。

 羊飼いは決して地位の高い仕事ではない。

 イアンには最初から、彼らへの愛着や配慮などありはしなかった。


 真夜中、キルデリクの家に何者かが押掛けてきた。乱雑な足取りで部屋中を歩き回り、すっかり寝込んでいた鳴を叩き起こした。

「お前が高崎鳴か?」

「……え?」

 胸倉をつかまれたまま、鳴は眠りから覚めた。

 あまりにも唐突過ぎて、恐怖も感じなかった。

「な、何があったの?」

 ブリュンヒルデも目覚めた。

「こいつが高崎鳴かと問うているのだ!」

 官憲はいきりたった。

 ヒルダは直感で、ただならぬ出来事が起きたのを悟り声を荒げる。

「何なの、あんたたち! 出て行って!」

 だがブリュンヒルデを蹴倒して、連中は鳴を無理やり外に連れ去った。

「お前が妖精をハイランドに入れたんだな!?」

 男たちは鳴のあちこちはがっちりと締め上げながら詰問。

「し、知らない!!」

「知らないとは言わせんぞ。この瓶は何だ」

「ホラズムから輸出された妖精のことが書かれている。お前はなぜそんなものを持っていたんだ」

 鳴は何も言えなかった。丘に隠していたはずの瓶がそこにあるということは、誰かに密告されたということだから。

(俺の動きが、最初から見られてたってのか)

「こいつ、答えるんだ!」

 鳴は無理やり抑える手を振りほどこうとしたが、再び頭を叩かれて意識を失いかけた。

 鳴はどこか暗い場所に閉じ込められ、一体何が起きたのか問うことも許されず木の棒で何十回も激しく打ち付けられた。両腕を粗い縄で縛られ、馬車に横たえられた。

 薄れゆく意識の中で、鳴はまさか妖精のことが漏れたのではないかと気づいてしまった。そうなればどうなるか。だが、もはや心配すら暇すら彼らは与えなかった。


 エレクトラは、檻で身動きが取れなかった。

 単なる檻ではない。魔力によって生じた透明な壁の中に閉じ込められている。

(人間の奴ら、私をこんな所に閉じ込めやがって)

 すでに、鳴からもらったパンや肉を口にしていたのでかなり気力を取り戻していた。以前ほどの力はないが、それでも窮地を脱するだけの放電した。

 魔法の壁が解けた。

「くそっ、妖精め!!」

 人間の声がする。しかし、妖精は物陰に隠れてうまくやりすごした。そして、壁の下に空いた排水溝から外に出た。

 その後はすぐさま建物から外に逃れ、どこからともなく逃げて行った。しかし、鳴のことが気にかかってならなかった。

(やっぱりあいつのことが忘れられない。どうしてあの人間のことばかり気にかかるんだろう)


 日の出からまだ時間のある頃、本来なら人間がすっかり寝静まっている時に何百人もの集団が広場に鎮座していた。誰もが異様な空気をはたと感じ取った。

 カルミナ村の住民が総出で呼び出された。

 鳴はそこに、ヒルダがいるのを息で知った。誰もが、恐怖の表情に満ちていた。

 白い僧衣をまとった人間が鳴を杖で叩きながら、

「この男が妖精を持ち込んだのを知っている人間はいるか?」 威圧感ましましで説く。

 この男はガストン司教。この地の宗教生活をとりもち、かつ貴族と組んで領民の貢納を管理している支配層の人間だ。

 教会の権威は絶対だった。世俗の君主ですら、彼らには逆らえない。天国への道を絶たれてしまうからだ。

 進み出たのはキルデリク。

「知りません。それは彼の独断によるものです」

 キルデリクは眉間を一つも動かさなかった。

 ガストン司教はどうやら彼の言葉を信じたらしい。

「この男は元からどういう行動をとっていた? 罪を犯すそぶりを見せなかったか?」

 鳴には、この状況が初めて経験するものだとは思えなかった。

 群衆の前に醜態をさらされ、自分の罪を説かれる光景が。

 杖で鳴の頭を叩きながら司教は詰め寄った。

「貴様は知らなかったのか?」

 鳴はそう問い詰められると答えがなかった。

(今、疑われているのは俺だけじゃない。みんなが疑われているんだ)

「俺は……」

 自分の無知な善意を、悔いたくなる。

 だが司教は鳴に言い訳する余地など与えなかった。

「ファース法典第五章の異種族に関する法律でハイランド地方での人間以外の知的種族の生存は禁止されている。異種族の持ち込みなど言語同断だ」

 その声は厳しさに満ちていたが、しかし抑揚の乱れを見せることなく、高らかだった。なるほど説教で聴衆を魅了してきたのだろう。

「かつて百二十年前、ハイランド公がこの地を征服された時、あのお方は二度とこの地に異種族が戻らないようにその種を徹底的に絶ち滅ぼされたのだ」

 自分に関係ないことであっても、鳴は激高した。

「どうしてだ。同じ心があるのに、どうしてそんな暴挙が許されるんだ!!」

 司教は顔色一つ変えずに告げた。

「それが神の御心だからだ!」

 鳴は絶句した。同じ人間でありながら、ここまで価値観が違うのか。

「この世界を人間で満たすことが定めなのだ。そこに寸分の過ちもない!」

 ガストンは群衆の一人の異変を見逃さなかった。

「そこな娘、どうやら異存があるようだな?」

 ブリュンヒルデが呼ばれた。

「いえ、知りません。全てその男の一存によるものです」

 震えさせながら。

 鳴はやや安堵した。だがガストン司教の言葉が彼の感情を揺さぶり続けた。

「ならば今やこの男の処遇は確定した。高崎鳴は永遠にこのハイランドから絶たれねばならない。もう二度とこの地に戻ることはない。もし戻る時は、死体としてだ」

 追放。それは温情ではない。

 死ぬよりも過酷だ。

 ガストンは鳴を傲然と見下ろしながら、

「この男が永遠に呪われるように!」

 呪文のように流れる呪詛。

「貴様は昼も夜も呪われる。貴様が歩く土も貴様を見下ろす空も貴様を呪う。誰一人貴様を守るものはいない」

 それがすべて神の御名において行われているのだ。

「今や貴様に未来はない。せいぜい朽ち果てるのを待つがいい」

 押し倒された。鳴は放心状態になった。

 まさか妖精を守っただけでこんなことになるとは思わなかったのだ。

(こんな馬鹿なことがあっていいのか。なぜ妖精が生きているだけのことがそんなに罪なんだ)

 この張り詰めた空気の中で、ヒルダは叫んだ。

「鳴がここにいられなくなるなんて……」

 腕を振り乱して、前の列の人間を押そうとする。

「待って、なら私も行く!」

「女は黙ってろ!」

 キルデリクが無理やり黙らせる。

「こいつはもうこの村の人間じゃないんだ。呪われた存在になったんだ」

 無論、キルデリクもこの法の存在がおかしいことは知っている。鳴の罪に悪意がないことも。

 だが、村全体の安定のためには犠牲になってもらわなくてはならない。

「この村全員が証人だ。お前はもはやここに安息を得ることはない」

 ガストンが祈りを捧げると、住民たちは四散した。鳴には、この数時間がまるでこの異世界で過ごした時間より長いように感じられた。

 ブリュンヒルデは絶望した。もう二度と鳴に会えなくなるなど、彼女にとっては 耐えがたかった。


 猶予は一か月。

 もう誰も鳴に口を利こうとはしなかった。

 権威ある人間の言葉は絶大だった。鳴の悪評は広がっていった。

 もうキルデリクも鳴に話すことはなかった。

 ヒルダも小声で話すだけだった。この外との往来が少ない環境では全体的な雰囲気に抗うのは非常に難しいことだ。

「ごめん」 ヒルダはささやいた。

「全部俺のせいだ」 鳴も小声で言った。鳴は

 ヒルダはそれでも、鳴をどこかで責めたがっている自分がいることを恥じていた。だがこの閉ざされた村では、鳴のことを気遣うことすら空気が許さない。

 猶予の一ヵ月が終わりかけていた。鳴はすでに荷造りを終えていた。とはいえ、わずか数日を生きられるだけの物資だ。

 死刑と何も変わらない。いや、長い時間をかけてじわじわと野垂れ死にさせる時点では、すぐ殺されるより残酷な処遇だ。

 ヒルダは、鳴が死んでしまうものと信じて疑わなかった。

 にも拘わらず、鳴がさほど打ちのめされたようには見えないこと、いやそれを期待しているようにすら見えることが、不可解でならなかった。

 鳴が村を出る日、ヒルダを除いて、誰も見送りにいかなかった。

 呪われてしまった存在に触れることなど、憚られることだった。

 しかしヒルダはあえて鳴の目の前にいた。それが鳴にとっては、何よりも辛かった。

「俺が嫌いじゃないのか?」

 ヒルダはか細い声で叫んだ。

「もう、会えなくなるのよ? 寂しく……ないの?」 ヒルダには、鳴の死ぬ姿が見えているかのようだった。

「別に。そもそもここにいるべき人間でもないしな」

「何それ? そんな冷たい人だったなんて」

 ヒルダが誤解しないように、注意深く言い聞かせる鳴。

「理由があるんだ。俺には俺の事情があるんだよ」

 ヒルダはもはや鳴のそういう言葉を聞くのに堪えられない様子で、

「いつもそう言う。あなたは一体何者なの? 一体どこから来たの?」

「前に言っただろ。俺は元の世界に戻らなくちゃいけないんだ」

 鳴は、その言葉を繰り返すのが暴力でしかないと分かっていた。

(また、人を傷つけるようなことをしてしまった)

「ねえ、どうして?」

「帰るためなんだ。姉さんに会うために」

 鳴は、村を区切る石壁の門の方で少し立ち止まった。ブリュンヒルデがついてきてしまうかと思ったが、足音はしなかった。村と言う名前の壁が二人をはばんでいた。

 鳴はもう二度と振り返らなかった。わずか数日生きていけるだけの物資を背負いながら、先の見えない旅路についた。

 鳴は無論つらかったが、それでもどこか安心した気分だった。これで、もう村の人々の顔色をうかがうこともないのだから。ひとまず、獣を狩ったり木の実を食べたりして生き永らえることはできるだろう。今置かれている状況があまりに過酷であるにも関わらず、目の前の光景はどこまでも自然にあふれていた。使者を思わせる、ひんやりとした空気。危険な闇がすぐ迫っている。野宿するにも一面平坦過ぎて、場所がない。

 しばらく歩くと、もう位置すら分からない。地図がないだけで、世界が広く、つかみようがないものだという実感がわく。だが鳴はもう彼のことを待ち望んでいた。

(そろそろ、あいつからの連絡が来る頃だ)

 すると、それが聞こえた。霧のように薄暗い空間が、それまでの自然にとって代わった。

 カスパールの姿があった。初めて会った時からほとんど変わっていない。まるで、人間の経験する変化を捨て去ってしまったような虚無があった。

「無事カルミナでの修練を終えられたな」

「あいつらは見ず知らずの俺を一人の人間として受け入れてくれた。うっかりするともうあそこで暮らすことに安息を覚えそうだったよ」

 カスパールは、ゲームのキャラを育成するかのような感覚で話しかけてくる。

「この世界は日本とは環境が違うからな。適応する必要があったのだ」

 淡々としているのがやや引っかかる。こちらとしては感情を揺さぶられたり生死をかけた場面に遭遇したり、気が気でないのだが。

「さて……次にお前には王都に向かってもらう」

「王都だって?」

「アルカディア首都サイネリア。この国で最も大きな都市だ。そこにお前を待っているものがいる。お前の旅路を切り開くものがそこにいるのだ」

「距離はどれくらいなんだ?」

「首都への道路は整備されている。そこを歩けば一か月もかからない」

 カスパールは相変わらず肝心なことを言わない。だが従うしかないのだ。

「やれやれ、今度は俺をどんな目に合わせようってんだ」

「臆することはない。すでに仲間がいるではないか」

(仲間だって?) 疑問を覚えた時にはすでに賢者の姿はなかった。

 わずかに赤い帯が地平線に沿って流れている。背後にはひたすら闇が続いている。

 鳴は孤独を感じた。人間がいない。ただ虫の鳴き声だけだ。人間がいない場所では、誰一人助けを求めることなどできない。数日も生きていられない。

 確かに、共同体から追放されるのが事実上の死なのも納得した。

 すると、わずかな風の流れが鳴の額をかすめた。

 ささやかな光が視界の上を覆った。

 それがあの時助けた妖精だと気づくのに時間はかからなかった。

「エレクトラ? 俺を見捨てたんじゃなかったのか」

 妖精は、静かに鳴の顔を見た。

「だって、あたしだって身寄りがないもん」

 もう妖精の顔に怒りはない。ただそれでも、全く信用しているというわけでもないらしかった。すがっているような視線だった。だがそんな表情になりたいのは鳴の方だった。

「それに……あんたには借りがある。助けてもらったことのお返しをしなきゃいけない」

(なんで、こういう風に助けられるんだろう。俺にはあいつら以外に何のつてもないのに)

「なんでお前らはそろってお人よしすぎるんだ? カルミナの連中もだしお前もだ。まるで呪文にでもかかってるかのようじゃないか」

「何言ってんの。妖精は人間みたいに騙したりしないよ」

 軽口をたたき合う間にも、彼方では静寂のうちに夜が明けようとしている。

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