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第十八話 私に案がございます

 昨日の戦勝を引きずるかのように、人々の士気は高揚していた。その士気に答えるかのように、

「諸君見たか! 我がキュクロプスは見事に敵の軍勢を打ち破って見せたぞ」

 男爵は誇った。兵士たちはまるで全員同じ人間であるかのように、単調な歓声。巨人は魔法の結界に包まれ鎖でつながれていたが、自ら従順さを示すかのようにあぐらをかいている。

 巨人はさして嬉しそうな表情ではなかった。むしろ人間に使われ続けることをどこかで憂えているような目つきだった。誰もがその顔を見ているとしても、さして心配していると言える人間は一人もいなさそうだった。かつて魔族を崇拝していた人間は、いつの間にか魔族を奴隷としてこき使うようになっていたのだ。

 だが男爵には巨人を虐げている自覚など皆無だった。巨人を道具として扱った上で、そこから織りなされる状況の方を憂えていた。

 未だに勝敗は決していない。男爵は無論束の間の勝利に糠喜びしているわけではない。いっそのこと、巨人があと数体いればわざわざこんな場所で一進一退の戦闘に興じていなくてもよいはずなのだ。だが、その巨人に立向かい、討ち取ろうとする何者かがいた。

 これもまた、男爵の心筋を寒くする。一体奴らは、どんな怖ろしい魔物を擁しているのか。どうやって我が軍を脅かすのか。


 この一方で、大公軍の方には張り詰めた空気がみなぎっていた。

 問題は巨人なのだ。ただの巨人ではなく、恐らくは魔法によって以上に強化されている。しかも大柄なだけではなく、動作も俊敏だ。

「奴がいる限り、ラルガ軍は我々に対して絶対的な優位にある。形成を逆転するのは限りなく難しい」

 鳴は彼らの役に立ちたいと思った。たとえそれがどれだけ敵に苦しみをもたらすことだとしても、鳴はここで彼らに力を貸したいとは思わずにはいられなくなった。

 鳴は、手を挙げてこう告げた。

「私に案がございます」

 鳴が進み出て、静かに語りかけた。

「巨人を殺すのは俺にやらせてください」

 ヘルムートよりも先に、兵士たちの方が鳴の存在に気づいた。そして、敵愾心の混じった目で

「お前みたいに軟弱な小僧に何ができるんだ?」「どうせまた一人殺されるだけだ!!」

 激しい剣幕に、たじろがない鳴。

「俺にも秘策があります。犠牲を出すわけにはいかない」

「死人を出してこそ戦争だ!」

 血気にはやった男たちががなり立てる。

「傷を負う! 血を流す! それを楽しみにしなきゃやっていられないだろうが!」

 やはり、彼らは野蛮だと思った。上の命令を嫌々ながら履行するどころか、戦うことが最初から目的になってしまっている。

 ステファンは、鳴のことなど何ら関心がない様子で、

「これだけ若い男が自らの力を発揮しようとしているのだ。少しは期待したらどうだ」

 にやりと仲間たちに笑って見せる。伊達な服装のせいで、本気なのか酔狂なのか分からないが。

 鳴は男たちに向かって笑顔を見せた。無論、ここでの笑顔が朗らかな物であるはずもなかった。

(姉ちゃんに会うためなら、俺はどんな手段でもいとわない)

 鳴はもう一度、兵士たちに向かってしたり顔を向けた。彼らは鳴の真意をつかみそこねるかのように怪訝な顔を見せた。

 ヘルムートが言った。

「良いだろう。お前の案を申せ」

「私にはブーケファルスという名の駿馬がございます。走っては千里を駆け、空を飛ぶこと太陽に及ぶほどの」

「もしや、昨日の戦いで虚空を飛び、あの巨人を討伐しようとしたのは貴様か」

「仰せの通りです」 若干の当惑と驚きが聞こえた。

 鳴は、自分の軽はずみな行動に厳しい叱責があるものと覚悟していた。

 だがヘルムートは、彼の言葉に思い当たることがあった。

 剛速球で駆ける、空を飛ぶ馬。噂では聞いたことがある。

 かつてその馬を乗りこなす人間がこのアルカディアにもいたという。しかし、今その英雄は裏切者、悪魔の使いという汚名を受けて、消息を絶ったのではないか。

(空を飛ぶ馬……まさかそんなはずは)

 だがそれまでだった。ヘルムートは、そんな疑惑を微塵も見せず、

「500マナリオの褒賞を与えよう。だが失敗すればどうなるか」

 鳴は自信満々にうなずき、群衆の中に紛れて行った。こうして、妙な空気を残したまま軍議が終わった。


 冷汗をかきながら鳴は幕舎に戻っていた。基本正直者であることを免れ得ない鳴には、

「あんたがそんな顔を浮かべる奴だなんて思わなかったよ、鳴」

 エレクトラが鳴のあちこちを飛び回り、甲冑を身体に装着させていく。

「司令官殿が本当に俺の言葉を聞いてくださるなんて期待してなかったんだよ。ただでさえ苦闘だというのにさ」

「知ってるよ。鳴ってそんな自信がある方じゃないからさ。あのじいさんが」

「おい……声が大きいぞ」

 この時ばかりは、エレクトラの方が肝がすわっていると鳴は感じた。さすがは戦士の家系に属する妖精だ。

「鳴って戦うの怖くないの? 敵と間近に戦ってるのに」

「嫌だよ。怖い。本当なら戦わないでいたい……けれど、そうじゃなければ自分が死ぬだけなんだ」

 あえて、軽装で挑むことにした。頭には何も被らず、鎖帷子を着て上に白いシャツを着ただけだ。以前ならこれでも十分重かったが、兜を着ないだけでも十分身軽に思える。

「あいつを殺すには、あまり重い物は着たくないんだ」

 無論、防御を重んじるに越したことはないが、あの瞬間を考えると万全な装備はかえって命取りになる。

 ちゃんとフィットしたかどうか、身体をまさぐりながら、

「まだ俺はあいつを乗りこなせていないんだ。あれ以外にも何か他の力があるのかもしれないし。それは俺自身にすら分からない」

(俺が力を鍛えていけばいくほど、あいつも未知の力に目覚めていくのだろうか)

 姉がいた。何かを話していた。それから……

(涙?)

 朦朧とした記憶の中で、鳴と麻理が何かを話している。だが、一体何の記憶なのかそこまでは思い出せない。いや、その二人だけではない。知らない誰かとも話している。

 鳴は、その記憶が何なのか手繰り寄せようとした。しかし、すぐさま現実に引き戻された。

「どうかした?」

 エレクトラが空中を羽ばたきながら尋ねる。

「なんでもない!」

 事実、そうだった。一瞬だけ今のように思えた記憶はもう、遠い過去の物になっていた。


 再び、男爵の軍と大公の軍が対峙した。だが今回は、全く大公軍は敵勢に突撃する様子を見せなかった。

 鳴とブーケファルスが進み出た。

「貴様一人か! 決闘でも申し込むつもりか!?」

「剣さえ持っておらんのか!? 戦をなめるか、貴様!」

(どうしてこいつは思い違いをしているんだ。戦いに流儀があるって)

「キュクロプス! あやつを潰してしまえ!!」

 巨人が近づいてきた。昨日よりも皺が寄り、恐ろしい顔をしていた。

 鳴はどう動けばいいか、すでに知っていた。

 ブーケファルスの翼が爆音をあげた。空の悲鳴のように、兵士たちには聞こえた。

 誰もが少なくともこの世界では、誰一人として耳にしたことのない種類の音だった。

 電撃が思い切り横に伸び、薙刀のように曲線を描く。

 思い切り刃を薙ぎ払った。千切れるような感触と音が鳴の感覚に伝わってきた。

ブーケファルスは再び四足歩行の馬に戻り、頭上に鳴をまたがらせた。

 この間わずか一分程度。

 鳴は北方向に高速で引き返し、彼方へと消えていく。

「お……俺たちのキュクロプスがやられた!!」

 男爵は硬直していた。野望が一瞬にして潰えた。

 驚愕と絶望で、その顔は青白くなっていた。

「殿下! ご撤退の命令を!!」

 すぐ傍にいた騎士が、男爵の耳に向かって叫ぶ。

 司令官が、すぐさま目の前を向く。

「――て」

 男爵は、天を呪うかのように空を見上げ、絶叫。

「撤退! 撤退せよ!!」

 大公軍は一気に勢いづいた。

「おお……男爵の軍隊が逃げ出していくぞ」「追撃だ!!」

 もはや彼らに怖い物などなかった。ここで徹底的に殲滅しなければ、後で必ず再起され、逆襲される。そうならないためには徹底的にたたき切る他ない。

 巨人の後ろ盾を失った男爵軍は、まさに烏合の衆だった。もはや統制も取れず、散り散りになった軍勢は狩りの獲物のようだった。


 鳴はその後に起きたことをあまり思い出したくない。血を見ることに慣れてから久しいが、人間同士が殺し合う場面に快感を覚えることなどついぞなかった。

 たとえ武勲を重んじ、敵をより多く殺すことが名誉だとされても、鳴はそんな風潮に従って英雄になどならないと神に誓った。

 次第に日が傾きつつある頃、荒野から男爵の軍隊は姿を消していた。あるのは打ち捨てられた屍と武器だけだった。ここで力尽きた人間の一人一人にも喜怒哀楽があったかと思うと、鳴は罪悪感を覚えないでもなかった。しかし味方にとってそれは功名心を刺激されるものだった。

 帰還すると、早速司令官から褒賞をもらった。彼は約束を忠実に履行した。

「高咲鳴! お前はよく尽くしてくれた!」

 ヘルムートは衆人環視の中で鳴を称えた。

 鳴は側近の兵士から、500マナリオの金貨を手渡された。この程度の子供が贅沢な褒賞を与えられたことに、誰もがどよめいた。

「これほどの少年がキュクロプスを倒すとは、一体どんな妖術を使ったのか……」

「後生畏るべしだな!」

 それからは、すぐに戦争のことに話題が移り、人々は興奮がさめやらないまま勢いで具申。

「このまま我々はラルガ地方に攻め寄せるべきです!」

 しかしそんな誘いには乗らないヘルムート。

「否! 大公閣下はあくまでも防衛のみを我々に命じられた」

 鳴から目を話し、

「我々の目的は敵が自然に瓦解するのを待つことのみ。いずれ奴らは男爵を弑して自ら軍門に降るだろう。その時を待つのだ」

 いずれ、ラルガ地方もハイランド大公の支配下に置かれるのだろう。実にしたたかな御仁だと思った。無論、鳴にとっても無関心ではいられない。それはゴードンにとってこの上なく不都合な状況なのだら……。

 そこまで思うと、急に王子の安否が気になって仕方がなかった。


 夜になると、鳴は誰からもなれなれしく扱われた。

「この男を称えよ!!!」

 男たちは宴に興じていた。誰もが酒を飲んでいた。即興で下手な詩を詠み、ラルガ地方に行けばどんな美女と寝れるかとかいったよもやま話にばかり打ち込んでいた。

 鳴にはそのどれも聞くに堪えなかったし、何も飲み食いする気にはなれなかった。しかし男たちの軽薄な好意が鳴の遠慮を許さないのである。

「英雄! 遠慮するな!」

 鳴はすっかり途方に暮れてしまった。さっさとこんな息苦しい場所を去って、北への旅路を急ぎたい所なのに、兵士たちがそれを許さない。

「では私は、半分だけ頂こうと思います」

「おお……なんと謙虚な……!」

 嫌々ながら、酒杯から飲んだ。

 その時、鳴は違和感を覚えた。まるで泥水のような、苦い味がしたからだ。だがさすがにそんなことを彼らに言うわけにはいかなかった。

 朝の反感を見せる様子とは対照的なまでの様子だった。彼らが自分勝手な厚遇に満足するのを見計らって、ようやく人気の少ない場所にまで逃げおおせることができた。

(全くこんな喧騒から逃れて、一人でぐっすり休みたい……)

 遠くから聞き覚えのある声で鳴の名を叫ぶ者がいた。

 ステファンがいた。鳴は驚いた。

「生き残っちまったよ。今度も」

 彼が戦死せずに生き残ることができたことに喜びつつも、ステファンの自重するような様子に鳴は寂寥感を覚えた。鳴は傭兵の横に座って話を始めた。

「戦場では二回も同じ奴の姿を見ることは稀さ。お前は数少ない例外の一人だよ」

「そうなんですね」(ああ……こんなことは名誉でもなんでもない)

 焚火に目をそらしつつ、

「次会う時は敵同士かもしれんな」

「そんな不吉な……」

 と言いかけ、すぐに口をつぐむ。この世界では、敵と味方が容易に入れ替わる。カルミナ村でもそうだし、エルフの里でもそうだった。

「少し、戦とは何の関係もない話になりますけど……アントニアノープルについて何か知らない? 色んな国を旅してるから何か知ってると思って」

「北国の港か? 俺は陸路でここに来たからあそこは通ったことがない。ただ噂によると……」

 ステファンは小休止を置いて、

「ローゼンクロイツとかいう魔法研究家の一族が支配しているそうだ」

薔薇十字ローゼンクロイツ……!?」

 その仰々しい響きに、思わずオウム返しする鳴。

「数百年由緒正しい家柄だそうだ。何でも魔法の開発で名声を得ているそうだが」

 一縷の望みを抱いた。

(だとすれば……俺が元の世界に帰る方法を知っているかもしれない)

 やはり、思ったほどこの世界は未開ではないのだ。必ず何かを知っている人間はいる。鳴は早急にあの賢者たちを出し抜いてやりたかった。

 そんな事情は露知らないステファンには、鳴の思惑など皆目見当がつかなかった。

「でもなぜ、お前がそんなことに興味を?」

「個人的な動機ですよ」

 エレクトラもまた、笑顔を浮かべた。鳴と秘密を共有していることか、彼女の自己認識にもある種の特別感を抱かせたからだ。

「戦いで疲れたんで僕はもう寝ますね……では、また」

 鳴自身にも把握しきれないほど膨大な種類の感情をこめて、鳴は別れの挨拶を。

「また会うとも限らないのにな……」

 鳴の後ろ姿は、もう英雄のそれなどではない。

 ステファンはしかし、鳴を蔑みきれない部分があった。

 鳴は、名声や金が欲しいという感じでは全くなさそうだった。あるかもしれないが、それを示すにはあまりに淡泊な表情だった。

 そういう態度に別に賞賛の意志を示すわけではないし、むしろ斜に構える方なのだがだそれでも、ステファンは自分のやったことにまごつくところがあった。

 鳴が何のために力を貸したのか、どうしても理解できないのだ。ステファンは、彼の心の内を想像しきれない、自分の卑小な世界観を持っていることを悔やんだ。

(もしかしたらあいつはこの世界の人間じゃないのかもしれないな……)

 鳴は、顔が引きつった。不自然な笑いが浮かべられてきた。

(思い返すと、俺はあまりにも俗っぽい人間だ)

 もうこれまで経験してきたことからして、すでに名誉を求めるような精神構造ではないはずだが、鳴はまだ自分にどこか独りよがりな一面があることに若干の当惑を隠せなかった。

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