第十二話 こんな異種族見たことない
エレクトラはすすり泣きながら森をさまよっていた。ほとんど絶望的な気分だった。
「鳴、どこに行っちゃったの?」
宿主が魔法によって重傷を負った瞬間にエレクトラはその体を抜け出し、今では薄暗い森の中をさまよっていた。ベティス川の下流へとずんずん降っていき、鳴がどこにいるか夜通し探し回ったのだがついぞ見つからなかったのである。そしてそのまま、いつ急に寝落ちしてもおかしくないほどの疲労を感じていた。
「どうしよう……私このままじゃ……」
だがその時、木々の向こう、エレクトラは自分以外の生物がこの近くを歩いているのを目にした。
茶髪で、南国のターバンを巻いている一人の子供だ。
その意匠からしてホラズム人と見える。エレクトラは思わず身構えた。彼らはエレクトラたち妖精を奴隷のようにして虐げた民族だからだ。それだけではない。少女の隣には銀色に輝く巨体の異様な生物がいる。ゴーレムかと思った。しかしそれにしては、あまりにも表面が人形のように綺麗すぎる。エレクトラはまじまじと巨人を見つめた。見れば見るほど、巨人は形容のしがたい姿をしていた。
思わずその行き先が気になり、妖精は低く飛んで、彼らの後を追った。
だが、彼らはすぐ妖精の存在に気づいてしまった。
「ルウルウ。こちらに接近する生命反応を感知した」
巨体が突然洞穴でこだまするようなうなり声をひねり出す。
「えっ?」 ルウルウと呼ばれた少女は思わず振り向いた。
「ごく小型であり、敵意は感じ取れない」 一切視線を変えず、前を向いて歩き続ける巨人。
その時エレクトラは巨人と少女にもう一つの生き物がいることに気づいた。
「妖精がんすよ。何も怖がることはないでがんす」
不意に口元を抑えるエレクトラ。その生き物とは、樽に短い手と足のついた不格好な人形めいた姿だった。そして妖精の恐怖を掻き立てたのは、樽状の胴体についた横長の穴に、ロウソクのような明かりが灯っていたからだ。
(こんな異種族見たことない。まるで鎧に幽霊が憑依してるみたい)
「あなた、妖精なの?」
(やばい! こいつらに捕まったら――)
うっかり好奇心を見せたのが間違いだった。ホラズム人に捕まればどうなるか恐怖を
「ちょっと逃げないでよ!」
エレクトラは逃げられなかった。後ろから謎の何かで引っ張られていくからだ。
「あなたは逃げられない。このビームには物体を引き付ける力がある」
「先輩、いくらなんでも乱暴でがんす!」 慌てる樽。
突然、吸引力が弱まった。エレクトラは怒りに震えながら、
「あなたたちホラズム人なんかに死んでも捕まるもんか!」 そそくさと離れようとする。
「ちょっと待ってよ! 私は悪い人じゃない。確かに妖精のみんなに嫌われてもおかしくないかもしれないけど、全部がそうじゃないの」
少女は必死に懇願する。
その後に巨人が、ごく無感情で棒読みな言葉を発した。
「あなたはどこに行く? その口調、感情、発汗から察するに行く当てがないようだ」
エレクトラは同じ位置ではためいた。
(あいつ、私の一挙手一投足を把握してるの?)
巨人の頭には一つの巨大な目玉があり、その周りでまびさしのような溝が何本も走り、その間を星のような光がまたたいている。
(私には鳴がいるのに……)
「やめて、ファドラーン。あの子がかわいそうじゃない」
巨人が少女の言葉に耳を傾けると、エレクトラは急に体の自由を取り戻した。
(何今の……? 魔法……?)
「ごめん、この子はまだ人間社会に慣れなくてちょっとずれた所があるの……でも安心して。悪い奴じゃないから!」
少女はルウルウと名乗った。日焼けした肌顔には白いベールを被り、耳の上に赤い花をさしている。
いかにも重そうなかばんを持っている。そして、両手に手袋は不思議な光沢を放っている。
しかし少女のお供をしている二つの奇妙な生き物にエレクトラは目を驚かされた。一つはルウルウの背丈を半分も越す、銀色の巨人だ。顔には細長い青い目を数十本もつけており、そこから四肢にかけて筋が走っている。
エレクトラには、その体は金属でもガラスでも造られているように見えた。具体的なものをあげるなら、ブーケファルスのような質感と近いと思った。
「あなたの体、一体何でできてるの?」
青い光が明滅して巨人は、
「本機の材質はオリハルコン……」
「そんなごたくはいいから。こいつはファドラーン。遺跡から発掘された古代の機械人形なの」
「古代の?」
ルウルウは目を輝かせて、
「そう。数千年前の古代文明の遺跡から発掘されたの。まだまだ付き合いは短いんだけど」
ファドラーンはやはりほとんど感情の読み取れない声で淡々と説明し続ける。それはまるで演説のような雰囲気があった。目の前の誰かと話していないかのようだった。
「本機の正式名称は、太陽系第五惑星の防衛隊所属ティアマト36」
やはりエレクトラには半分も理解することのできない言葉だった。
それから背の低い、まるで樽に四肢のついた不格好な人形の頭をなでて、
「で、こっちはヒシャーム。私が13歳の時に学校の課題で作ったの」
「ローテクなれども、心は人間でがんす!」
どうやらファドラーンよりは簡素な技術で作られていると言いたいらしいが、ファドラーンよりも人間くさい声色だった。
(すっごく変な奴ら)
しかし、悪い感じはしなかった。生き物であって生き物ではない、こんな珍奇な種族を目にするのは初めてだったからだ。そしてそれを見つけ、製作したという少女についてまさにもっと知りたいと思ったから。
だが、そもそもの疑問。
「でも、何でホラズム人がアルカディアなんかに?」
この二国間は決して良好な関係ではない。そもそも戦争があるというのに、滞在するのは大いに危険を伴うことではないのだろうか。
するとルウルウは頭をかきながら、気難しい表情に。
「うん……分かってる。それについては複雑な経緯になるんだけど」
彼らは木陰に潜んで、休憩を取った。
ルウルウは長方形の中に様々な道具を持っていた。どうやら人形の修理に用いるらしいが、その半分以上はエレクトラの知識では理解の及ばない代物だった。魔法に使う薬草や生贄のことならよく知っているが、この金属の道具については何も言えないのである。
エレクトラには、不思議な道具を数々たずさえたルウルウも十分魔物か何かに見えた。
しかし特に目を驚かせたのは、四角い形をした薄い箱だった。
袋の中から小麦粉や砂糖を混ぜて、箱のふたを閉める。それから数分たって呼び鈴のような音が鳴り、開けてみるとおいしそうなパンができあがったのである。
エレクトラは、その技術の驚異に目を見張った。
「すごい!」 この時ばかりは、ホラズム人に対する不安も、鳴の安否も気にならなくなっていた。
「ルウルウが一年前完成させたフードプロセッサーでがんす」 ヒシャームは得意げに叫びつつ、ほおばる。
エレクトラは、魔法で似たことができるだろうかと考えた。魔法で何かをあぶったりすることはできても、こちらから何の制御もせずに食物を完成されられるほど魔法は便利な技術ではない。
「ファドラーン、あなたは食べないの?」
「本機は太陽光の充電で活動する。人間のような食事は必要ない……」
どうせ煩雑な説明しかされないと思ったので、
「で、ルウルウが旅してる目的って?」
少女はやけに重々しい表情になった。
「師匠がね、いなくなったの」
「師匠?」
「この大陸の北の果てにあるエリュシオンに行ってくるって私に言い残して旅に出ちゃったの。私は師匠がどうなったのか知りたいの。その先に何があるかまだ分からないけど、もしかしたら手がかりが見つかるかもしれないと思って……こうして旅をしてる」
「へえ……」
エレクトラにはルウルウの目指すものが何か、皆目見当がつかなかった。ただ、彼女の顔がいつになく真剣だったので
今度はルウルウの方が尋ねる番だった。
「でも、どうしてエレクトラちゃんはここに?」
妖精はまごついた。
仕方なくここまでのことを話すことにした。
ルウルウは、思わず同情した。妖精が扱いを受けていることは薄々知っていたがそこまで悲惨とは思わなかった。
「ひどい奴らでがんす!」
「でも、その鳴って人は違うんだ。私を対等な存在だって認めてくれた。でもあいつは何だか他の奴と少し違うの」
エレクトラは、鳴が別の世界から来た存在だということは伏せておこうと思ったが、話すことにした。
「別の世界? そんなのがあるなんて……」
「本機が以前で活動していた時期には、すでに46個の平行宇宙が確認されていた」
まるでファドラーンは昨日やおとといのことのような感覚で昔を語った。
「46個も!?」 驚いてかじりつくルウルウ。
「平行世界へ移動する手段も開発されていた。しかしアストリア連邦との界境を巡る紛争で崩壊が起き……」
だがファドラーンが話し尽くすことはなかった。突然大きな音が響いて側にあった樹に巨大な板がささったからだ。
いや、板ではない。それは巨大な札だった。紫色の表面に奇怪な文様の描かれた札。
「何、あれは……?」
「敵襲がんす!」
ヒシャームが恐怖に叫ぶ。
「あいつらか……逃げないと!」
すでにルウルウは道具をかばんに片付け、立ち上がっていた。
「誰……あの人たち?」
ルウルウの目つきが一気に険しさを覚える。
「『黒い秘跡』だよ。神秘主義思想にかぶれた危険な奴ら!」
「この世界の支配者になるために、秘宝の地図をかき集めてる奴らでがんす!」
「遅いぞ小娘。すでに貴様らは我らが手中にある!」
高い木の上に、全身を黒いベールに包んだ男が叫ぶ。
「この『アメジスト』の気高き一撃を喰らうがよい!」
あの札が地上に放たれ、はぜる。
「あーもう、どうすれば!」
彼らは逃げた。しかし、アメジストはむささびのように枝の間を飛び移り、エレクトラたちとの距離を詰めていく。
ルウルウの心配そうな表情を見ると、エレクトラも何かしてあげたくなった。だが、肝心な宿主がいない。
「私の魔法が使えたら……」
『魔法』という言葉にファドラーンが反応する。
「本機に提案がある」
「提案?」
ファドラーンの短い言葉でもルウルウは驚いた。彼が自発的に話すのは、めったにないことだから。
「妖精はの力は分析可能だ。理由は、宇宙連合軍は魔法の技術を完成させていたことによる」
「つ、つまり!?」 せかす妖精。
「妖精の魔法をコピーして攻撃することが、本機のみの力で可能となる」
どうやら、ファドラーンはエレクトラの魔法を使えるということらしい。
妖精は藁にも縋る思いで機械人形の無機質な顔を見た。
「エレクトラ、本機の前に立ってくれ」
その時、妖精は何が起きたのか分からなかった。
突然球形の檻に包まれたかと思うと、無数の文字や方程式が走ってファドラーンの目玉に吸い込まれていく。そしてそれが終わった時には、より明るい目をしていた。
「解析完了。本機の背後に下がれ……攻撃の開始まで……」
その様子を遠巻きに見ていたアメジストは高く笑った。、
「ふん! 貴様らがどう動こうが我々の敵ではないわ!」
すでに片手に札を構え、投げつけようとしていた。
巨大な稲妻が石弓のような勢いで砂地を駆けていった。
エレクトラはその威力に、隣で驚いていた。
魔法を放った手から硝煙を吹かすファドラーン。
アメジストはその電撃を喰らった。その秘密のローブによって致命傷にはなってはいないが、表面を黒く焦がしていた。
両足でかろうじて立っており、倒れることだけは免れたようだ。しかしもはや戦う体力は削られた。
「小娘め、覚えておれよ!」
アメジストは捨て台詞を吐くと黒い煙に身を包んでどこかへと消えた。
その時、袖の中から小さい何かがこぼれ落ちた。
「ありがとう!」
脅威が去ったのを喜んで、エレクトラはファドラーンにキスした。
だがファドラーンの装甲は冷たかった。その体は黙っていた。
「どうしたの。つれないわね」
ルウルウは苦笑した。
だが数秒の間に、ファドラーンの筋のような目に不規則な点滅。
「言語処理機能に遅延が生じた」
黄色い光が灯る。それは何かの困惑を意味していた。
「え?」
ファドラーンの言葉にはひたすら難解な語彙ばかりが多い。
「どうしたの?」
ヒシャームが説明。
「エレクトラ、先輩は言葉の意味がよく分からないみたいでがんす」
ルウルウはふざけた。
「それって好きってことじゃないかな?」
「『好き』。……理解不能。……そのような感情は本機にインストールされていない」
ファドラーンは人間のように表情で感情を表すことはない。
しかし心なしか、ファドラーンが動揺しているようにエレクトラには見えた。それが何よりも人間臭くて、エレクトラは思わず顔がほころんだ。
だが、長く彼らといることはできない。彼への信頼がそれを許さない。
とにかく、鳴を探さなければならない。
「私、できるならあなたと冒険したいな」
エレクトラはためらいがちに言った。
だがルウルウも、妖精の先の言葉を知っていた。
「言葉は嬉しいよ。でも……」
「でも、私たちは、自分の物語を生きなきゃいけない」
あの二人は風車や水車のように、何かの仕組みで動く機械だ。にも拘わらず、人間のように話したり動いたりする。それが妖精にとってはひたすら驚きだった。
鳴に会ったら、ぜひとも例の三人について詳しく聞かせたいと思った。
(案外、人間を信じるのも楽しいことなのかも)
すでに妖精は、ベティス川の下流へ向かっていった。それがどれだけ可能性がい低いとしても、鳴が生きている確立にかけてエレクトラは再び自分の物語を始めることにした。
ルウルウも、エレクトラに対してことに興味をそそるものがあった。彼女が妖精の数少ない生き残りであるという悲劇もそうだが、師匠が基本的に人間の力を過信しており、人間の知識以外の何かに頼ろうとする雰囲気を極力見せなかったからだ。
だから、彼女の師匠は魔法に対してことに毛嫌いする視線を隠さなかった。
「魔法だって!?これからは科学の時代だ。科学が人間の生活を豊かにし、繁栄させるんだ」
いつも同じ調子で、魔法がどれだけ一部の独占されており、そのために衰退の一途をたどっているかくどくどと述べ立てるのである。
「でも、科学と魔法が融合して新しい文明が誕生するとしたら面白いと思いません?」
少女の無垢な空想も、師匠の前ではたわけた考えとして片付けられてしまう。
「それはない。なぜなら古代人たちは魔法によらず文明を発達させたのだから!」
師匠のここだけはどうしても是認できない所だった。だから魔法生物にも師匠はさして興味を持たなかった。そのためにルウルウも妖精などとはほとんど関りを持たずに生きていた。だが今回の経験はルウルウに、魔法と科学という二項対立の世界観を見直させるには十分だった。
エレクトラの姿を見送り、再び行先に向かおうとしたとき、ヒシャームが何かを取り上げて見上げる。
「ルウルウ、気になることがあったでがんす」
「えっ、何?」 ルウルウもしゃがんでヒシャームと同じ高さに。
「さっきのアメジストとかいうやつ、逃げる時にふと何かを落としてたでがんすよ。小さな紙きれを見つけたでがんす」
ルウルウはメモを見た。その文章を読むうちに、次第にあっけにとられていく。
「そんな……師匠が『黒き秘蹟』と連絡を取り合ってたなんて」
ファドラーンが珍しく自分から言葉を発した。
「本機にもそのメモを見せてほしい」
その目が不思議な光を放ち、そして薄らいでいく。
「神の表面に薬品を検知した。特殊な光を当てなければ浮かびあることがない」
「特殊な光?」
「本機の性能ではこの塗料の裏にある物を感知できない。非常に強固なセキュリティだ……本機が活動していた時期もこれほど濃い薬品は見たことがない」
ルウルウは安心した。師匠がそんな悪党と手を組む人間であるはずがない。
(きっとそうよ。師匠があいつらに簡単に協力するわけない。何か裏があるはず)
「とりあえず、これは貴重な資料いいでがんすね?」
ルウルウは目の前を見た。まだ道は広がっている。
(うんうん、旅はまだ始まったばかりなのよ。この世界には知らないことがたくさんあるんだから!)
「未知の冒険へ、いざしゅっぱーつ!」