初めての獲物
団地のなかは清潔で美しかった。
長い廊下は滑らかで塵ひとつないし、一定間隔で並んだ天井の灯は煌々と輝き、両側に並ぶ家々のドアを照らしている。
一度、わたしのブーツから瓦礫のかけらが落ちたが、ネズミほどのサイズの小さな掃除機械が猛烈な勢いで駆け寄り、ぱくりと喰らってしまった。機械は六輪のタイヤを唸らせて、廊下の彼方へと消え去った。
視界に矢印が出現した。
セバスチャンだ。進むべきルートを示しているらしい。
矢印はすぐ左にあるドアを指していた。
ノブを回す。鍵はかかっていない。
部屋の中はーー空だった。
床板もなければ、壁紙もない、家具もない。うちっぱなしのコンクリだけだ。バスやトイレがあるべき空間は、ただの立方体の箱になっている。壁の穴は水道菅用だろうか。
室内は廊下と異なり、ぎょっとするほど汚れていた。
なんらかの動物の体毛やフンがあちこちに落ちてある。
さきほどの掃除機械の担当領域は、共用部のみということか。
セバスチャンの矢印は窓から出て、下方に向かっている。
ガラスのはまっていない窓枠から顔を突き出すと、向かいには、また同じような団地が見えた。
そちらの団地の部屋は緑がかっている。植物だ。
「なあ、あれ」
〝ええ、あちらの棟は建物の更新が遅れています〟
視界の矢印はベランダから真下に向かい、二十メートルほど下方の空中回廊を辿って向かいの建物に進んでいる。
「この高さでも、いけるかな?」
〝もちろんで御座います〟
わたしは跳んで、なめらかに着地した。
さきほど跳躍したときより、恐怖は少なかった。
この体の身体能力に慣れてきたのか。
〝この棟を抜けて、さらに奥の棟に行けば、そこそこ豊かな生態系があります〟
「見てきたみたいな口ぶりだね」
〝じっさいに見たのです。領域外にも五十年に一度ほどのペースで監視ドローンを送ってきましたから〟
「へえ、どの程度の距離まで飛ばしたんだい?」
〝五キロほどです〟
「案外、短いんだな」
〝仕方ありません。ドローンの遠隔操作中は塔周辺の結界を消す必要があるのです。周囲を探るのに夢中になって、建設機械に襲われたら元も子もありません〟
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セバスチャンの指定した棟では、廊下にまで植物が張り出していた。ひとつ目の棟で見かけた小さな掃除機械の姿はない。雨の日の森のような匂いが立ち込めている。
手近にあった部屋の扉を開けると、キジに似た鳥たちがバサバサと空に飛び立っていった。羽の色は周りのコンクリートそっくりの灰色だ。保護色として進化したのだろうか。
セバスチャンがいう。
〝旦那様。次はベランダ側から侵入したほうがよろしいかと〟
「だな」
わたしは、キジたちの巣を踏みしだきながら、そのままベランダ伝いに隣の部屋に移った。
この部屋にはキジはいなかった。
次の部屋のベランダに移動する。
いた。さきほどのキジが一羽。キッチンカウンターの上で身を起こし、こちらをじっと見つめている。
わたしはレーザー銃を構えた。
キジが翼を広げる。
引き金を絞ると、キジはその場にバサりと倒れた。
近づくと、首筋に黒い穴が空いていた。
〝お見事です!〟と、セバスチャン。
こんなに大きな生き物を、自分の手で殺生したのは初めてだ。わたしはキジの遺体の前で両手を合わせた。いつも妻の遺灰にしていたように、短く浄土真宗の経文を唱える。
それから、アーマーの内ポケットに入れていた袋を取り出し、キジを放り込んだ。袋の口を縛り、腰にぶら下げる。
はじめての狩りにしては、いい滑り出しだ。
わたしは早くも今晩のディナーについて考え始めた。
シンプルに焼き鳥がいいだろうか。
それとも、フライドチキン?
ローストチキンも捨てがたいものがある。