排泄物再利用スーツ
〝はい、その通りです。わたくしは指定範囲外に出て行くことができませんので、必要物資はあなたに調達いただくほかないのです〟
わたしは少女の身体で頭をかいた。
「しかし、三日とは。せめて、1ヶ月分くらいの備蓄がある状態で起こしてほしかったな」
〝申し訳ありません。しかし、一日分の食糧を作るためのエネルギーを施設の維持に回せば、およそ三ヶ月の覚醒の延長が図れます。あなたを構築するのは控え、救助を待つのが最適な戦略だったのです。あいにく、助けが来る前に物資が切れてしまったため、あなたに目覚めていただくほかありませんでしたが〟
頷くしかなかった。
このAIはやるだけのことはやっている。
「ご理解感謝します」と、AI。
わたしはまた頭をかいた。
「それで、外は安全なのか?」
〝危険はあります。ワタクシが最後に指定範囲外を観察できたのは二千年も前のことですが、当時、既にさまざまな脅威が存在していました〟
「たとえば?」
「出現率が高いのは、ワタクシが〝掃除機械〟と分類したものです。全長は一メートルから百メートルまでさまざま。もとは都市に生じた小動物の駆除装置だったようですが、いまは人類をも対象にしかねないかと〟
ゾッとしない話だ。
〝しかし、ご安心ください。装備は十分にございます〟
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「戦争にでも備えていたのか?」
わたしが立っているのは、家のドアから非常階段を降りて五層下にあった巨大倉庫だ。軍用品が所狭しと並んでいる。
全高数メートルの大型パワードスーツ、多脚戦車、トンボのようなオーニソプター。壁のラックには、ずらりと並んだ大小の銃器。防弾チョッキに脛当て、肩パッド、弾帯。
〝大断絶前のワタクシおよび、ワタクシの創造主がどのような事態に備えていたのかはわかりません。ただ、大型兵器の大半はエネルギーが切れています。稼働するのに必要なエネルギーは、システム全体の延命に使用しました〟
「使えるものはあるのか?」
そう訊いた瞬間、銃器やボディアーマーの一部が蛍光色のふちどりに彩られた。
ライトアップやホログラムではない。
視界そのものに表示されている。
思わず目に手を当てたが、もちろん眼鏡などはしていないし、コンタクトの類も入っていない。
「これは、君が?」
〝はい。あなたの網膜情報に干渉させていただきました。いま、あなたに聴こえている声と同じ原理です。脳の聴覚野や視覚野のニューロンの流れの一部を操作しているのです。この声は、じっさいに音波として出力されているわけではありません。あなたの脳が音を聴こえていると思い込んでいるだけです〟
わたしは自分の頭を撫でた。
「どういう原理だい? 脳に通信機でも埋め込んでいるのかい?」
〝もっとスマートなものです。あなたを構築するときに、脳内にバイオコンピュータを生成させたのです。コンピュータはあなたの血流や体温をエネルギーに稼働し、このような通信や網膜表示を可能にしています〟
たいした技術だ。わたしの中の科学者魂が、状況も忘れてワクワクしたが、すぐに嫌なことに思い当たった。
「なあ、ひょっとして、君はわたしの思考が読めるのか?」
〝あなたが望めば、ですが〟
「いや、けっこうだよ」
わたしはAIが表示する指示に従って、ラックにかかっていた無骨な全身用アーマーに体を潜り込ませた。アーマーは半ば自動的に、わたしの小柄な体にフィットする。
股間に奇妙な感覚があった。
何か細いものが体内に入ってくる。
「おいおい!なんだこれは」
〝一般環境用機械戦闘服です。簡易版のパワードスーツですね。使用者の日常動作によって生じる摩擦熱をエネルギーとして蓄え、戦闘時に解放します〟
「そうじゃない。股間が変なんだ!」
〝尿として排泄する水分を再利用することで、補充なしでの戦闘行動を可能とするのです。ご理解ください〟
もちろん、再利用するのは尿だけではなかったし、そのための管も入ってきた。
まったくもって世も末だ。
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