食糧問題
わたしはカーテンを閉めると、浴室にとって返し、もう一度生ぬるい湯につかった。
AIがいう。
〝心中お察しいたします〟
わたしは答えずに目を閉じた。
これはきっと夢だ。
わたしは、まだ冷凍保存されたままなのだ。
そして、未来で解凍されるときを待っている。
目覚める先は、二十二世紀ごろだろう。美しい高層ビルが立ち並び、人々は海外旅行くらいの気分で火星に出かけ、月で採集されるヘリウム3による完全核融合によりエネルギー問題はすべて解決されている。世界人口は200億を超えているが、惑星への植民が始まっているため、閉塞感はない。皆が希望に燃えている時代だ。わたしは年寄りではあるが、きっと何か一つくらいは他人の役に立つこともできるだろう。
AIが頭の中でいう。
〝ご安心ください。ここにいる限り、あなたは安全です〟
わたしは何も答えない。
〝そうだ。明日は映画でもご覧になってはいかがでしょうか? 申し上げましたよう、ワタクシ、古代映画のデータ再現に成功しているのです。およそ185699本の映画が鑑賞可能です。映画というものは実に素晴らしいものです。ワタクシは映画から人類のすべてを学びました。愛、友情、努力、悲哀、勝利、映画には人類のすべてが詰まっております。アルフレッド・ヒッチコックは申しました。映画とはすなわちーー〟
「もう黙ってくれ」
声が止んだ。
わたしは大きく息を吐くと、そのまま眠りに落ちた。
⭐︎⭐︎⭐︎
翌日、身震いして目を覚ました。
体を包んでいた湯がなくなっている。
やはりこの悪夢は現実なのか。
「寒いじゃないか」
〝申し訳ありません。雑菌が繁殖すると健康の害となりますので。もっとも、あなたの肉体は完璧です。免疫力が高いので、そう簡単に病気にはなりませんが〟
「それはどうも」
わたしは手足を伸ばして湯船から出た。
たしかにこの体は、以前のわたしの身体より優れている。67歳の身体は、どれだけ寝ても体の芯にずっしりとした疲労があったし、節々は傷んだし、すぐに息切れした。
それがいまや、固い風呂桶の中で目覚めたと言うのに、全身の筋肉に力が満ちている。
腹が鳴り、わたしはリビングに移動した。
例の食料庫から、味のまったくしないエネルギーバーを取り出し、ひたすらに続く巨大団地群を眺めながらもしゃもしゃと食べる。
それから、この不可思議な家の探索に取り掛かった。
もっとも、三部屋しかないのですぐに終わった。
私が目覚めた浴室兼トイレ。
食料庫とベッドのある12畳ほどのリビング。
それに、パントリー付きキッチンだ。
カウンターに、流し台らしき凹みとIH式と思われるコンロがあった。冷蔵庫はない。戸棚にはシンプルな鍋が一つきり。
わたしは棚をコンコン叩きながらいった。
「なあ、この家には服というものがないのかい? 君は知らないかもしれないが、わたしの時代には人間は服を着る物だったんだ」
〝申し訳ございません。ご用意できませんでした〟
「未来の物質構築機とかでパパッと作れないのか?」
〝そうした構築機はありますが、原材料が不足しています。残された原材料の大半は、あなたという人体の構築に使ってしまいました。いまのわたしに作れるのは、一部の食糧だけです〟
「そうか」
わたしは頭をかいた。肩まである金色の髪がゆれる。
「一つ聞きたいんだが、食糧はあとどれくい作れるんだ? つまり、わたしが一日三食食べたとして、何日分?」
〝三日と一食分です〟
「少ないな! それがなくなったらどうなるんだ?」
〝外で調達していただくほかありません〟
「外って」わたしはキッチンの窓から外を指した。「この世界で、食糧を手に入れてこい、と?」