最終人類
「あれはなんだ?」
思わず声が出た。
少し掠れてはいるが、おしゃべり人形のように愛らしい声色だ。
団地に取りついている機械は、全長数キロメートルはありそうだった。何十本という腕でしがみつき、全身から突き出した無数のクレーンや破壊用ハンマー、パワーショベルで、建物を突き崩し、巨大な口のような部位に放り込んでいる。
建物の内部に潜んでいた鳥が、空に逃げ出す。
AIがいう。
〝更新です〟
「更新?」
〝あの機械は築年数の経った建物を破壊・再建しているのです〟
わたしは窓を開いた。
遠く、コンクリートが雪崩のように崩れ落ちる音が微かに響いている。破壊機械は葉っぱを食べる芋虫のように、ゆっくりと蠢いている。
窓べりに手を置くと、ヒビの入っていた建材が剥がれ落ち、どこまでも続く建物群の谷間へと落ちていった。
わたしはAIに訊いた。
「建物が定期的に更新されるなら、どうして私たちのいるここはボロボロなんだい?」
よくよく見ると、このビルだけ妙に年季が入っている。外壁には蔦のような植物が這い回り、あちこちで崩落し、内部の構造材が剥き出しになっている箇所まであった。
〝ワタクシが、このビルの周辺に電子的障壁を張っているからです。そのおかげで、このビルは、ああした建機の襲撃を免れているのです〟
「襲撃、ね。穏やかじゃないな。あれを操作している連中に作業を止めるように通達できないのかい?」
〝あの建機には、人は乗っていません。建機を操るAIは随分前に不調をきたし、勝手な自己増殖と自己改造を続けて、初めに与えられた「更新」の命令を、盲目的に続けています。自分が壊す建物の中に誰がいようが、何があろうがおかまいなしです。ワタクシが防御していなければ、この塔はあなたともども何万年か昔に食い尽くされたはずです〟
「あれを作った人間はどこにいった? なぜ、AIのメンテナンスをしないんだい?」
〝この世界には、あなた以外に人間はおりません〟
わたしは呼吸が浅くなるのを感じた。
うすうすわかってたいたことだが、正面から突きつけられるとキツイ。
〝大断絶から既に四万年ほど経っておりますが、これまで一人たりとも姿を見ておりません。おそらくですが、あなたがこの世で最後の人類ではないかと思われます〟