終末旅行スタート
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「よっと」
わたしはそういって、馬鹿でかいリュックを背負った。
中身はエネルギーバー六十四本に、焼き上がっていた擬似米粉フランスパン六本、水六リットル、砂糖十キロ、鳥油六キロ、植物ペースト六キロ、鳥卵二十個、簡易テント、羽毛の毛布、簡易コンロ、フライパン、箸、フォーク、スプーン、食器、そのほかもろもろ生活物資だ。
わたし自身の体重に匹敵するほどの重さだが、視野CADで設計したオリジナルリュックは問題なく耐えている。
膝を曲げてみると、アーマーの補助筋肉がすかさずフォローした。日本アルプスの歩荷もびっくりの荷だ。アーマーがなければ、そのまま転んで立ち上がれないだろう。
「本当に大丈夫なの? ボクも持つよ」リーリーンが不安げにいう。
わたしは「重いものは大人が持つものだよ」といって、家の扉を開け、非常階段に出た。
わたし、リーリーンに続いて、セバスチャンの蜘蛛型ドローンが出てきて、扉をガチャりと閉める。
リーリーンに説明してからドローンを登場させたのだが、彼女はまだ不安があるらしい。ドローンが背後で動くたびに、大きな猫耳がぴくぴく動いている。
セバスチャンがいう。
〝ほんとうに行くのですか?〟
〝言ったろう? 人が助けを必要としているなら、助けるのが人間だ〟
〝しかし、仮に亜人種を人だと捉えても、これほどのエネルギーを差し出すのは合理的ではありません。あなたが、目覚めてから蓄えてきたものの、ほぼ全てではありませんか〟
〝君は、映画やドラマが好きな割に論理的すぎやしないかい?〟
〝論理は大切です。あなたはHBOの『ゲームオブスローンズ』を観たことがないのですか? 英雄ジョン・スノウは常に義理と人情だけで動き、そのたびに全てが裏目に出て苦境に陥るのです。一方、悪役のサーセイ、ラニスターは、冷徹と論理を持って自己の利益を最大化します〟
〝そのドラマは観たことがないが、損得を説いても無意味だよ。君はわたしのカルテを見たことがないのか? わたしは汚染炉に飛び込んだんだよ?〟
〝ワタクシは、あなたの行為を責任感の現れだと捉えています。人類のための責任を果たしたのだと。だからこそ、いまの状況を考えて欲しいのです。あなたは最後の人類なのですよ。あなたに何かあれば、人類は滅ぶのです。いまは、あなた自身を守ることが、すなわち全人類を守ることなのです〟
〝わかってるさ。だが、食糧はまた確保できる。余裕があるんだから、助けてやりたいんだよ。たとえ、相手が君の基準では亜人種だとしてもね〟
〝あなたの深すぎる人類愛を計算に入れなかったのは、ワタクシの大誤算です〟
セバスチャンのドローンがわたしの周りを飛び回る。
〝くれぐれも慎重にお願いしますね。この世界には、ワタクシの大型探査ドローンを落としてしまうような存在が潜んでいるのですから〟
こうして、わたしはリーリーンと共に、団地世界の奥へと踏み出した。




