理想の終末暮らし
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構築システムの大型化は難産だったが、おかげで物資製造が格段に効率化した。
わたしは近隣の団地群で、配線を引きちぎり、ベランダの手すりを剥ぎ取り、廊下の電灯を外しまくった。足元で小さな保守機械が喚き立てたが、建材だって誰かに有用に使って欲しいはずだ。
あらゆる素材を製造機に放り込み、必要なパーツに生まれ変わらせる。
はんだごてを作った上で、大量の銅線と磁石を製造し、コイルを組み上げる。これでモーターの完成だ。羽をつけ、電熱線を組み合わせ、プラスチックパーツで覆えばドライヤーになる。強弱のスイッチをつけ忘れたので、ものすごい風が出てくるが、髪をすばやく乾かせるようになった。
大量の草を投入し、大きなシーツを二枚作る。端を縫い合わせ、鳥の羽を詰めれば羽毛布団だ。
何十個かのバネを、ベッドの板に並べ、厚めに作った布を被せれば、ほどよいスプリングベッドに生まれ変わる。
服も作った。布地を合わせてTシャツを作るのは難儀したが、一着できれば、それをセバスチャンがスキャンして増産できる。
途中、視野のなかにスキャンデータを表示させることを閃いた。わたしの目からは宙にTシャツが浮かんで見える。隣に表示するパレットを使えば色を自由に変更できるし、服の袖を摘んで伸ばせば長袖になる。
より直感的に操作できるCADというべきか。
草や大量の可燃性建材のほか、小型の機械をさらに何十台か採集した。それらから取り出したエネルギーを用いることで、セバスチャンの手足となるドローンを稼働できるようになった。
ドローンのおかげで、物作りの効率はさらにあがった。
とはいえ、ドローンはとにかくエネルギーを喰う。セバスチャンを動かしている塔のメイン動力からエネルギーを回すことをよしとしなかったので、わたしは頻繁にエネルギーのための狩りを余儀なくされた。
問題の解決の鍵は、建材の成分分析のさいに見つかった。
セバスチャンは取り込んだ素材を分解して保存する。分解のレベルはさまざまだが、それに先立って成分分析が行われており、わたしは役立つものが潜んでいないかとデータを眺めていた。
そのさい、団地の躯体に大量のシリコン、ゲルマニウム、ガリウムが用いられていることに気付いた。
すぐにピンときた。わたしの本業は発電屋だ。この三つは半導体の基本素材だ。そして、これだけの量の半導体を必要とするのは太陽光発電以外にない。
考えてみれば、この世界はダイソン球なのだ。ダイソン球は太陽の放射エネルギーを余さず利用するための構造物だ。おそらく、この世界の建造物は本来、大規模な太陽光発電システムを備えていたのではないだろうか。その後、建築機械が暴走し、めちゃくちゃに作り替えたが、素材そのものは躯体に練り込まれている。
とはいえ、ソーラーパネルの構築は手間がかかった。発電の原理は、P型半導体とN型半導体の接合にあると覚えていても、細かな部品の構成や接続方法は試行錯誤するしかない。
セバスチャンが有用なデータを用意してくれればよかったのだが、このAIは兵器に関する知識と、膨大な映画やドラマのデータ以外は持っていない。せめて、太陽光発電をテーマにしたドキュメンタリー番組の一つくらいは欲しかった。
視覚野でのシミュレーションのおかげで、比較的短期間で開発に成功したとはいえ、太陽光発電が軌道に乗るには三ヶ月かかった。
そして、わたしは理想の生活を手に入れた。




