異世界漢メシ
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わたしは、また次の部屋に移り、さらに二羽を狩った。簡単すぎる。どうやら鳥たちは銃に対する警戒心がないらしい。
〝ひとまず、これで十分かと〟
セバスチャンの言葉に従ってわたしは塔に戻った。
武器庫でボディアーマーを脱ぐ。股間に入っていた管が抜ける時、例によって薄気味悪い感覚があった。
「このアーマー、洗濯しなくていいのかい?」
〝自己清浄機能がありますので、放っておいて大丈夫です〟
わたしはアーマーをラックにかけると、獲物袋とセラミックナイフを手に非常階段を登って自宅に帰った。
キッチンカウンターに三羽のキジもどきを並べる。
「で、どうする?」
〝どうする、とは?〟
「料理だよ」
〝ワタクシにはできかねます〟
「物質構築機とやらは? 食材を放り込めば焼き鳥になって出てくるんじゃないのかい?」
〝構築できるのは三次元出力データがあるものに限ります。シンクの排水溝がディスポーザーになっていますので、押し込んでいただければ、完全栄養食になら加工可能です〟
「つまり、ほかのものを食べたければ、わたしがやるしかないのか」
〝申し訳ありません。もう少しエネルギーに余裕があればドローンでお手伝いできるのですが〟
「いいさ、妻が身体を壊してからはわたしも料理していたからね。ただ、調味料だけはどうにもならないな。塩、醤油、砂糖、何かないのかい?」
〝塩や砂糖はご用意できます、鳥の一匹を解体してディスポーザーに入れていただければ、その血液中に含まれるナトリウムや糖分を抽出、精製いたします〟
わたしはカウンターそのものをまな板がわりに、さくさくキジをバラした。セラミックナイフの切れ味は半端ではない。骨までも容易にカットする。
鳩の各部位をディスポーザーに落とすと、排水口のなかで刃が鳩を粉々にする音が聞こえた。それから、何か小さな唸りのような音が聞こえた。セバスチャンが分解・加工しているのだろう。
しばらくすると、完全栄養食ことエネルギーバーの入っている白い箱が「チン」と音を立てた。
箱の扉を開けると、狩りに出る前にはなかった白い棒が二本、隅っこに加わっていた。
どうやら、この箱こそが構築機、もしくはどこかに隠された構築機の出力口らしい。
取り出してそれぞれを舐めてみる。
塩と砂糖だ。
「すごい仕組みだな。なあ、たとえばだけど、油も作れたりするかな?」
〝お安い御用です〟
また構築機がチンという。
蓋を開くと黄色みがかった棒があった。
匂いを嗅いでみる。
少し鉄臭いが、まさに鶏油だ。
なんと便利な。鶏油を作るには、本来、鶏皮をじっくり炒める必要があるのに。
わたしは二羽目のキジを捌いた。今度は食べる用なのでさきほどより丁寧に行う。羽をむしり、お尻を切り落とし、腹を開いて臓物を出す。鳥モツは好物だが、醤油や味噌がなくては作るのが難しいので、泣く泣くディスポーザーに放り込む。手元に残った部位を、慎重に手羽元や手羽先、胸肉、もも肉に分解する。
「調味料がまだ足りない。酒は用意できるかい?」
〝難しいですね。塩や砂糖、油は鳥の体内にもとから存在するものですので抽出・精製は容易でしたが、アルコールは出力データが必要になります。一滴でもあれば、構成要素を分析・再生できるのですが〟
「今後の宿題だな。とりあえず、いまある材料でできるものを作るか。ちなみに、君のデータバンクにレシピはあるかな?」
〝申し訳ありませんが、ございません〟
わたしは少し考えて、セバスチャンに羽毛のセルロースからラップフィルムを構築させた。
レシピがないなら、覚えているものを作るしかない。
それから、胸肉から皮をはぎ、油、砂糖、塩の順ですり込む。
あとは肉をラップで巻いて準備完了だ。
使わなかった肉はもったいないが、すべてディスポーザーに放り込んだ。
わたしはラップで巻いた肉をカウンターの隅に置くと、のんびりと風呂に入った。
一時間ほど、うつらうつらと仮眠をとりながらリラックスする。
それから、体を震わせて湯を跳ね飛ばし、肉の元に向かった。
ラップから出して、流水で砂糖と塩を軽く洗い流す。
それから、もう一度ラップでくるみ、湯を沸かした鍋に入れる。いったん沸騰がおさまり、その後、もう一度沸騰したところで火を止め、冷めるのを待つ。
完全に冷めたら取り出してラップを外し、ナイフで薄く切り分ける。
〝これは何なのですか?〟と、セバスチャン。
わたしは微笑んだ。
「鶏ハムだよ。もともとは妻の得意料理だ」




