陽だまりの楽譜
自分はなんでもできてしまう、周りとは違う。
自分に特別を求めていた、自分ができる事だけに目を向けていただけ、これから先の勉強“全部”出来ただろうか、勉強を覚える以外に考え深められたか、身近で起こる時事“全部”ずっと覚えられたか、全ての部活に入り一位が取れただろうか、プロに繋がっただろうか。
恥ずかしい。
ここに来てから何度もそう思う。
井の中の蛙とはまさに自分のことだ、海も知らず全てを知ったつもりでゲコゲコ鳴いていたのだ。
下線の心情は理解できても目の前の人達の気持ちはこれっぽちも理解できていなかったじゃないか。
恥ずかしい
恥ずかしい
恥ずかしい
悔しい
やり直したい
恥ずかしい
「ちょっと、ヤヨイ!ヤヨイってば」
腕をひかれようやく真横でしかめ面をするルゼに気がつく。
「あ…」
呆けた声をあげると早く行かなきゃと急かされまた腕を引かれるから慌てて立ち上がる。
さっきまでいたホテリエ達はいなくなっていて状況もわからないまま急いで部屋をでて走らされる。
ホテルをでると外は綺麗な夕焼けが広がっていた、時間の早さを感じているとルゼは巨大なホウキをだし座る。
ヤヨイをホウキに跨らせると勢いよく飛び上がり頬に流れる風が痛いほどの速度でどこかへ向かう。
「ごめん、ちゃんと聞いていなくて」
少し強張った横顔がこちらを向くと吃驚した様子に変わり少し顔を顰めると可愛らしく微笑み
「お仕事」
と首を傾げた。
暫くすると洋風の城が見えて来る、
城は黒い霧で覆われて禍々しく見える。
不思議な事に城壁で線を引いたように霧が止まっている。
「ルゼ、あれは…?仕事って、あれがノイズなのか」
「あんなになるまで溜まるなんて…酷いことになってるわね、ノイズってのはあの霧があるところに湧くんだけど…普通あんなに溜まらないし一回霧を晴らしたらしばらく湧かないの。さっき城が大変だって聞いて今急いで行ってるってとこ」
「そこで…俺に何かできるのか」
「できるわよ、私もそこはよく知らないんだけど」
悪戯に笑うとホウキは城に向かい降っていく、
大量のノイズが城壁と城の間にひしめいている。
「ちょっと無茶するから頑張ってよヤヨイ」
ルゼはホウキごと魔法で包むと城の中へ入った、城の中にもノイズが溢れて行進している。
真上を駆け抜けるが一切反応しない、感知されない魔法なのだろうか。
行進に合わせて進むと曲が聞こえてきた、
曲が大きくなるにつれ霧が晴れていく、ノイズ達は霧が薄くなるとそこで足踏みをして詰まっている。
「あいつら霧がないとこには入れないのか」
「そうよ、でもこれだけ周りにあるから時間の問題。城壁の魔法で霧を止めてたけどここがいっぱいになったら溢れて外でちゃうわね。」
曲が流れている部屋に入ると2人の人影が見えた。
満身創痍の小さな王子とメイドがそこにいた、
曲は後奏だったようで着くと同時に鳴り止み王子がガクリとしゃがみこむ。
身なりで王子とわかるような礼装、うつむいた横顔にかかる金髪からオリーブ色の瞳が見える。
隣にはシンプルでクラシックな印象のメイド服、くらげのような髪型、白菫色の髪と瞳をした澄ましたメイド。
「どうしてこんなに…、君以外に人は?」
ルゼが王子の背中を撫でながらメイドに問う。
「昨晩から城を包む様に霧がたちこめ止みません。最初は全員で対応していましたが全ての霧を晴らしても繰り返し霧がたちこめてしまいどうにもならず、目の届かない場所で誰か倒れたりしないようにと、日の出に合わせ皆街へ逃しました。」
髪型と似た氷のような澄んだ声で返すと少し唇を噛んだ。
「なんとかするから、安心して。核の周りならともかくこれだけの霧は異常だわ、一体どうして…」
辺りの霧は晴れているが時間の問題だろう、それまでにせめて原因だけでも、と話すルゼと王子達、王子の喉は枯れ無理矢理話そうとするが声にならずメイドができる限りを代わって話している。
迫る霧の中ヤヨイは何かできないかとルゼから受けた説明を思い出す。
『パルティシオンは』
『何千年かに』
『魔女は生まれると』
何か
『ノイズに意志はなく』
『ガラスのような見た目に反して』
何か…
『1つ2つの国が』
『11の国は必ず』
お前、頭良いんだろ…!!!
こめかみが痛む、何か、何か、瞼を閉じ記憶を反芻する。
「あ…」
閉じた瞼が開く。
ルゼがノイズについて話していた時に見せていた古びた本。
“ノイズは負の感情で増強される、そしてそれは負の感情を抱く者の力に比例する”
そう記載されていたはずだ。
「あの、何かネガティブなこと考えてたりしてませんか、昨日の、晩から。例えば誰か嫌いなやつ死んで欲しいとか王子辞めたいとか」
活路を見つけた気になり突然話し出したヤヨイに気をとられ間ができる。
「確かに…負の感情でノイズは力を得るけど…ここまで増幅するなんてよっぽどよ。」
難しい顔をするルゼ、首を振る王子
「昨晩目立ったことはなく私がここに居るのも自分の意志でございます、ロイ様も首を振られるのであれば…他に思い当たる事も、大きな出来事もありません。」
メイドがそう言うと『ロイ』と呼ばれた王子が顔をあげ苦しげな表情でメイドを見つめる。
カチャン、カチャンとガラスの音が僅かだが大量に聞こえ始める、ノイズが近い。
結局何もないまま、時間を稼ぎいつか倒れるしか道はないのか。
結局、何もできないのか。
文章題で考えろ、察しの悪い自分にも何か見落としたものに気がつくかもしれないとヤヨイはまた考え始める。
倒れた王子、声が枯れるまで民を守り城で食い止めている、質問にも首を振る、この時の王子の気持ちは?
無い、違う。
側にいるメイド、感情がでにくい、人払いをする王子の側に就く…この時…
好意や尊敬からの義務感はありそうだがネガティブなものは見当たらない。
本当は王子が無理矢理側に置いて半ば心中のようになっている…?それでは人払いしてから今まで耐える理由が見つからない。
思い当たることがない、この時疲弊して息を整えるだけの王子が顔をあげた。
この時の王子、
明らかに何かある、昨日何かがあったんだ。
しかし自分はすぐ首を振って……
メイドだ、メイドが何もない事が引っかかった、わざわざ反応することから2人で働いた悪事を隠したいわけでもないだろう、王子にはメイドで大事に感じて欲しい何か、メイドが理由にならないと思うこと…。
「メイドさん」
ヤヨイがメイドを見据える、
不思議そうにヤヨイを見るメイド。
「昨日の晩、王子に何か大切なことを言われてないか」
王子がハッとした顔でこちらをみる、答えが近い。
しかしメイドは小さく首を振る
「いえ、ノイズに関わるようなことは。」
「何かは言われたんだな」
メイドは噛み付かんばかりの顔つきになり珍しく感情が強くでる。
が、近付くノイズの足音に反応して立ち上がる王子を見るとメイドの表情は焦りへ変わり視線を王子からヤヨイへ移すと
「求婚を…していただきました。」
今までの冷たく澄んだ声は震え悪事がバレた子供のようだ。
「返事は、したのか」
「大変喜ばしい事です、ですがお受けする事は許されません。私は身分もなければ見合う教養もございません。この場に居られる事がどんなに幸せな事か…」
うつむき長いまつ毛に瞳が隠れるが僅かに潤んでいる。
「そんなことない」
最早音でしかないが確かにそう聞こえた。
ロイだ。
悲しそうにメイドを見つめるその姿からロイに対する彼女の奉仕がいかに丁寧でいかに優秀な人物かがわかるようだ。
「ですが…」
寂し気な声をだし小指が少しスカートを握る。
黙って聞いていたルゼがメイドの手を握り顔を覗き込む。
「好きなんでしょ、守りたいんでしょ。」
ルゼの眼光に追い詰められていく
「目の端、ちょっと赤い。ノイズがこれだけ膨らむくらい悩んだし身分なんかが邪魔するから諦めようって何度も泣いてこすったんじゃないの?」
「違う…私は…喜んではいけない、この国が馬鹿にされてしまう、ロイ様にはもっと…」
「貴方しかいないから言ったのよ、こんな良い王様だもの、他にも残りたいって人沢山いたんじゃないかな、それでも全員逃がしたのに貴方だけには頼りたくてギリギリまで残してしまいたくなるくらい。」
そんな、と言葉がつまるメイド。
「今だって何もしていないのに」
悲壮に満ちた声で返す、聞けばロイはラニが側に居ることは許したものの戦闘には一切参加を許さずラニは着いてまわり霧を晴らいきる度ロイの回復や逃した者達への連絡を送っていたらしい。ルゼは血が出る程拳を握りしめてただ自分と国を守るロイの背中を見るだけの事を耐えたインクだらけになったメイドの手を両手で包むと
「ちゃんと、やってる。」
鼓舞するようにまた手を握った、メイドの呼吸が止まる
「私は…」
カシャン
近い
もう、扉の前だろうか。
ラニとルゼが構えるとフラついていたはずのロイが立ち上がり制止するように2人の前に手を伸ばした。
ヤヨイ達に深く頭を下げると扉の前に悠然と歩き待ち構えた。右手でギアに触れると左手に剣がでる、強く剣を握る左眼が光り文字が浮かぶ。
凛とした背中を見せていたロイが振り返るとメイドをみて優しく笑った。
「 」
枯れ果てた声
何を言っているかわからない。
しかしその言葉にはっと息を呑んだメイドは
「ごめんなさい」
と呟くとぼたぼたと涙を流し背を向けたロイに駆け寄り抱きしめた。
ロイは突然のことに驚きながら背中で泣くメイドを優しく撫でてやる。
ガチャン
扉が砕け押し寄せるノイズの大群
護るように突き飛ばす
ノイズの剣が頬を掠める
「ステージオン」
冷たく
寂しい曲が流れる
凍ってしまったようにノイズが止まる
「ラニ!!」
突き飛ばされたロイが叫ぶ
「ロイ様は、私に何もしなくて良いと命令なさいましたが」
声色にはでないが眼は潤み瞬きする度に涙が溢れる。
「私も、護りたい。私は、ロイ様が、」
気まずそうに下唇を噛み言葉が止んでしまう、曲は流れ続けてラニが深呼吸をする、泣きじゃくる少女は消え表情のみえない彼女がノイズを見据える。
暗く色が消えたかのような歌を呟くように歌い出す。
ラニがゆっくりノイズに近付き触れると粉々に砕け連鎖するように周りの数十体が砕けた。
しかしその奥長い長い廊下いっぱいにノイズがひしめき行進している。
歌と共に曲が一瞬止まる
すっとラニの呼吸が聞こえたかと思うと予想もつかないほどのロングシャウト
彼女の歌声を具現化させたかのような氷の渦が廊下に流れてノイズ達を飲む。
歌いきり一呼吸いれる時には視界にノイズはいなくラニは部屋をでると廊下を歩きまた歌いだす。
ルゼはホウキに座るとロイを後ろに乗せ、ヤヨイは並走してラニに続く。
また寂しい曲の中恋を憂いて逃げようとする歌を歌う。
歌詞の想いが強くなるほど周りが一斉に凍りはじけていくロイは寂しそうな顔をしてラニが城中のノイズを払う頃には俯いてしまっていた。
城の外にでる。
広い広い庭いっぱいのノイズ、廊下や大広間など比べものにならないくらいの辺り一面のノイズ達
手入れされた自慢の庭を踏み荒らし進むノイズをラニは冷たく見下げるように睨む。
また曲が止まる、息を吸い込む
「大好き」
ラニが呟く、ロイが顔をあげると曲調が変わる
強く吹き抜けるように恋を決意した歌詞。
合わせるようにラニの背後に氷の薔薇が咲き誇る
呟くような歌は力強く心へ投げかけるような歌に変わりラニが右端を指差し左へ流し手を開くと小指から滑らかに閉じ結ぶ様に握りしめた。
背後の薔薇の花弁が指の通りに吹雪きノイズ達を一斉に凍らせラニが手を握りしめると同時にその全てが砕けた。
何もいなくなり霧も全て晴れた中まだ曲が流れる。
最初の寂しい曲調に戻り
ラニが振り返りロイをみつめると
ラストフレーズを歌った。
ロイが微笑むとラニに表情が戻り耳を赤くしながら泣き涙を拭いながら好きになってしまっていた事、自分の葛藤、溶けて無くなりたいとすら思う気持ちが原因だと気がつきながら言い出せなかった事、ロイの気持ちに応えたい事、全てを話した。
ロイはホウキから降りるとフラフラとラニに近寄り抱きしめた。
「うん、ありがとう」
ラニはまた何か身分や自分が、ロイ様がと言っていたがロイはうんうんと頷き彼女の肩で心地良さそうに聞いていた。
「仕事終わりか?」
ヤヨイがホウキに寝そべり両手に顎を乗せて2人を待つルゼに聞く
「多分。霧もでる気配を感じないし。今回あれだけ強いラニちゃんと守護者のロイ君が相互で鬱々したからこんなになっちゃっただけっぽいしね。」
「こんなのでノイズが溢れたら街中なんかもっと酷くなるんじゃないのか?」
「普通同じ事悩んでもこうはならないわね、ヤヨイが言ってくれても負の感情でノイズがあそこまで膨れるなんて思えないくらいに。」
ちゃんと考えなきゃね、とため息をついた。
「あ!!?」
ルゼは叫ぶとロイ達を指差す。
「ロイ君達寝ちゃってるわ」
「え!?」
ロイ達をみると暖かい陽だまりの中で抱き合い丸まり眠っている。
ボロボロのロイに泣き腫らしたラニ、2人の表情は幸せそのものでため息がでた。
「嬉しいの?」
「何が」
「ヤヨイ、笑ってる」