自責の楽譜
楽しそうなルゼに手をひかれた勢いのまま外に飛び出す。
そう、本当に、飛び出したのだ。
「あ」
ヤヨイは情けない声を漏らし落ちる
上空、雲さえ足元にあるほどの。
ルゼはがくんと体制を崩して慌てだしヤヨイは情けなく彼女の細腕にしがみついた。
「馬鹿、馬鹿馬鹿!なんで落ちる想像なんてするのよ!「普通」に歩いてよね!馬鹿!ちょっと本当になんであんた急にふざけてるのよ!」
慌てて魔法で引き上げられる
ルゼの「普通」という言葉に常識の差を感じひきつる顔が戻らない。
「すまない、僕の世界では浮いたりできず空の上では落ちるのが当たり前だったんだ」
「浮いたりって…別に浮かなくていいのよ、歩いたら」
ヤヨイと同じ表情をしたルゼにこの世界との差を感じ頭痛がする。
ヤヨイは無理矢理落ち着こうと深呼吸をした。
歩く…急にやったところでイメージが綻びまた落ちるだろう、大切なのは落ちないこと。
想像する、安定した道が自分の足元にだけ広がることを、昔みたアニメ、絵本、とうに忘れていた表現が助ける。
ルゼをみてイメージが途切れても困る。
やはり自分だけではなく近くの人の足場もでるようにしよう、そう「信じる」
魔法でぶら下がるヤヨイの足元から可愛らしい花道が現れ、ルゼの方まで緩やかに流れる。
「何、道…?でも…これ…」
足元を見るルゼは口元を手で覆い訝しげな表情になりヤヨイを見つめる
「なんでこんな可愛い道にしたの…」
猫が驚いたような顔になるルゼにヤヨイは顔を赤くして逸らした。
花道を歩き無事第1の国ベゼルの土を踏む。
花道を考え続けなくてよくなったことに肩の力をが抜ける。
あたりを見渡す、よくある森が見える
しかし昨日終わらせたゲームのような、元の世界とは異なる雰囲気に緊張を取り戻す。
少しすると街が見える。
街に入るとそこはそれこそゲームの世界だった。
魔法道具の店、薬草の店、獣人、魔法使い…
「さて、来たはいいけどどうしたらいいかわっかんないわね。」
明るい声色とは裏腹に彼女の表情は不安に満ちていた。
「世界に混沌が産まれ祓うのが私達なんだけど…」
左から右、ゆっくり視線をうつす。
「うちのスーちゃんが最近ご飯よく食べないのよ」
「お!久しぶりだね!今日はいいのがあるよ」
「来月泊まりに行きたいんだけど部屋あるかな」
のどかな空気にため息をつき、視線はヤヨイにうつった。
「とりあえず宿…とるか」
綺麗なホテルにはいり受付でルゼがチョーカーの石を摘んで揺らす。
「部屋お願いできるかしら」
受付は驚いた顔をして慌てて部屋を確認する
「何か書いたりとか、大丈夫?」
ルゼが書き真似をすると受付は首をふりこちらでやりますので!と裏返った声で答えた。
明らかに敬う態度を見せる受付に驚いたヤヨイはルゼを見る。
「お前ってこういう存在なのか…?」
「まぁ、普通は“お前”なんて言われないわね」
偉そうにした猫のような顔でルゼは笑う。
ヤヨイがたじろいでいると明らかに過剰な人数のホテリエに大部屋へ案内された。
ドア前でホテリエと話すルゼは「ありがとう」と笑うとホテリエ達にお礼のサインやチップを渡す、何かを話しルゼが若いホテリエの頭を撫でると涙を流して喜んでいる。
何があったのか最初の印象こそ怖かったルゼだがここまで来る中で一貫して優しく暖かい。
ホテリエ達の反応や先程の会話からも特別で優秀な存在なのだろう、元の世界でのヤヨイと比べても遥かに別格の。
学生としては頭が良い、運動ができる、容姿も良い、愛想が良いフリをしながら小さな枠の優位に溺れ友達すら見下した自分がよぎる。
馬鹿だとか、レベルが合わないとか思っていた“親友”
媚びていると内心嘲笑い聞き流していた言葉が、
急に次々と流れ出す。
「夜宵!なんか悩んでんなら話わかんねーかもしんないけど、飯とか行こうな!」
「俺頭悪いから上手くできなくてさー2番目のボス強くねー?」
思い返せば上辺の友達の距離を超えてきてくれたのはあいつしかいなかった。
僕が見下してる事も気がついていたのかもしれない。
クラスメイトと仲が良いというステータスの為だとわかっていたかもしれない、それでも僕の欠けた部分を気遣い、
見捨てないでいてくれたのだ。
全て理解しているはずだった。
反省と羞恥が混ざり、やがて後悔に辿り着く。
まだホテリエ達と話すルゼの背中をみつめヤヨイは一筋の涙を流した。