開幕の楽譜
今までヤヨイに向けられた事のない表情に戸惑い、焦ったように詰め寄る。
「覚える事がないってなんだ、何だってできる、何でもいい教えて欲しい。」
ルゼは自分のチョーカーに指を通しヤヨイを一瞥する。
「これ、「ギア」って言うんだけど産まれた時からついてんのよ、私達は。形とかは人それぞれだけど首についてんのよ、絶対。」
ルゼのチョーカーを見つめる、黒いリボンに夜空の色をした宝石が下がっている。
これが産まれた時からついているのか、と困惑する。
「それに「歌」ね、これも大体産まれた時から「ある」のよね。」
歌ぐらい歌えるさっきの歌だって明日には、と息巻けばルゼはきょとんとした表情を見せ途端に笑いだした。
「馬鹿ね、私の歌を歌ってどうするのよ。ヤヨイの世界では皆で同じ歌を歌ったりするの?しないでしょ。「ギア」と「歌」は唯一無二、私だけ、ヤヨイだけの為に産まれるのよ。」
笑い疲れた様に一息つくとまた思い出した様でふふっと笑うと咳払いしてギアと呼ばれるチョーカーに手を当てて見せた。
「歌には能力があるの、ギアに触れて「ステージオン」と言えば」
ギアが光り再びあの大鎌が現れる。
「歌が終わるまで武器や魔法、想いを一番乗せやすい何かが使えるわ。これも人それぞれね、産まれた時から「ある」だけで歌える訳じゃなかったりするから何になるかわかるタイミングもバラけるんだけど、何か色々あんのよね、都合が良いっていうのかしら、まぁ、困った時その人の一番力になれる存在が歌ね。」
ルゼが鎌を楽しそうに回して遊んでいると突然流れていた曲が止む。
「ちゃんとしてないとこうやって終わるわ、想いがブレても終わるわね。」
「何か争い事が起きたらそこら中で誰かの歌が流れて武器だの魔法だので大戦争になるってことか」
これからについて不安そうに考えこむとルゼはまた笑う。
「やーね、五月蝿すぎるじゃない、誰かが歌い出したら聞こえる範囲では終わるまで歌えないわね。例外もあるけど。歌ったもん勝ちね、歌われたら普通の武術や魔法で頑張って耐えるしかないわね。」
武術や、魔法。今の自分が耐えることができるのか、「何だってできた」剣道や柔道、本当にできていたのか?元の世界の予選は通過できただろうか、玄人相手にも引けをとらなかったのだろうか。
答えはもうでている。
何もない。
何だってできた、だが生きる術になる域にはどれも到達していない
優秀と言われた頭脳はこの世界について何ひとつ導きだせずにいる、恥ずかしい、消えたい、元の世界のバックアップとして優秀なだけでその先を持っていない。
皆が分からない事は、分からない。
今、自分は、何ができる。
「ヤヨイ」
ルゼはヤヨイを見つめると頭を撫でた。
「この世界の事なんかできなくてもいいのよ、それでもあんたが助けになるから呼ばれたのよ。大丈夫、そんな顔しないで。」
またヤヨイの視界が滲む、ルゼは顔を背けると魔法で片付いた部屋の掃除をしだす。
「ごめんね。」
ヤヨイは毛布を強く握りしめて何かを決意する。
「ごめんなさい、何かあって俺を呼んだのに、ずっとこんなで。俺何でもできるようにする、教えて欲しい、今俺がいる意味を、俺が、何をすべきなのか」
濡れた瞳は強く光っていた。
「パルティシオンは11の国でできているわ、どこも平和に暮らしていた。絶望の魔女が現れるまではー」
ルゼが古く分厚い本を開く、そこには前回現れた絶望の魔女について書かれていた。
絶望の魔女は何千年かに一度必ず産まれ、世界に災厄と混沌をもたらす。
魔女が産まれるとされる地はパルティシオンの中心ににあり、どこの国のものともされていない。
魔女は産まれると同時に城を作り籠城している。
その国から先程ヤヨイ達を襲ったガラスの甲冑のような生き物、《ノイズ》が絶えず生み出される、ノイズに意思はなく、破壊を望む魔女の想いを叶えるようにただただ壊れるまで侵略を止めない。
ガラスの様な見た目に反して通常の武器や魔法では傷ひとつつけられない、ノイズを壊せるのはギアのみ、ギアがもつ歌、歌の力に唯一弱く砕け散るという。
魔女の城にあるノイズの核を壊してしまえば終わるらしいが魔女の国では耐えずノイズが湧き1つ2つの国が団結した程度では国に入る事すらできなかったという。
当時も最初は上手くまとまれず相応の被害がでたとあるが歴史は繰り返し今も孤立する国が存在しノイズによる被害が止められないという。
絶望の魔女が産まれる時11の国には必ず1人守護者になる者が現れる、守護する国の紋章を瞳に授かり、守護の力はギアにも変化を与えるらしい。
11人の守護者が集まった時、強大な力を持つ魔女をも討ち滅ぼす。
「そしてそれを統べるとされるのがウィンディア、ウィンディアを呼びだせる唯一の存在が希望の魔女。つまりヤヨイと私。現状こんな感じ、今までも絶望の魔女は現れていたらしいけど、数千年も前だから、今では御伽噺みたいになってたところね。」
「11人の守護者を連れて絶望の魔女を倒す、これが俺の役目なんだな。」
11人の騎士を連れた神の様な挿絵にまた不安がよぎる。
どこへ行けばいいか何ができるかもわからない、今の自分には何もない、下唇を噛むと本を閉じる。
「よし、行こう。」
決意に強く光る瞳は今度は濡れていなかった。
ルゼが嬉しそうに笑う
「どこから行くの」
「どこでもいい、1から11まであるならまずは1の国だな、順番に行く。今日にでも行けるか?」
ルゼはうんうんと数回頷くと堪えきれないように笑い出す。
「ごめんね、ヤヨイが頑張ってるのに。でも許して欲しいのよ、ここ、ヤヨイを呼び出した国が1の国ベゼルなの。守護者、探してみましょうか。」
楽しそうにしたままルゼはヤヨイの手を引き扉を開けた。