019 異常な魔力 ①
「大丈夫ですか?」
「あれ……リーシア、さん?」
シャドウと言葉を交わし終え、僕はゆっくりと目を開ける。瞬きをする度、微かに人影がこちらを覗き込んでいる姿が視界に映ったのが分かった。徐々に焦点が合って、見えたのは僕の顔を見下ろす彼女――リーシアの姿だった。
どうしてそんな心配したような顔をしているのか分からず、僕は僅かに重い体を起き上がらせて欠伸をしながら彼女に問い掛ける。
「ふわぁ……おはようございます、リーシアさん」
「おはようございます。……じゃなくて、ご無事ですか?体に異常はありませんか?」
「??」
あちこち体をペタペタと触り、異常が無いかを探る彼女。どうしてそこまで焦っているのか、僕には分からなかった。だがしかし、ただ一つだけ僕でも分かる事があった。
それは……――間近まで迫っている彼女の顔を見て、ドキッとしてしまっている事だ。
体の何処かに傷が無いかを確認しているからか、彼女は自分が何をしているのかを理解していない。男子という生き物は単純で、女子に手が触れたとか目が合ったとか、些細な事でも自分に好意があるのではないかと想像してしまう愚かな生き物なのだ。
少しでも視線が重なっただけで「あれ?あの子、俺の事好きなんじゃね?」という想像をし、間違った解釈をしたまま告白して見事撃沈するという流れ。そのテンプレの流れが、僕でも見た事がある光景だ。
そんな事は無いだろう。経験する事は無いだろうと思っていたのだが、まさかここまで破壊力があるとは思わなかった。いや、寧ろ元々理解していたはずなのだ。彼女の容姿が優れている事は、最初に見た時から理解していた。
ただすぐに僕が目を逸らして、命を狙われた事や里の事、他のダークエルフの人達との関わり方に思考を働かせて気を逸らしていたのだ。だが、自覚してしまったらもう手遅れである。
「傷一つありませんか?体調は大丈夫ですか?シンヤさん!」
「っ、だ、大丈夫だから。と、とりあえず、近いし……その、色々当たってるから!」
「――っ!?」
気が動転し過ぎて、思わず話し方が素になってしまった。
僕の言葉によって彼女は理解したのか、ようやく僕から離れて自分の胸を庇うように抱き締めた。気恥ずかしさが勝っているのだろう。彼女の顔が真っ赤に染まっているものの、すぐに切り替えて僕に問い掛けて来た。
「その、本当に大丈夫ですか?」
「何か遭ったんですか?さっきから焦ってるみたいですけど」
「シンヤさん、ご自分がどうなったのか自覚は無いのですか?」
「??」
「私が湯浴み場から離れてからすぐ、シンヤさんから異常な程の魔力を感知したんです!慌てて戻ってみれば、シンヤさんが倒れていたんですよ?何者かに攻撃されたのかと思い、今侍女の皆さんには周囲の警戒を当たらせています。迂闊でした。もしかすれば、身内にシンヤさんを良く思っていない者も居るでしょうから警戒すべきでした」
異常な程の魔力を僕から感じたと彼女は言った。僕自身は特に何も感じないが、彼女達からすれば本当に異常だったのだろう。目の前に居る彼女の言動や焦りが、何よりの証拠だと思える。
だがしかし、彼女は後半からブツブツと何かを考え始めてしまっている。焦り過ぎて、無意味な所まで思考を働かせてしまっている証拠だ。心配してくれるのは有難いが、衣食住をさせてもらっている以上、迷惑を掛けるつもりは全く無い。
「リーシアさん、落ち着いて下さい」
「し、しかし」
「僕は何も無いから大丈夫です。それにリーシアさん達が感じた魔力も、もしかしたら知り合いかもしれないから気にしないでくれると助かります」
苦しい言い訳だろうか。なんとなくだけど、彼女の焦っている様子からシャドウの事を教えるのは得策ではない気がした。教えるのは構わないかもしれないが、時と場所、そして場合を間違えれば誤った認識をされてしまう可能性がある。
だから僕はあえてそういう事にしようと思ったのだ。知り合いなんて、この世界には一人も居ないのだけど。そこを突っ込まれないように僕は言葉を続ける事にした。
「ご心配をお掛けしてすみません。本当に大丈夫ですので、ご心配をなさらないで下さい」
「……本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ほら、この通り元気ですから」
僕は立ち上がった後、軽くその場で飛び跳ねて無事である事を示した。やがて納得してくれたのか、彼女は肩を竦めながら溜息を吐いて安堵した。そんな彼女が安堵したのを確認してから、僕は大浴場で疲れた体を癒す事にしたのであった。
だがしかし、僕は知らなかった。彼女の言っていた異常な魔力。それはこの世界で、どのような影響を及ぼすのか。そしてこの魔力を帯びた僕自身、その影響の渦中に足を踏み込みつつある事を知る由も無かった。




