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001 牛?からの逃亡 

 「ここは、何処?」


 僕は誰だ?と言いたい所だが、どうやら自分の名前は覚えているらしい。名前はシンヤ、苗字は……あれ?思い出せない。

 ○○シンヤだったはずだけれど、上手く思い出せないというのが気持ち悪さを感じた。だがしかし、曖昧な記憶の中でも違和感があったのは名前である。自分の名前であるにもかかわらず、どういう字で書いていたのかも思い出せなくなっていたのだ。

 

 でも、僕が僕である事は何も変わらない。そして、僕の記憶上に残っている物もあるようだ。ここは日本なのだろうか?と周囲を見渡しても、アニメか漫画でしか見た事がない景色しか広がっていない。それで僕は「ここが日本ではない」と理解出来たが、理解出来たのはそれだけだ。

 後は理解出来た事というと、僕がその日本で死んだ事だろうか。確か学校に通っていて……そうだ、テロリストだ。テロリストみたいな人達がやって来て、学校中の人達を殺してたんだ。教員である大人も、生徒である子供を無差別に殺していたのは覚えている。

 

 「とりあえず、ここが何処なのかを理解した方が良いのかな。でも迂闊に動いて変な人に絡まれるのもなぁ、うーん、どうしようかな……」

 『……』

 「うーん、何かデッカイ牛も居るしなぁ」


 ――え?僕は今、なんて?


 自分で呟いた言葉を繰り返した後、自分の言葉を確かめるようにして視線を動かした。するとそこには、人間よりも遥かに大きい牛がガン見していた。そう、本当にガン見していた。まるで獲物の様子を伺うようにして……。


 『ンゴォォォォォォォ!!!!』

 「って、思いっきり獲物だよねぇ僕!!!!」


 前足で地面を引っ掻いた牛は、高らかに鳴いて逃げた僕を追う。人間が逃げた程度では、絶対に逃げ切る事は不可能だろう。真っ直ぐに逃げるのは駄目だ。どうにかして入り組んだ道に入れれば、僕にも逃げ切れる方法があるかもしれない。

 そう考えた瞬間、導かれるようにして森林を見つけた。鋭い角がある以上、牛は猪突猛進すれば木々を薙ぎ倒して来るだろう。だがしかし、僕が逃げ切る為にこうするしか方法が浮かばない。


 「何とかと煙は上にっ!けど、ここら辺の木じゃすぐに薙ぎ倒される!考えろ、考えろ!あの牛にも耐えられそうな木、突進だけじゃ薙ぎ倒されない程の太い幹がある木を!!」


 息も絶え絶えになって来た。このまま走り続ける自信も無いし、体力も限界が近い。運動部でもなかった僕が、こんな長時間走り続ける事自体が無茶な話だ。だから、何が何でも休める時間と余裕が欲しい。

 でも、見つからなかった場合はどうすれば良い。いや、考えるな。マイナスに考えたら、それこそ悪い方向に向かうのは世の常じゃないか。全てが上手く行くってポジティブに、自分の都合の良い様に考えろ。


 「はぁ、はぁ、はぁ……ぐっ(やばっ、足がっ)」


 体力の限界が来るよりも先に、僕はその場で転んで同時に足を挫いてしまった。立ち上がろうとすれば激痛が走るのを考えるに、もしかしたら骨にヒビが入っているのか折れているかもしれない。

 だが今は、そんな事を考えるのは後回しだ。今はただ、どうしたら自分が助かるかを考えるべきだろう。余計な事に思考を回すべきではないとそう考えた瞬間、転んだ僕を見下ろすように大きな影に覆い尽くされた。


 『ォォォォォォォォォ』

 「ぼ、僕なんか食べても美味しくないですよぉ~。どうにか見逃してもらえませんかねぇ」

 

 通じる訳もないと思いつつも、咄嗟に命乞いが出てしまった。だがそんな物は意味が無いし、時間の無駄でしかない行為だっただろう。

 やがて僕の言葉を聞いた牛は、挑発されたのだと思ったのか前足で地面を引っ掻き始める。体勢を低くして、今すぐにでも突進出来るような準備を整えている。もし近距離で突進されれば、どんな事をしても致命傷になるだろう。

 耐えようとしたとしても、必ず僕は死んでしまうのは必然だ。明確に予想が出来る死が迫る中、僕はそっと目を細めて思案を巡らせていた。どうして僕はこんな冷静に考えているのだろうか、今すぐにでも死ぬかもしれない状況だというのに呑気なものだ。

 

 「……いや、このままじゃ死ぬ」


 目の前の牛の大きさは大型自動車ぐらいの大きさで、例えるのならトラックにねられるような物だろう。必ずに死ぬのは分かっていても、どうして僕自身はこんなにも冷静なのだろうか。

 殴られたり、蹴られたりする時もそうだった。僕は生前で無意識に関係ないと考えるようにして、目の前で起きる物事が全て関係ないと感じようとしていた。


 「そっか……本当にどうでも良いんだ」


 そう思った瞬間、僕は逃げようとする事を止めた。避けようと考える事も、どうにかして逃げ切ろうとする事も、先程まで考えていた思考を全て取り止めた。まるで生きる事すら諦めたかのように。


 「『どうでも良いなら、壊せば良いじゃない』」

 「え?」


 何処からか聞こえて来た言葉を聞いた途端、目の前の景色が一変した。急接近している牛も、抉られている土も、倒れている木々も、全てが等しく静止してしまっている。灰色に染まっている景色に目を疑っていると、さらに目を疑うべき光景を目の当たりにした。

 フワッとその場に影が集まり、黒い球体となってから人型へと姿を変えた。やがてその人型は女性の姿へと変わり、僕はその姿を見た瞬間にまた目を疑ってしまった。何故ならその目の前に現れた女性の姿を僕は……僕は知っていたからだ。


 「キミは……!」

 

 その女性は僕が生前、最期に助けようとした相手だったのである。

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