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016 ラッキースケベ

 「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 「随分と筋が良くなりましたね」

 「それは、ありがとう、ございます!」


 木剣は木刀同様、決して軽い素材で作られていない。ぶつかり合う度に衝撃が手首から肩に来るし、少しでも油断すれば大怪我にも繋がる。手首を打たれれば骨が折れるし、喉を突けば致命傷になるし、頭に当たれば頭蓋骨にヒビを入れるなんて造作もないだろう。

 細心の注意を払いながらも、これは模擬戦だから手を抜く訳にはいかない。何より、僕に手を抜く余裕なんて物は無い。ただ死ぬ物狂いで目の前に居るテミスから、どう一本取るかの考えで頭の中が埋め尽くされている。


 「(筋は悪くない。ですが、やはり素人。隙だらけな構えと動きですね)」

 「はぁ、はぁ……テミスさん」

 「何でしょう?」

 「本気で行きますね」

 「えぇ、勿論。(体力もそろそろ限界でしょうし、これは虚勢でしょう。もう彼には動き回る体力も、私を倒す術も持ち合わせていない。油断するつもりはありませんが、お手並みは意見ですね)」


 テミスは一定の距離を保ちながら、僕との間合いを常に計って立ち回っている。流石というべきか、全然息を切らしている様子もない。素人の僕とは大違いだって思い知らされるけれど、僕にも特技があるのだ。 

 大した特技じゃないかもしれないけれど、この特技が現状なら利用出来るだろう。


 「いやぁぁぁぁっ!」

 「(気合十分な突撃姿勢。ですが、勢いが良くても当たらなければ意味がありませんよ)」

 「くぅぅっ、手痺れたぁ~……けど、捕まえましたよ!テミスさんっ」

 「体術の経験があるのですか?」

 「いいえ、ありませんっ!」


 手元から離れてしまった木剣。突き飛ばされた衝撃で手元が痺れ、武器を持っていない状態となった。状況的に考えれば、僕が負けるのは誰が見ても明らかだろう。だけど、それは僕が諦めていたらの話だ。


 「これで終わりですね」

 「まだ、ですよっ!んぐぐぐぐぐぐぐ!」

 

 ゴツン……。


 僕はテミスの懐に入り込み、勢い良く体にしがみ付いた。出来る限りの力で押そうと思ったのだが、思っていたよりもビクともしなかった。軽い装備を付けているとしても、多少は体重を乗せれば押し通せると思っていたのだが……それはどうやら浅はかな考えだったようだ。


 「あがっ……~~~~」

 「(私の体を押そうとしていたようですが、脆弱な力では私を動かす事は出来ない。それは明らかだったと思うのですが……全く、この方は随分な無茶をする方のようだ)」


 脳天にヒリヒリとした痛みが走り、僕はその場でのた打ち回った。手刀等ではなく、木剣で叩かれたのだから痛いのは当然だ。背負い投げをしたり、そのまま馬乗りになったり。そんなイメージをしいていたのだけれど、そう簡単に上手く事は運ばなかったらしい。


 「はぁ……今日も一本取れませんでした」

 「筋は良いですから、諦めずに鍛えれば一本ぐらい取れるようになると思いますよ」

 「打たれ強さには自信があったんですけど、全然駄目みたいですね」


 顔面以外で受ければ、多少の事は耐えられると思っていたからの特攻。木剣だったからやったけれど、真剣だったら絶対出来ない方法で勝負を決めに行った。しかし、結果は当然のように失敗に終わった。

 自分の非力さが、改めて実感させられるのは……思っていたよりもショックがあるようだ。


 「シンヤ殿、最後のは投げ技を使用しようとしたのですか?」

 「はい。少しなら攻撃を受けながらでも、人一人ぐらいなら投げられると思ったんですよ?」

 「確かに意表を突かれはしましたが、今後、こういう攻撃方法は止めた方が良いでしょう。確かに力量差はありますし、実力もシンヤ殿では私に勝つ事は難しいのが現状です。ですが、先程の攻撃は一種の自己犠牲が重なります。もし勝てたとしても、恐らくはシンヤ殿は命を絶たれてしまいます」

 「……そうですね。でも、素人の僕が剣術を習得出来ると思いますか?」

 「基本的には慣れが必要になりますが、鍛錬を続ければ戦い方が身に付きます。それを基準に、今自分がどう動けるのか、限りある自分の力の中でどれが相手に通用するかが分かるようになってきますから」

 「ちょっと、難しいですね」

 「今はそうでしょうね。ですから、もう少し堅実的に頑張りましょう。私も手伝いますので」


 座っていた僕に対し、テミスは笑みを浮かべて手を差し出した。僕がその手を取った瞬間、勢い良くテミスに引き上げられる。立ち上がった時、テミスを見上げる形になった。


 「ありがとうございます。もう少しだけ頑張ってみます」

 「ええ、その意気です。と言いたい所ですが、もうすぐ陽が沈みますから、今日はこのぐらいに致しましょう。湯浴みをして来ては如何ですか?体が癒されますから、かなりお勧めですよ」

 「はい、そうさせてもらいます。本日はありがとうございました」


 僕は頭を下げて湯浴み場所まで案内してもらった。テミスはもう少しだけ体を動かすらしいので、僕だけが湯浴み場所に行く事になったのだけれど……ハプニングが起きてしまった。


 「汗を流しに~、お風呂に入りましょ~……え?」

 「っ……」

 

 扉を開けてそこに居たのは、産まれた姿でこちらを向くダークエルフの長リーシアが居た。


 「え、えっと……あ、あはは」

 「き、き……――きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 バチンという勢いのある張り手が、僕の頬に直撃したのであった。


 「(これが噂の……ラッキースケベ、という奴ですか……――)」

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