8話「黄鬼との戦い①」
鞘から小太刀を抜き出し、接敵の準備をする。
まずは出来るだけ一本杉まで近づく。
黄鬼に近づいたら一端足を止めて間合いをはかりながら、前線を押し上げていくか。
相手は素手だし、小太刀を持ってる俺には簡単には近づけ――
「――なっ!?」
「遅いんだよ、人間!!」
予想以上に速く、こちらまで近づいてきていた黄鬼が腕を振り上げ、同時に加速した。
身をかがめ、進行方向を僅かにずらす。
コンマ何秒だろうか。
後方で重々しい音が鳴り響いた。
ついさっきまでいた場所の草が捲れ、茶色い土が露出していた。
「ちぃっ、踏み込み過ぎたか!」
一本杉まで約200mあった。
黄鬼と衝突するのは100mか、それより少し前かと考えていた。
しかし、現実は違った。
俺が60mを少し超えたぐらいの時には、黄鬼は100m地点の所から走り幅跳びの選手の様に飛び、襲い掛かってきた。
あと少し反応が遅れていたらと考えると、背筋に悪寒が走った。
「お前! それ本当に何の力も使ってないのか!?」
「使ってねえよ! いつもよりとろいし、力も出なくて気持ち悪いんだよっ!」
「ぐっ、おっも!!」
黄鬼は身体をすぐに切り返し、小太刀を意にも介さず殴りかかってきた。
小太刀と鞘をクロスさせ防御態勢を取ったが、黄鬼の拳は重く、力負けした俺は転がるように後方へと殴り飛ばされた。
「はっ、やっぱりよええなぁ!!」
やばい! 早く立っ――
「速さもっ!」
もっと、足に力を――
「力もっ!」
間に合わ――
「何もかも! 足りねえなあ……!」
黄鬼はまくしたてるように殴りかかってきた。
黄鬼の拳を生身で受けないよう小太刀と鞘で、できるだけ力を逃がしながら受ける。
しかし、そのたびにボールのように殴り飛ばされ続け、気づけば一本杉と林の中央地点まで来ていた。
黄鬼の追撃に備え、すぐに態勢を整えなければいけないのに、身体の芯を響く鈍痛が、すぐに立ち上がらせてくれなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……いっつぅ……」
これで全然力が出せてないって嘘だろ?
人一人、踏ん張りがきかないくらい殴り飛ばすってどんな力してんだよ……。
全然子供の力じゃないし、むしろ大人と子供くらいの力の差があるんじゃないか?
ははっ、ヤバいな……これ。
黄鬼は俺を見下すように見た後、鼻を一度鳴らし、林にいる赤鬼の方向へ振り返る。
「赤鬼!! こいつよええよ! 戦闘なんてしたことねえ手弱女以下だ! 巫覡なんてなれっこねえ!!」
「…………」
「今の見ただろ? 反撃の一つも出来ずに鞠みたいに転がるだけ。こんなの巫覡にしてもくその役にも立たねえよ」
「…………」
「無視かよ……赤鬼は何で人間を贔屓するんだ!? 人間なんてどいつもこいつも弱くて下らねえ生き物だろ!」
「黄鬼、前を見ろ」
「っ!! そうかよ……なら俺が証明してやる。どうせこいつも、命惜しさに命乞いを始めるだろうよ。俺達を裏切った時みてえにな」
「前を見ろと言っているんだ! 敵から目を離すな!!」
「ああ? 言われなくてもあいつは今地面に這いつくばって……はあ!?」
俺はゆっくりと立ち上がっていた。
黄鬼が林にいる赤鬼の方に振り返った時、音を立てないように静かに。
殴られた痛みが少しづつ引いていくのを待ちながら、一本杉の方へと走った。
どうやら、すぐに黄鬼にばれてしまったみたいだが、態勢を立て直せるだけの時間はもらえた。
これからだ。
まだ、一本杉まで70mはある。
黄鬼は、気づけばすぐに俺に襲い掛かってくるだろう。
そこが、おそらく唯一の反撃のチャンス。
次は見逃さない。
「ああ、忘れてたよ……お前達が諦めの悪い、カスだってことをな!」
先程と同じ様に助走をつけると、黄鬼は飛び上がり、上空から迫って来た。
俺は一度そこで走る足を止め、黄鬼の落下予想地点から斜め後ろにステップする。
「なっ……!?」
どれだけ素早かろうと、空中で方向転換はできない。
ましてや、着地後の硬直をすぐに振り払うことは出来ない。
その瞬間を俺は小太刀で黄鬼の頭めがけて――
「はああああっ!!」
振り下ろした。
はずだった。
「まじかよ……これでも、駄目なのか……?」
「…………てめえ、ふざけやがって!!」
黄鬼の頭に確実に叩きつけた。
手に伝わる感触がそう言っていた。
作戦が失敗したとわかった俺はすぐにその場から飛び退くが、
「逃がすか!!」
黄鬼に服をつかまれでしまった。
そのまま黄鬼は俺の胸倉をつかみ、持ち上げた。
身長差のせいもあって、身体全体ではなく、軽くひざが浮く。
「てめぇ……なんでだ!! 答えろ!!」
何故、黄鬼は攻撃ではなく俺の胸倉をつかみ、質問してきたのか。
理由はわかっていた。
俺は小太刀を振り下ろすつもりだった。
でも実際は、小太刀は振り下ろせなかったからだ。
「何でテメエはその手に持った小太刀じゃなくて! 鞘で俺を殴ったぁ!!」
顔を近づけ、物凄い形相で問い詰める黄鬼。
怒号が耳を通り抜けていく。
「……そうするべきだと思ったから」
俺はそう答えた。
相手は角が生えてるだけの、見た目はただの人間の子供。
どれだけ口が悪かろうが、殴られようが、殺すのは違う。
そう考えたから、俺は咄嗟に鞘の方で殴った。
「お前こそなんで倒れないんだよ。鞘で殴ったとはいえ、俺は割と本気でお前の頭を殴ったぞ?」
「人間程度の力で気を失うわけねえだろ!! そもそも! 俺達は依代で来てんだから元の身体は死なねえんだよ!」
「どういうことだ?」
「――っ! これだから何も知らねえ人間は……とにかく! 俺達鬼はこの世界で首が飛ぼうが身体が爆発しようが死なねえんだよ!」
そう言い、黄鬼は俺から手を離すと、一本杉を背に俺から少し離れた。
「わかったなら立て! そして構えろ! もう一度だ。こんなんでテメエを殺しても意味がねえ」
「…………」
立ち上がり、手や身体についた草や土を払い落とす。
「……意外と律義なんだな」
「あ˝あ!?」
「いや、そうだろ。俺が不利だと分かると、ゲームを仕切りなおしてくれるし、こうやってもう一度チャンスもくれる」
「勘違いしてんじゃねえよ!! 人間にはわからねぇかもしれねえけどなあ、俺達鬼は、情けをかけられた戦いで勝っても満足しねえんだよ!」
「人間じゃない」
「はあ!? お前は人間だろうが!!」
「夢木うつつ」
「あ……?」
「夢木うつつ、それが俺の名前だ。お前の本当の名前は何て言うんだ?」
「……てめえに言う名なんてねえよ雑魚が」
「そうか。まあ、どうせもう会うことはないもんな。俺が逃げ切るわけだし」
「はっ……口だけは達者だな……理解したぜ。お前はとことん叩きのめさねえと本性を出さないってな」
「俺も理解したよ黄鬼。お前は意外と律義で優しい奴だって」
「……うつつ、てめえは俺が殺す」
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