6話「星篩の儀」
■■■鬼ごっこ開始まで残り3分■■■
草原を離れてから俺は、山をひたすらに駆け登った。
舗装などされていない、足場が悪い山道をずっとだ。
ランニングのように軽く走っていたとはいえ、これはおかしい。
普通なら数分で息を切らしてもおかしくないはずだが、軽い疲労感はあるものの、呼吸が乱れることはなかった。
本当にこの世界では、息が切れないのか気になった俺は、足先に力を入れ、出せる限りのスピードで山を駆け登る。
全力で走り始めてから約2分。
ようやく息が切れ始め、足はじんわりと熱を帯び、乳酸がたまっているのがわかった。
大地から足へと伝わる感覚、身体の疲労感、頭を打つ脈拍、現実世界と全く変わらなかったが身体能力だけは数段違った。
「っはぁ、はぁ、なるほど……この感じだと、長い間全力疾走しなきゃ息が切れるってことはなさそうだな」
膝に手をつき、その場で呼吸を整えていると、視界の端に、植物以外の何かが見えた気がした。
木と木の間を凝視する。
そこには、大木に寄り添うかのように佇む、古びた祠が設置されていた。
「もしかして」
祠に近づき、中に何かないか覗いてみると、小太刀と小さな巾着袋が置かれていた。
「お! もしかして鬼に対抗するための道具か?」
その小太刀は、黒の糸で編まれた柄、桜の花を模した鍔、真っ黒で何の装飾もない鞘といったシンプルな見た目だった。
ミニ巾着袋は、これといって特徴もないベージュ色。
中には何が入っているのだろうか。
逃げるために役立つものだと助かるが……。
手を伸ばし、小太刀とミニ巾着袋を手に取ると――
「っ!?」
突然祠が輝きだした。
あまりの眩しさに目を閉じてしまう。
数秒後、チカチカする目を擦りながら目を開けると、先程まで存在していた祠は消滅していた。
代わりに足元には、直径2m程の太陽と月の模様が描かれた陣が出現していた。
「何だ……? 」
足元の陣をじっくりと観察をする。
太陽と月といったシンプルな絵に反して、陣の縁は複雑な記号の羅列が書かれていた。
「これ、何かしら意味があるものだよな……」
好奇心には勝てず、足を地面にこすりつけたり、ジャンプをしてみたりする。
しかし、陣には何の変化も起こらないし、模様も消えなかった。
「うん? これ、どうなってるんだ? 砂を巻き上げても、消えないし、何も起こらない……」
一度陣の外に出て、もう一度入ったらどうなるか気になり、試してみると、今度は陣が輝きだした。
「あ、やばっ――」
咄嗟に後ろに退くが、俺の周りには既に円柱状の光の膜が張られてしまっていたようで、陣の外に出ることは叶わなかった。
風景が高速に切り替わっていく。
次第に緩やかになり、完全に停止すると、光の膜が消えた。
「何度も何度も、一体何が――」
「死ね」「……死んで」
声が聞こえた。
そう、頭で認識した時にはもう、顔の目の前に、二つの拳が迫っていた。
「あ――」
死を覚悟した、その時だった。
「そう急くでない――黄鬼、白鬼」
声と共に俺の前を何かが通り過ぎて行った。
同時に目の前まで迫っていた、二つの拳が消えた。
「まったくお主達ときたら……この星篩の儀の意味、わかっておるのか?」
気づけば草原で見た赤黒髪の鬼が、襲い掛かってきた二人を右手と左足で取り押さえていた。
「……ぐぅっ、離せよ赤錦! こいつ殺せないだろ!!」「離して……重い……」
「はぁ、わかっておらんようだのう……これは、巫覡を見極めるための儀式。ただでさえ弱い人間に不意打ちしては意味ないじゃろう」
「弱い奴はいらねえ」「……ごめんなさい」
「よし、"白鬼は"わかったな」
「あ、白姫おまえ! …………ちっ、わかったよ、早く離せよ赤錦」
「全くお主は……あと、ここでは赤鬼と呼べ」
冷や汗が止まらなかった。
今、俺は赤鬼と呼ばれる男性が、黄黒髪の男の子と、白黒髪の女の子を止めなければ――
死んでいた。
冷静に考えれば、ただの子供のパンチ、死ぬわけがない。
なのに、そう思わされる程の、そう想起させる力が、あの拳には込められていた。
「……ところで、大丈夫か小僧? まだ、生きておるか?」
「あ、はい……」
「ふむ、それならよし!」
にっと、笑う赤鬼。
何が起こったのか、どうしたらいいのか分からなかった。
こいつらは、どう見ても草原で見たこのゲームの鬼役。
本来なら俺を殺す役割を持つはずなのに、何故か助けられた。
少しでも状況を把握しようと、周囲を見回すと――赤鬼、黄鬼、白鬼以外に青黒髪の女性、緑黒髪の男性が離れてこちらの様子を伺っていた。
「赤鬼、私は他の者を見に行くぞ。ここで時間を無駄にするのは効率が悪い」
「俺もいくぜえ。ガキの面倒なんざ見てられねえ」
「ああ、行ってこい青鬼、緑鬼。こいつらは儂が見る」
赤鬼に一言告げた青鬼、緑鬼はあっという間に草原から姿を消した。
アマテラスの言っていた意味を理解した。
『戦うことはあまりおすすめしないわね』『今の段階のあなた達じゃやられに行くようなものだから』
明らかに身体能力が違う。
50mを3秒で駆け抜けるような速さと言ったらいいのだろうか、人間とは一線を画す存在だ。
戦って勝てるわけがない、逃げることも難しいこの状況でどうするか考えていると、赤鬼は呆れた様な表情で言う。
「それにしても小僧、運がないのう」
「え……? えっと、どういうことですか?」
「なんだ、小僧。まだこの状況を理解しておらんのか? 周囲をよく観察してみろ」
「周囲を?」
もう一度、周囲を見回す。
そして、ここがどこなのか再認識した。
「あ、この場所……」
「そうだ。お前は、ゲーム開始ほどなくして、鬼の出発地点である、この草原に転移させられたんだ」
「…………」
「いくつかある転移先のうち、まさかここに転移させられるなんてなあ……くくっ、あーはっはっはっはっはっ!! 本当、アマテラス殿もこれは予想外だろうのう……くくっ、小僧、お主面白すぎるぞ!」
赤鬼の高笑いが耳を通り過ぎていく。
あまりのことに声が出なかった。
恐ろしさとかそういうのではなく、自分の運のなさに。
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