表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神様の遊び場  作者: 桜羽ひじり
2/15

1話「夢の中の少女」

 それはいつも唐突(とうとつ)に始まる。

 沈んだ水の中から浮上するような、内側から外へ()い出るような感覚は(いま)だに慣れない。

 かすれた視界の中から見えるその光景はいつも(ろく)でもないものだ。


「いやっ! ――! ――離しなさいよ! ――兄様! どうして――っ!」


 女の子の泣き叫ぶ声が聞こえる。

 途切れ途切れの音声が耳を(たた)くと同時に

 悲しみが

 怒りが

 焦燥が

 疑心が

 胸を()き回る。


「――美夜(みや)! ――助け――!」


 頭の中は内側から殴りつけられたかのようにガンガン響き、胸は心臓でも鷲掴(わしづか)みにされたように痛む。

 その痛みはじわじわ広がっていき、今も(なお)増すばかりだ。


「――、お前が――――」


 目の前の男が少女に向かって何か言い放つ。

 すると、何かに貫かれたかのような痛みと同時に突然プツンと視界が途切れた。


 ■■■


 目を覚まし、最初に視界に入ったのは、いつもの見慣れた部屋の天井だ。

 身体(からだ)を起こし、ここが夢の中ではないかを確認する。

 しかし、身体は息をするだけの機械と化し、頭が全く回らない。

 いつの間にか今見た夢を思い返していた。

 どんな状況なのか要領を得ない夢だったが、頭の中に残る映像が、胸の中の感情の残留(ざんりゅう)が、胸を()め付けた。

 いつから流れていたのか、(ほほ)には生暖かい水のようなものが伝っていた。


「――っ!?」


 咄嗟(とっさ)に手の(こう)で水を(ぬぐ)うが、(あふ)れ出てくる水を止めることができず、布団に一つ二つと染みを作っていく。

 訳が分からないまま次々にできていく染みを眺めていると、突然頭痛が襲ってきた。

 あまりの痛みに頭を抱え、目を(つむ)ると、先ほどの夢がフラッシュバックする。

 そこでようやく溢れ出る水が、自分が流している涙だということに気づいた。


「あっああ――! 何で……! くそっ!」


 自分の意志に反して流れる涙に悪態をつきながら、(そで)に顔を(うず)める。


「何でこんな……最近は、全く見なかったのに……」


 この病気は、不定期的に発症する。

 初めてこの病気が発症した時は小学生の頃だ。

 この時はまだこの夢を病気だと思わなかった。

 視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚と全ての五感がある状態の夢を見るようになった。

 夢の内容自体は誰かと話したり遊んだりと特別おかしいものでもなかったから。

 たまに怖い夢を見たりもしたが、これも普通にあることだろう。


 しかし中学の2年の夏くらいだろうか。

 その時を(さかい)におかしくなった。

 夢の内容や、夢の形態が変わったのだ。

 まるで誰かの夢を盗み見ているようなものや、人生を追体験するようなものに変わった。

 その人の中から(のぞ)くような一人称視点や、幽霊のようにその人の側を浮遊し続ける三人称視点の時もあった。


「今回は一人称、か……この胸の痛み……何かで刺されたのか……?」


 過去の夢の内容といえば、飢えで苦しみ死んでいく者、誰かに救いを求めるが救われない者、人や化け物を殺し続ける者、殺される者と、悲惨で苦しくて痛くて(ひど)いものだった。

 それらの夢に共通点はなく、時代や場所は様々で一度も見たこともない人、人じゃない何かを対象とした夢もあった。

 悪夢の塊を体験させられた俺は、日に日に精神がすり削られ、おかしくなってしまいそうだった。


 やつれ、荒れる俺を心配した母さんは、睡眠外来や心療内科、精神科等に連れて行ってくれた。

 医師の診察によれば、非日常に憧れる年頃だからだとか。

 ただのストレスや不安から来るものだとか、下らない診察結果ばかりで解決策は見つからず、意味を成さなかった。

 しかし、ほぼ毎日体験させられていた悪夢は中学2年の冬を境に息を(ひそ)めた。

 完璧になくなったわけじゃないが、それからは一週間に一回、二週間に一回、と頻度が少なくなったのだ。


「本当、朝からやめてほし――うっ、だめだこれ。駄目なやつだ……」


 ベッドから降り、机の引き出しから精神安定剤と頭痛薬を取り出し、飲み下す。

 息を大きく吸い、ぐちゃぐちゃになっている心を落ち着けるため深呼吸をする。

 念押しだとばかりに先ほどの夢を思い出そうとする頭を一度殴り、頭を空っぽにしようと(つと)める。

 数十分ほど目を(つむ)り、呼吸することだけに意識を向けていると、だんだんと胸と頭の痛みがおさまってきた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ