13話「得体の知れない者」
「へえ……いいね君。ますます気に入ったよ」
「俺は、お前みたいな悪趣味な奴は嫌いだよ」
黒椿の右側に回り込み、小太刀を振るう。
「わっわっ、おっと……ひどいなあ。僕だってやりたくてやってるわけじゃないんだよ?」
「――っ! じゃあ何でだよ……あの人たちが何をしたっていうんだ。あの人たちにだって人生があったんだぞ……巫覡を選ぶだけなら、ここまでする必要はないだろうが!」
「いいや違うね。死という極限の場があってこそ、人の"本質"は初めて表に出て陽を浴びる。これは必要なことだよ」
「だからっ、それはお前らの都合だろうが!」
「お、今のはいい一撃だったよ」
こいつ……!
黒椿は右手を失っても激昂することはなく、楽しそうに笑いながら、冷静に俺の太刀をさばいていく。
黄鬼よりスピードが遅く、明らかに力も弱いのに、ギリギリのところで避けられるか受け流される。
まるで、次に攻撃する場所がわかっているかのような動きだった。
「でも、まだ足りない」
黒椿は片目を閉じ、胸の前で合唱をしながら動き続ける。
「祈るように、呪うように、他者への想いを、自身の欲望を、それら全てを込めなきゃ、僕には一生届かないよ?」
「意味わかんねえ事言ってんじゃねえ!」
「いいや、わからないはずないんだ。人に類するものに生まれたのなら必ずわかる」
黒椿は、ゆっくりと、確実に間合いを詰め、
「どうしようもない理不尽に晒された時、怒りに震えた時、絶望の縁で嘆き悲しむ時、人は不思議と――」
最後には身体が密着するほどまで近づくと、
「祈るんだ」
「うっ……!?」
俺の首を掴んで、地面へと押し倒した。
「いやあ君、祈力も使えないのにここまでよく頑張ったね。なくなった右手側ばかり攻めるところなんて、やりにくいったらなんの」
「あっ……あぁっ、あ……」
やばい、息が……。
喉仏を中心に、首の圧迫が強くなる。
「誇っていいよ? 君はすごい人だ、よくやったよ。他人のためにここまで出来るような人はそうはいない……」
うるっせえ……。
こんな、殺戮を楽しんでるような奴に……やられて、たまるか……!
力を振り絞り、フリーの右手を動かす。
「そうやって、最後まであきらめないところとかもね」
しかし黒椿は、予想通りといった様子で俺の右手首を左足で踏みつぶした。
「いっ……あっ、あぁあ……」
痛みから小太刀は手から離れ、一緒に隠し持っていた最後の豆が、転がり落ちていく。
最後の、勝ち筋が……。
ああ……これは、本当に――
「だから、僕の全力で――殺してあげる」
酸欠で目の前が明滅する。
「祈祷術」
黒椿の爪が淡く光ると、赤と黒の軌跡が迫る。
「【箏爪の――】」「【光鳴一閃】」
シュンッと静かに何かが擦れる音が聞こえると――
「…………なんだ。……君、戦えるじゃないか。とんだ食わせ物だね……」
黒椿の首と腕が、重い音を立てて地面に落ちた。
「ゲホッ、ゲホッゲホッ、はぁ、はぁ……今、一体何が……?」
黒椿の身体が光の粒となって消えていく様子を見ながら、身体を起こす。
周囲を見回すとそこには、ナイフを持った和哉が、膝をついて天を仰いでいた。
「和哉?」
振り返り、俺の顔を見る和哉の表情は、怯えている様な、後悔しているような顔で、
「うつつさん……」
涙を流していた。
「お前、いったい…………何者なんだ?」
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