12話「悲鳴の原因」
「和哉待て! この先に鬼がいる!」
「わかってます、でも! そこにいるかもしれません!」
「そうだけど少し待て!」
「離してください! 早くいかないと……!」
「……わかった。でも、鬼の姿が見えたら一回止まれよ。鬼を倒すにしても正面からは無理だ」
「はい、わかりました」
走りながら自分の手持ちを確認する。
小太刀と小さな巾着袋の中に豆が二つ。
これをどうやって当てるかが鍵だな……。
雑多に生える木によって阻まれていた視界も、近づくにつれ開けてくる。
とうとう悲鳴の原因である鬼が見えた俺と和哉は、木の陰で止まり、様子を伺っていると、
「あーだから駄目だって、逃げてるだけじゃ僕は倒せないよー」
「く、くるなぁあああああ!!」
「はい、君失格」
首が飛んだ――
「はっ……?」
思わず息を呑む。
目の前の鬼が手を振るうと、人だった何かは首から大量の血を吹きだし、その場で倒れた。
あまりの光景から俺はそこから動き出すことが出来ず、ただ目の前で起きる凄惨な光景を見ることしか出来なかった。
「いやああああぁぁぁ!!!」「やめてえくれえええ!!」「助けて――」
「失格。失格。君も失格。君も――」
黒ベースに白髪が混ざっている髪の青年鬼は、逃げ惑う人々を何の容赦もなく首を飛ばしていく。
しかし、逃げるのを止め、土下座をする男性を見た鬼は手を止めた。
「すみませんすみませんすみません! お願いします! 許してください! 何でもしますから!」
「え? 何でも? うーん、じゃあねえ、僕面白いこと好きだから笑わせてよ」
突然の無理難題に、困惑する男性は、どうにかしてアイデアを出そうと頭をひねる。
「え? あっ、えーと……」
「早くぅ」
そして、顔を引きつらせながら、
「じゃ、じゃあ…………は、腹太鼓をします」
「うん!」
「……ポンポーン狸のはーらだーいこっ」
「あはは、なにそれ。面白くなーい」
死んだ。
何の前触れもなく、面白くない、ただそれだけの理由で意味もなく消えていった。
何だこれ……こんなにあっさり、人を……。
「もう、駄目駄目だなぁ、まるで相手にならないや。せめて何か一つでも僕の興味を引くものがあればなあ」
鬼は手についた返り血をはらうと、
「――ねえ、"君達も"そう思わない?」
笑いながら、俺達の方を向いてそう言った。
「っ! 和哉! 離れろ――!」
「うわっ!」
「駄目だよぉ、殺気はちゃんと隠さないと」
即座に間合いを詰めてきた鬼に対し、小太刀で対応する。
放たれた手刀は首元ギリギリのところで斬り結ぶことが出来た。
「くっ……」
「良い反応だね」
こいつの腕、硬え……!
「君は、僕を楽しませてくれる?」
頭上から真向斬り、次に左一文字斬りと流れる様に手刀がきた。
その度に斬り落とす勢いで、鬼の腕と斬り交わすが、目の前の鬼の腕は鉄でできているかと思うほど硬く、傷一つつかなかった。
「おお! いいねいいね。じゃあ、少しスピード上げようか」
「くっ! 速えっ! これは、やば――」
徐々に上がる手刀のスピードに対応しきれなくなった時、
「おっと……なに君? 石なんか投げてさあ。邪魔しないでくれる?」
和哉が鬼の背後から石を投げたらしく、攻撃が止まった。
その間に、巾着袋から豆を取り出す。
「あ、あ…………」
「……はぁ、腰が抜けてさ足も震えてさ、そんなんで僕を楽しませれると思う? 思わないよね。わかったなら自分の番が来るまで、覚悟の準備を――おっと、危ない危ない。話してる途中なんだからさあ、急に斬りかからないでよ」
まじか……。
こいつ、後ろに目でもついてるのか?
危ないとか言いつつ背後からの攻撃を軽々とかわしやがった……。
「戦闘中に目を離す方がどうかと思うけどな」
「あはっ、確かに! 戦闘相手から目を離しちゃ駄目だね。でもね、君達人間にはわからないだろうけど"僕は"大丈夫なんだよ」
「僕は? ってことはその能力、祈祷術てやつか?」
鬼の様子が変わる。
臨戦態勢を解き、興味深げに俺を見る。
「……驚いた。祈祷術を知ってるってことは君、どこかの神様の巫覡?」
「違う。黄鬼と赤鬼が話してたから知ってるだけだ」
「あら、もう二人に出会った後なんだ」
そう言うと、鬼は「あはははは」と腹を抱えて笑い出した。
「そっかそっか、もう君は篩にかけ終わったあとだったんだね。もー早く言ってよーあやうく、あやうくだったよー?」
言葉を濁す鬼は、さっきまでの無邪気な雰囲気とは打って変わって鋭い目つきで俺を観察する。
「ふーん、君がねえ……ま、おおかた人間好きの赤鬼が、やんちゃ盛りな黄鬼に色々と制限をかけて君との一騎打ち。それで、手に持ってる神具でうまい具合にやりあって条件をクリアできたとかそんなところでしょ」
「…………」
「その顔は、当たりかな? でも、内容がなんであれ、黄鬼とやりあってよく生きてたね。あの子、我慢が苦手だから赤鬼が言い聞かせても言うこと聞かないと思ってたよ」
「そうだな、もう二度と会いたくないよ」
「ふふふ、そっかー。でもあの子負けず嫌いだから、どうにかして君に会いに行くんじゃないかな? 簡単には会いにいけないだろうけど、ま、楽しみにしておくといいよ」
とんでもなく嫌な情報を聞いたな……。
とにかく、こいつとは戦わずにすみそうなのが幸いか。
「うん、じゃあ君はもう行っていいよ。俺は赤鬼達が審査した子を見る気はないから。それに、次はそこで震えてる子を見なくちゃいけないからさ」
「ひっ!」
「…………」
俺に気さくに話しかけてきた鬼は、だからと言ってやることは変わらないらしく、後ろを振り向き和哉に近づいていく。
ああ、そっか……。
戦わないですみそうって俺はバカか。
こいつは、審査と言う名目で人を殺してんだぞ……。
そして今、こいつは俺に……お前は見逃してやるからこいつは見殺しにしろって暗に言ってきやがった。
こいつら……本当――
「どこまでも舐めやがって」
歯を食いしばり、一度深呼吸した後、
「ちょっと待て」
「ん? なに? 邪魔をするなら、君には静かにしてもらわないといけないけど?」
「いや、違う違う。俺は篩にかけ終わったんだろ? なら、ありがたく退散するよ。ただ、あんた達の巫覡になるかもしれないからさ名前を聞いておきたくて」
「……あはは、それもそうだねー。僕はねー黒鬼。皆には黒椿って呼ばれてる。いやあ、楽しみだなー。君は有望株だろうからきっと赤鬼も誘いに行くと思うよ」
「そうか、楽しみに待ってるよ……黒椿、友好の証にこれ受け取ってくれ。美味しいから食べてみな」
俺は黒椿に左手に持っていたものを投げる。
「え、なになに? 美味しいものは僕も好き――」
ご機嫌な様子で受け取った黒椿は、
自分の身に起こった異変に目を見開き、そして一度笑った後、
「あー、なるほどね。確かにこれは、きつい味だ……」
左手で、なくなった右手を止血するように強く握った。
「どうだ? 少しはやられる者の気持ちはわかったか?」
小太刀を構え、臨戦態勢をとる。
「なるほどねー君はそういう人間か……でも、強い正義感も、力がないと何もできないんだよ?」
「そうだな……俺には誰かを助ける強い力はないよ。だから俺はお前が怖い。すごく怖い……」
今にも膝が笑って、立てなくなりそうなくらいに。
どうしたら許してくれるだろうかと考えるくらいに。
「でもな黒椿、目の前で知り合いを、友人を見殺しにする自分になる方が俺は――どうしようもなく怖いよ」
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