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俺と賢者と異世界と  作者: 悠希尚
一章
2/2

失くした記憶

「お待ちしておりました、賢者トレイア殿。」



白髭を伸ばした四、五十歳程の見た目の男が、目の前にいる黒髪で中肉中背の平凡な男を見つめながら呟いた。


何故、自分はトレイアと呼ばれているのか。何故、自分は日本ではなく西洋のような、はたまた異世界とでも言いたげな城にいるのか。トレイアと呼ばれた男の脳内は『何故』で埋め尽くされていた。

訳が分からないまま、男は息を吐くように第一声をあげる。


「――俺は、誰だ……?ここは、何処で……」



男は記憶を失っていた。

元々住んでいた筈の日本のこと、地球のこと、最近の政治の状況まで鮮明に覚えているのに、何故か自分のことだけは思い出せなかったのだ。

思い出せるのは自分が受験真っ只中の高校三年生だということだけで、名前も家族構成も友人関係も志望校のことも何一つ覚えていなかった。


「誰とは……百年の間で賢者殿は自分のことすら忘れてしまわれたのですか。百年前に龍を封印し、世界に平穏をもたらした未だに『英雄』と語り継がれる、かの賢者トレイア・コルイータ殿が。」



――訳が、分からない。



男は英雄などではない、非力で平凡なただの日本人なのだ。勘違いも甚だしい。

だが、もしあり得るとすればこれは男の居た世界でよく聞いていた『異世界召喚』というものだ。

もしかすると、自分はとんでもない力を持っているのかもしれないから呼び出されたのではないか。男はそう考えた。


「俺は、純粋な日本人でトレイアなんて名前じゃないはずだ。でも……」


自分の名前を覚えていない以上、そう名乗るほか無い。だから男は自分の名を『トレイア・コルイータ』だと認識することにした。


「賢者殿も疲れていらっしゃるのでしょう。行方を眩ませていた貴方を見付けられただけで私は満足です。本日はもうお休みください。また後日、今後の事についてお話を。」


自分を見つめていた男がそう呟けば、周りにいた侍女の中の一人がトレイアを客室へと案内する。

大きな城の中に一際目立つ格好をした中年の男……自分を賢者と呼んでいたのはこの国の王様なり皇帝なり地位の高い人物であろうと、トレイアはようやく頭の中で整理することができたのだった。




▽▲▽▲▽▲▽




「どうぞごゆっくりお休み下さいませ。」


そう言って、おそらく十代後半くらいであろう若い女が、トレイアに一礼した後部屋を出る。

ようやく一人で状況の整理ができるようになり、ありがたいのやらありがたくないのやらよく分からなくなりそうだが、トレイアは一先ず目先のことを考えることにした。


侍女が去った後、部屋の中で魔法が使えないか無茶苦茶な呪文を唱えたり、奇妙なポーズをとったりしたものの、一向に魔法は出る気配はない。

そもそも、科学の発達した世界で生きてきたトレイアに魔法という概念は今まで無かったのだ。この世界の魔法の原理を一から理解しないことには、出すものも出せない。


「それで……、やっぱり自分のことは思い出せないみたいだ。まるで俺という存在だけが元の世界から欠け落ちてるみたいで、恐ろしいねぇ。」


部屋の中をぐるりと回りながら、独り言をぶつぶつと唱える。

魔法の他に、自分のことを思い出そうと何度も試みたが結局何も思い出せず。客室から廊下に出れば『賢者様』と崇められる始末でどうしたらいいのかトレイアは悩んでいた。


――このまま賢者の名を借りて生きていくのは無理がある。


まだ詳しい事は誰にも話していないものの、異世界から来て、魔法も出せず、皇帝以上に奇抜であろう格好をして、おまけに記憶喪失ときたら怪しさ満点だろう。もし賢者でないことが後からバレたら、賢者の名を騙った不届き者として処罰されることは間違いない。


トレイアは先程会った皇帝らしき人物に、正直に人違いだと訴えてここを出ていこうと考えた。

自身の記憶が何故無いのか、何が起きてこの世界に来たのか、元の世界に帰るにはどうしたらいいのか。ここに居ても答えは出ないのだ、自分の足で確かめに行くにはここを出て自由な身になるのが一番である。


それに衛兵や侍女達の話を聞くところ、このまま『賢者』を名乗り続けるとしたら、要塞のような堅苦しいこの城の中で毎日を過ごさなければいけないらしい。

現在この世界は目立った異変もなく平穏な様子らしいが、国としては賢者を置いておくことで他国との争いを避けたいらしい。元の世界で言うところの核やら爆弾の役割みたいなものだろう。

たまたまその話を聞いてしまったトレイアは、余計にここを出たい気持ちが強まるのを感じたのであった。



「賢者様、ご夕飯の支度が出来ましたので食堂までお越しくださいませ。」


――もう、そんな時間だったのか。


先程と同じ侍女が、ドアをノックをしてトレイアを呼ぶ。

呼び掛けに応じてドアを開ければ、そこには表情一つ変えない薄い栗色の髪をした女がいた。

人違いとはいえ『賢者』を目の前にして表情一つ変えないその仕事っぷりには尊敬すべきところがあるものだ、とトレイアは感じる。


「あ、折角二回も顔合わせたんだし、名前知りたいんだけど。君の名前は何だ?」


「……私の名前は、アリアです。」


侍女は、トレイアの問いに答えようと息を軽く吸えば、そのまま流れるように自身の名前を言い放ったのであった。



――長い長い夜が、始まる。

主人公の名前(賢者の名前)はギリシャ神話やらなんやらから文字ってます!この先の登場人物も割とそういう人多いので楽しみにしていてください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 言い回しが凄いですね、初投稿とは思えません。すごい、尊敬します。表現の仕方も好きです。参考にさせて貰います。 [気になる点] 特にないです。 [一言] このジャンル好きです。好きなタイプの…
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