カラスと水差し
カラスはその美しさに息を飲んだ。
恋が盲目にさせるのか、盲目が故に恋に落ちるのか。カラスにとってそれは後者であった。溢れんばかりの輝き、透き通るような肌。
彼は水差しの中の水に一目惚れをした。
鏡面が誘うように嫋やかに揺れているその様は、彼の心に波紋を拡げた。今すぐにでも触れあいたい、愛を確かめたい。カラスは激しい情動を嘴に偲ばせ、首を伸ばした。しかし、愛に障害はつきものであり、この場合も例外ではなかった。彼の嘴では奥まで届かず、触れ合うことは叶わなかったのである。
「どうすればあなたに触れることができるのだろうか、」とカラスは問う。
何も返答はない、喋れないのだろうか。否、穢れを知らない彼女にとって、カラスはまだ喋るにも値しない存在なのであろうとカラスは結論づけた。高嶺の花を掴むには自分で崖を登らねばならぬ。熟考の末、彼は石を中に挿れた。激しく乱れながら、その水面はカラスが届く処まで昇る。
高嶺の花は彼の元まで堕ちたのである。
「やっと会えた、まずはあなたの声が聞きたい」
再度カラスは問う。しかし、何も返答はない。焦燥がカラスを支配する、彼は何か間違いを犯したのだろうか。俯いた彼の目に、映ったのは先程自分が投入した石であった。そう、これこそが彼の過ちだったのである。カラスより先に彼女と触れ合ったの誰か。今もなお交わり続け、泡を通じて愛を語り合っているのは誰か。激しい嫉妬がカラスを蝕んでいく。盲目故に、カラスは知らぬうちに道化を演じていたのだ。
激昂したらカラスは、嘴を彼女に突き刺す。こんな惨めな思いをするぐらいなら、いっそ殺してしまえばいい。
カラスは水を飲んだ。