第二章 其の二
とりあえず今回受けた依頼は近くの森に徘徊するレッサーウルフの討伐。
レッサーウルフは群れで行動する狼だ。
戦闘力はそれ程高くはないが、放置しておくと農家の家畜などに
被害が出るから、こうして定期的に討伐・駆除の依頼が出される。
レッサーウルフの毛皮は冒険者ギルドで素材として買い取って
貰えるので、冒険者にとっても身入りの悪くない討伐依頼だ。
「とりあえず俺とカーミラさんが索敵及び斥候役をする。
真理亜は中衛で待機。 アイリスも後衛で待機しててくれ」
「わかった、私は聖騎士だ。 皆の盾になるさ」
「んじゃ私は二人が戦っているところを美味しく後ろから
魔術で一掃させてもらいますね」
「……まあいいわ」
カーミラと真理亜は素直に従ったが、アイリスは何処か不服そうだ。
この時俺は漠然とした不安を抱いた。 それが何かとは上手く説明は
出来ないが、冷静に考えてなんでアイリスやカーミラのような美少女や
美女がわざわざ俺達みたいな新米冒険者とパーティを組んだのだろう?
おまけに回復役と防御役。
本来なら真っ先に売り切れそうな有料物件の筈……だ。
なーんか嫌な予感がする。 だがここはあえて無視した。
そうこう考えているうちに標的を発見。
どうやら仕留めた獲物を食事中らしい。
「見つけたぞ。 どうやら仕留めた獲物を集団で食事の最中らしい。
真理亜、まずあの群れの地面に水を発生させて、凍らせて動きを封じろ。
そして魔術で一匹、一匹頭部だけを狙い撃ちするんだ。
レッサーウルフの毛皮はギルドが買い取ってくれるからな。
その後、風の魔術で狼の死体の血を飛ばしてくれ。 すると血の匂いを嗅いだ
お仲間が現れるだろう。 そこを一気に叩こうと思うが、頼めるか?」
「了解、先輩。 私に任せなさい!」
と、自信ありげに答える真理亜。
「――では行くぞ、戦闘開始っ!!」
「はいはい、水を発生させて、それから凍結っ!!」
俺の言葉と共に狼の群れの立つ地面に水を発生させる真理亜。
そして即座に凍結。 氷上でバランスを崩す狼の群れ。
よしいい感じだ。 ここから真理亜の魔術で……えっ!?
「うおおおおおお……覚悟しろ、狼どもっ!!」
「ちょ、ちょっ……アイリス。 何しているんだよっ!?」
「ふふふ、見てなさい下郎。 アタシの戦いっぷりに惚れるなよ?」
などと意味不明な事を口走りながら、アイリスが狼の群れ目掛けて突貫。
当然狼たちもその気配に気付く。 だがアイリスは手にした片手棍を振り上げ――
「喰らいなさいっ! ――メテオ・クラッシャーッ!!」
と技名を叫ぶと同時に凄い連続攻撃を繰り出す。
瞬く間にレッサーウルフ達がその金色に輝く棍棒で殴殺される。
というか良く見るとやたら豪華な片手棍棒だな。
「……駄目だ。 また始まった」
「え? カーミラさん、どういう意味?」
俺の言葉に嘆息して両肩を竦めるカーミラ。
「見ての通り彼女は前線に出るのが大好きな僧侶なんだ。
ああ見えてかなり上級の片手棍スキルも使える」
「へ? 何それ? 普通は回復役は武器スキルなんか
上げないでしょ? というかなんでアイツ、俺の言葉無視して
一人で暴れてるの? ……なんかおかしくない?」
「い、いやあ……私も何度も止めているんだが、聞く耳を持たなくて……
だから何処のパーティにも加えてもらえないんだ……」
なんだ、そりゃっ!?
どうりで話が上手過ぎると思ったぜ!!
つまりあのロリ巨乳は究極の地雷で行き場がねえから、
俺達みたいな新米の冒険者パーティに潜り込んだというわけか!
「お、おい、アンタッ! そういう大事な事は最初に言えよ!」
「い、いや特に聞かれなかったし、言う必要もないかと思って……」
と、目線を反らすカーミラ。
「いや必要あるだろ! いくら俺達が新米冒険者でも相手を選ぶ
権利はあるんだぞ? なんだ、あの超絶地雷はっ!?
ホラ、派手に暴れているから、仲間のレッサーウルフが大量に
沸いてるぞ。 というか他のモンスターもリンクしてるじゃねえかっ!!」
「そ、そう私に怒らないでくれ。 こう見えて頭を下げるのはいつも私なのだ」
「ちょ、ちょっと先輩。 リンクしたモンスターがこっちに来てるよ!?」
「えっ? うわっ……ワイルドベアじゃねえか!?]
気が付いた時には眼前に一メートルを越えた熊が立っていた。
そしてワイルドベアは右手を振り上げて、俺目掛けて振り下ろす。
「あ、あぶねえよっ! ってちょっと胸部を裂かれたじゃねえかっ!?」
「せ、先輩っ!? ヤバいよ、モンスターがドンドンリンクしてるよ!?」
「ああああああっ!! ヤバい、ヤバい。 流石にあの数は無理!
ってワイルドベアが再度攻撃態勢に入ってる。 うおおおおおおっ!!
こ、こんな所で死んでたまるかっ!! ――右ストレートッ!!」
俺は生命の危険性を感じて、炎の闘気を宿らせた右ストレートを
ワイルドベアの眉間に命中させた。 確か俺が読んだ某ボクシング漫画でも
熊の弱点は眉間だと書いていた。 俺はそれを信じてひたすら眉間を殴打。
「ま、真理亜! こっちに向かってくるモンスターは水と土の混合魔術で
泥沼を作れ。 それで足止めしている隙に逃げるぞっ!!」
「わ、わかったわ! わ、私もこんな所で死にたくないわ!」
「うおおおおおお……死にたくない、死にたくない、死にたくねえ!
死にたくねえ、童貞のまま二度も死にたくねええええええっ!!」
俺はそう叫びながら、ひたすらワイルドベアの眉間を殴打。
殴る、殴る、殴る。 ひたすら殴った。 拳の痛みなんか気にしねえ!
するとワイルドベアの額が大きく割れて、その巨体がもんどりうって後ろに倒れた。
ハアハアハア、倒せた。 素手で熊を倒したぜ。
人間その気になればやれるもんだ。 だがまだ危機は去ってない。
「何やってるの? アンタ達。 やっぱりアタシが居なくちゃ駄目ね。
まあいいわ。 このアタシの最大最高奥義を見せてやるわ!」
「み、見せるなっ! というか全部お前が引き起こしたんだろ!
なんでそんな状態でそんな上から目線で居られるんだっ!!
お前の頭の中身は薔薇の花園で構成されているのかっ!!」
俺は完全に切れてそう抗議するが――
「いやアタシ、薔薇嫌いだし。 棘あるじゃん」
と返すアイリス。 コイツ、大物だ。 それに加えて大馬鹿者だ。
「うわああああああっ……ってこっちまでモンスター引き連れてるんじゃねえよ!」
「わああああああ……先輩、あの数は無理! 絶対に無理っ!!
というか泥沼を作る時間もないよ。 もう駄目だああああああっ!!」
俺と真理亜は天を仰いで絶叫した。
せっかく異世界転生したのに……こんな結末はあんまりだ!
クソッ……結局また童貞のまま死ぬのか。 この世界にも神は居ないようだ。
俺はそう辞世の句を述べながら、迫り来るモンスターの集団を見据える。
レッサーウルフにワイルドベア、キラービー、人食いサーペントなどの様々の
モンスターの集団がこちらに向かって来ている。 その数四十以上。
もう終わりだ。
だがそのモンスターの大群を前にしても、アイリスは動じず――
「うふふ。 たくさん群がっちゃって好都合だわ。 ――見なさいっ!
我が最高究極奥義! うおおお……おおおっ! 『ゾディアック・サークル』ッ!」
そう叫びながら空高く飛翔した。
あ、パンツ見えた。 白か。 でもそんな事どうでもいい。
俺は諦めて死んだ目でアイリスの動きを眺めていた。
するとアイリスの手にした金色の片手棍に凄い魔力が宿る。
「うおおおおおお……弾けて混ざれっ!!」
次の瞬間、凄い衝撃音が森の中に響いた。
あまりの衝撃音に俺と真理亜とカーミラも両耳を防いだ。
そしてアイリスを中心として、周囲に広がるように魔力が解き離れた。
次々とモンスターの肉体が消し飛んで行く。 ……なんだ、この威力?
これ並の前衛、いやベテランの前衛でも出来る芸当じゃないよな?
なんでそれを僧侶のあの女がしちゃってるの?
意味わかんねえよ。 なんだよ、この世界。 荒唐無稽にも程があるぞ。
気が付けば、アイリスを中心とした大きなクレーター状の大穴が生まれ、
その解き放たれたスキルによって、周囲のモンスターを一掃していた。
「う、嘘でしょ? わ、私達助かったの?」
「……夢じゃないよな? お、俺達生きている……のか?」
「……た、助かった」
と、へなへなと地面に両膝をつく真理亜。
俺も急展開に思考がついていけず、放心状態でただその場に立ち尽くす。
だがこの騒動を起こした当人は涼しい顔でゆっくりとこちらに歩いて来る。
「ね? 見たでしょ? アタシの最大究極奥義! ねえ、凄いでしょ?
回復役なのにこの高火力。 おまけに超絶美少女。
どう、こんなアタシとパーティ組めて光栄でしょ?
アンタ等、頼りないけど、悪い奴じゃないみたいだから
これからもちょくちょくパーティ組んであげてもいいわよ!」
と、凄い良い笑顔でそう言うアイリス。
だが俺は死んだ眼のまま両手を合わせて、こう一言だけ告げた。
「ごめん、無理」